猫が暴発したか?
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「足の方はまだ良いのよ。自己修復機能が備わっているから、ノイエを呼んで大量に魔力を流し込めばあの傷ぐらい消せるはずよ。問題は腕よ腕。両方とも肘から完全に壊れているわね」
「申し訳ありません。魔女様。ずっと無理をした来た積み重ねだと思います」
「そうでしょうね。それに最近負荷をかけすぎた?」
「恥を晒すようですが」
「まあ元々戦闘用の人形じゃなさそうだし」
戦闘用ってあれか? 青い未来の猫型ロボットのことを言うのか?
あれの存在は僕の中で闇に葬った。帝都と一緒に滅んだはずだ。
ただあれは一度帰ってもまたやって来る恐ろしい存在だ。まだ残っているかもしれない。
別室から移動して来た僕らはソファーに座り、テーブルに広げたレイザさんの両腕を見つめる。
ぶっちゃけ僕には壊れた人形の腕と言うか、出血の無い人の腕にしか見えない。マネキンの腕とか取り外したらこんな感じなのかな? そんな訳ない。
「この腕もノイエの魔力でどうにかならないの?」
「無理ね。流石にここまでの故障は直らないわ」
と言うか魔力を流し込んだら傷が直る人形が凄い。
つまり傷だらけになるほどのハードプレイを? 過去の人たちは人形でどんな遊びしとるんだか。
「直せるの?」
「……」
何の捻りも無いストレートな言葉を投げかけたら、流石の先生も渋い表情を見せる。
「足らない物は?」
「材料ね」
即答だよ。
「技術じゃなくて?」
「あん? この馬鹿弟子……私を誰だと思っているの? 少なくとも人形ぐらいなら数多くの個数を分解と解体と破壊して来た女よ」
「再生してよ。何故全て壊すのかを問いたい」
気まずそうに視線を逸らし、アイルローゼが口を開く。
「破壊無くして再生無しって刻印の魔女の古い言葉があって」
何処のモヒカン錬金術師だ。異世界で狂った教えを広げるな。馬鹿賢者。
そもそも先生は破壊だけして再生してないよね? スクラップ&ビルドの精神は何処に消えた? 間違えてないのか? 求むウィ〇的な物!
「で、先生。再生は?」
「……新しい私の魔道具として」
「それは再生では無くて創造です」
「煩い。弟子の分際で」
言い負かされたアイルローゼが拗ねて待機しているメイドさんに紅茶を求める。
本来なら依頼人でもあるレイザさんが進んで紅茶を淹れに行く素振りを見せているが、現在の彼女には腕が無い。革製のカバーの中には適当にタオルを丸めた物が押し込まれているだけだ。
レイザさんは人間の姿で居ることを望んでいるっぽいので。
「つまり直せない?」
「直せるわよ。問題は材料なのよ」
「材料?」
「そう」
手を伸ばし先生がテーブルの上に置かれている腕を軽く指で突く。
「この皮膚の材料が謎のままなのよ」
「なるほど」
僕も手を伸ばし外されている腕を掴む。
骨に当たる部分は木製だ。ただ柿の木よりも遥かに硬そうに見える。それと腕の中にはワイヤーのような細い糸が張り巡らされていて、肩の部分に取り付けられている小型の滑車を巻くことで、手や腕を伸縮させて動かしている感じだ。素人目だけどね。
「この骨に当たる木は?」
「ただの古木よ」
「この糸は?」
「たぶん鯨ね。今となると貴重な品だけど蛇型のドラゴンの尻尾の方の肉を叩いてから水で洗うを何度も繰り返せばそれ以上に伸縮性に優れた糸を作り出せる」
「そうですか~」
流石はアイルローゼ。博識である。
「問題はこの皮膚なのよ。この皮膚」
「魔女様? 出来れば余り押さないで欲しいのですが?」
「ったく誰よ。こんな荒い修理した無能は?」
過去の修理に対し先生がお怒りのご様子だ。
「魔法学院の……現魔道具制作の第一人者であるプーベル様ですが?」
「あのタコ親父? 私が現役時代に『無能の馬鹿』と罵ってからずっと顔を真っ赤にしていたわね。少しはあの顔色は戻ったのかしら?」
アイルローゼの問いにレイザさんが遠くを見る。遥か遠くをだ。
「……その昔、口と態度の悪かった学生に赤い塗料を掛けられてから色が落ちなくなったと、前回修理に訪れた時に愚痴を言っておりましたが」
「酷い生徒も居たものね。学生たるもの私のような淑女であるべきよ」
どうやら酷い元生徒が僕の傍に居るっぽいです。はい。
腕をテーブルの上に戻してアイルローゼが若干僕に寄りかかるようにしてお尻の位置を変える。
