チビ姫の死体は?
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
『何処から持って来た?』とツッコミたくなるピンク色したハート形のクッションを抱いてクレアが戻って来た。
この世界にはハートマークが存在して居る。過去の偉人である三大魔女の1人が広めたらしい。
確定。あの馬鹿賢者だろう。残りの2人も相当危ないが、この手の馬鹿をするのはあの馬鹿だ。
「で、クレアさんや」
「何ですか?」
満面の笑みで両手でハートを差し出すクレア。それを受け取る先生の表情が絶妙に微妙な感じで笑えて来る。ここで笑うと間違いなく拗ねるから我慢だ。
「チビ姫の死体は?」
「死んでませんし」
「ウチの猫は?」
「あ~」
ようやく何かに気づいた感じで床に散らばる残骸を待機しているメイドさんに掃除してもらうよう指示を出す。この辺の迷いの無さが大貴族の令嬢であるクレアなのだ。メイドさんは掃除をさせて当然だと言いたげに命じることが出来る。
僕だと自分で掃除しちゃおうかなって勝手に掃除道具を探しだしちゃいます。
「連れて行かれました。2人とも」
「誰が?」
チビ姫なら簡単に拉致できるが、我が家の猫は人見知りが激しくて絶対に逃げる。
それを捕まえて拉致できる人物など、この国にそうは居ない。
「えっと……あの怖いメイドさんが」
「しまった!」
叔母様が城に来ていたのは想定外だ。何よりあの人に怖い物なんてたぶん無い。絶対にファシーの才能を見抜いてメイドにしようと企む御仁だ。
もうメイド枠は要らない。ポーラにシュシュにメイドの衣装は間に合っている。
何よりファシーは猫である。小柄なメイドはポーラでその枠が埋まっている。埋まっているのだ!
「先生」
「なに?」
「今度メイド服を着てその素晴らしい足で僕のことを罵りながら踏みつけて、ありがとうございます!」
顔を真っ赤にさせた先生の無言の拳を頬に受けました。
せめて叩いてよ。拳で殴るのは普通に暴力だ。
「と言うか大変だ! ウチの猫がメイドにされる!」
非常事態だ。許されざる行為だ。
「急いでファシーの捜索に行かねば!」
「にゃん」
僕の声に反応して猫の声がした。
視線を巡らすと入り口から猫耳フードを被った人型猫が顔を出してこちらの様子を伺っていた。
「良かったファシー。てっきり……まさかっ!」
「にゃぁん?」
てとてとと歩いて来た猫に僕は驚愕した。
猫耳フード付きのメイド服だと? 誰がこんな暴力的な物を作り出した? あの馬鹿賢者か?
「おや……ここに居ましたかアルグスタ」
「叔母様?」
貴女は我が家の猫までメイドにする気ですか?
フレアさんがまだ完全復帰していない都合、臨時で現役復帰中の叔母様は今日も凛々しいメイド服姿だ。こちらの様子をひと通り確認し、杖を突きながら歩いて来た。
「貴方に用があって出向いたら、見すぼらしい猫とチビが喧嘩をしていましてね。とりあえず猫にドレスを引き千切られたチビの方は、下着姿で廊下を引きずり存分に恥を晒してから浴場に投げ込ん出来たのですが」
それって僕の行いよりもブラックじゃ無いですか?
「こちらの猫がどうしても着替えることを拒否しまして」
「なおん」
歩いて来たファシーが僕に抱き着いて、撫でて撫でてと顔を擦り付けて来る。
心を込めて全力で猫を撫でだした。
「寄せ集めの素材でそれを作り、着ていた服は洗濯に回してあります。夕方までには乾くでしょうから……受け取ってお帰りなさい」
「はあ。それはどうもです」
つまり汚れるまで暴れたファシーたちを叔母様的には許せなかったということかな?
それは悪いことをしました。後でウチの猫を……しまった。
「叔母様。乾かすのはこちらでするので、洗い終わったらウチの猫の服の水を搾って持って来るようにしていただけますか?」
「構いませんが」
目配せで叔母様の傍に仕えているメイドさんが1人足音も立てずに、スススススとこの場から離れて行った。
夕方まで待つとファシーが元に戻ってしまう。
このまま猫耳メイドで中に戻ったらシュシュが荒れるに決まっている。
せめてもの救いは最近姉たちがノイエの体を使って外に出て来ないことだが、そんな事件が勃発したら誰が出て来るのか分かった物ではない。だから危険は回避せねば。
「で、ご用件とは?」
「ええ。わたくしに魔道具を作って欲しいのです」
「はい?」
叔母様がその手の依頼をしてこようとは。
「大量破壊兵器とか大量殺人兵器とかはちょっと」
「アルグスタ。貴方はわたくしのことをどう思っているのですか?」
「これぐらいの冗談をサラリと受け流してくれる優しい大人の女性だと思っています」
「そうですか」
スタスタと歩いて来た叔母様は、ようやく立ち上がったレイザさんをひと睨みすると……ソファーにたどり着いて勝手に腰を下ろした。睨まれたレイザさんは壁まで引いて物置と化した。
こちらもソファーに向かい、先生と並んで座って叔母様と向かい合う。
ちなみに猫は僕の足の上に座ろうとしたので、床に布を敷いて足元に座って貰った。
脛に抱き着いていなさい。その高さが一番頭を撫でやすいから。
「それで魔道具とは?」
「ええ。この足に難を抱えてましてね……」
座って居る叔母様が自分の足をポンと叩いた。
キルイーツ先生の話だともう叔母様の足は色々と限界らしい。祝福の使い過ぎだと聞いている。
「お風呂に入った時に揉むと良いなど言われていますが、わたくしが普段使っている湯舟は小さい1人用でしてね。弟子に揉ませるとなると余り宜しくない格好になってしまうのです」
「湯から出て……失礼しました」
睨まれた。何故だか叔母に睨まれた。
「体が冷えてしまうと足に悪影響だとか。出来れば暖かい場所で揉んで、タオルなどで覆い暖かさを保つようにと……本当に医者は不自由なことばかり言います」
「ですが叔母様には一日でも長く生きていただかないと」
具体的には、このカオスなユニバンス王国に叔母様の存在は未来永劫必要なのです。
「そんな訳でアイルローゼ先生。お願いします」
「……」
無表情で僕を見た先生は、深いため息を発してテーブルの上を片付ける。
修理依頼として受け取ったレイザさんの両腕を荷物のように纏めてしまった。
持ち主のレイザさんはその顔が人形と言うこともあって表情が無である。
ここは全てをスルーしておこう。それが正解な気がする。
術式の魔女と化したアイルローゼは、先生からの希望を聞き取りメモしていく。
注文する叔母様も容赦ないオーダーをしていく。やれ確実に足に効果が出て欲しいとか、皮膚が弱くなってきているから激しすぎるのはダメとか、と言って弱すぎると効き目を感じないから強めでとか本当に言いたい放題だ。そんな便利な……あれ? それって?
「はい先生」
「あん?」
シュッと手を上げたら……態度が悪いです先生。魔女の威厳を思い出して。
「僕の知識なのですが……泡とかどうですか?」
「あわ?」
「そうです。湯船の中でブクブクと泡を発生させる魔道具です」
テレビのCMで見た気がする。泡が血行を促進して的なヤツを。
簡単に説明したら、水槽の中に入れるブクブクした酸素発生装置的な感じで先生に伝わってしまった。
「筒状の形にして手で持って自分の当てたい場所でブクブクと」
「ブクブク……」
どこか遠くを見つめる先生が間の抜けた感じで『ブクブク』と言っている。
「泡の発生量で良いのかな? それを三段階ぐらいで調節できれば叔母様が求める効き目も痛みも対処できるだろうし」
「そうね。悪くないわね」
先生が小さく頷いた。そして僕は心の中で万歳をする。
後は液体石鹼があれば良い。ブクブクと石鹸があれば……完成したら実験は絶対に必要だと思うのです!
「そんな訳で叔母様」
「……何ですかアルグスタ?」
「経費費用の全てを僕が負担するので、今までの数々のお手伝いに対する少しばかりのお礼として受け取っていただければと」
「……」
何故か睨まれた。
「まあ良いでしょう。ちゃんと効果がある物であれば文句など言いません」
「分かりました叔母様」
作るのは先生だけど僕のやる気はMaxです!
~あとがき~
おや? チビと猫が…チビは良いですが猫の服は何ですか。こんなに汚して。
と言うことでメイドである叔母様は汚れた猫が許せないのです。
お風呂は全力で猫が逃走するので、せめて服でも…メイド服を拒否するとは何て愚かな猫でしょう。メイド服の素晴らしさが分からないのですか? ならば戦争です。
って辺りで弟子たちが必死にメイド長様を制し、どうやら猫はフード+猫耳が無いと駄目らしいと気付いて急ぎ創作です。ちなみにこのお城には何故か少女用のメイド服が存在して居ます。ええ。一度姿を現した少女版ノイエに着せようと作って保管されているからですw
ブクブクです。ブクブクと液体石鹸は最強の組み合わせです!
(C) 2021 甲斐八雲
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