ソファーでも真っすぐ座って居ると辛くなるご様子だ。
「クッションとか要りますか?」
「あれば欲しいけど」
「クレア~?」
呼ぶと書類の束の向こう側から見慣れた残念部下が顔を出した。
「何よ」
「急ぎで先生の為にクッションを、」
「分かりました!」
猫もビックリなほどの勢いで馬鹿が駆けて行った。
馬鹿まっしぐらと命名しよう。
「で、先生」
「ん?」
やはり腰が辛いのか、軽く自分の手で揉みながら先生が僕に寄りかかる。
「絶対に運動不足だと思います」
「煩い」
「少しはノイエを見習って、食べて動くをした方が良いと思います」
「あれは食べ過ぎで動き過ぎでしょ?」
「……呼んだ?」
「「呼んでない」」
「むう」
窓の方から聞こえて来た声に僕も先生も顔を向けずに処理した。
「しまった。ノイエ!」
「……呼んだ?」
「今回は僕が呼びました」
手を上げて呼びましたアピールをする。
「ちょっとこっちに来て」
「はい」
軽い足取りでノイエが窓の外から内へと来る。そのカラーリングが普段と違うのはご愛敬だ。
メイドさんたちが少し頬を引き攣らせながら掃除道具の準備に動いた。
「そのメイドさんに魔力を流してみて。具体的には転移魔法でしたように……ドカンと」
「お腹が減る」
「お城の厨房を襲撃する許可を君に進呈しよう」
「はい」
クルンとアホ毛を回してノイエが一気に魔力をレイザさんに流す。
ビクッと全身を震わせ……レイザさんが床に崩れ落ちた。
「ごはん」
「好きなだけ食べたらお仕事に戻っても良い」
「はい」
だがノイエさんは何故か真っ直ぐ僕の方に……。
「ノイエ」
「なに?」
「僕はご飯ではありません」
「むう」
何故か頬を膨らませてノイエは廊下へと消えて行った。
しばらくすると遠くの方から男女の叫び声が……ノイエ台風が厨房を直撃したらしい。ごめんよ調理の人々。このお詫びは明日にでも手配しておきます。
「流石ノイエね。魔力だけは唸るほど余らしているわ」
「あの魔女様? 足は……ひゃんっ」
レイザさんが可愛らしい悲鳴を上げる。
先生がベタベタとレイザさんの足を触っているのが原因だろう。
意外と敏感肌な人形さんなんですね。
「もう小さな傷は修復している。このままだと夕方までにはある程度直りそうね」
「腕は?」
「さてと」
先生はレイザさんの足を彼女のスカートを戻して隠した。
「問題は腕の素材よ。こればかりは時間が掛かるわ」
「……別に同じ物でなくても、ひぃ!」
女性らしく床に座って居たレイザさんは先生のことを理解していない。
建前上は彼女の為に完璧に直したいのではなく、あくまで自分の知的好奇心の為……だからアイルローゼはいくらでも悪ぶるし、こうして相手を睨みつけたりもする。
本当に優しさが不器用な人である。
「失礼しました。魔女様」
アイルローゼを知らないレイザさんは真剣に謝って来る。
その様子に小さな胸を痛める先生は……実は新手の性癖の持ち主なのではと思ってしまう。
「気にしなくて良いよ。アイルローゼは基本他人から頼られたくないから、相手を突き放す態度を取りたがるんだ」
「弟子? 死にたい?」
睨むな不器用な人よ。
「今のを直訳すると『恥ずかしいから本当のことを言うな』となります。試験に出るので覚えておいてください」
「良し殺す」
凶悪な目が僕を見る。
「今のを直訳すると『良し殺す』なので、調子に乗り過ぎましたと涙ながらに謝罪してください。対処法だけ試験に出ます」
レイザさんの傍に居た先生が迫って来るから、僕はソファーから立ち上がり逃げ出す。
魔法が飛んで来ないからそこまで怒っているわけでは……足に何かが絡んで僕は床と仲良くなった。
「罠か?」
良く見ると見覚えのある生地が……チビ姫のドレスの色にそっくりだ。
「思い出したらチビ姫と猫は何処に消えた? ねえ?」
そしてこの床に広がっているチビ姫のドレスらしき残骸は……ヤバい。猫が暴発したか?
救いを求める僕の目から先生が静かに視線を逸らした。
~あとがき~
メイド人形の皮膚は…この世界だと刻印さんだけの特許ですw
誰も真似することは出来ません。アイルローゼでも謎は解けません。
で、猫とチビ姫は何処に消えた?
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます