ノイエ様が抱えて逃げて行ったと
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「もう無理ですって~! むぅりぃ~!」
ノイエ小隊と呼ばれている対ドラゴン小隊の副隊長である人物が、王城がある方向に向かい全力で叫んだ。
ルッテと言う名の長身巨乳だ。身長と胸の成長に悩むお年頃の人物だ。
何事かと思い、外で鍛錬をしていた男共が手を止めた。
まあどうせいつも通りの発狂だろうと思いながらも眺める。それには理由があった。
今日はそこそこに暑い。その暑さもあって副隊長である彼女の服装はラフな物だ。けれど彼女は騎士である。騎士は騎士らしい格好を普段から求められる。
彼女とて普段は革鎧を着て仕事をしているのだが、今日は鎧を脱いでいた。
上は白いシャツで、下は短いパンツだ。
騎士の格好とはなんだと聞かれたら、とりあえずこれだとはならない格好である。
彼女が穿くパンツはショートパンツと命名され、今年とあるお店で発表された物だ。
元々中古の衣服を扱っていたその店では、古くなったズボンの処理に困っていた。穴の開いた部分に布を重ねると修繕の後が残ってしまう。
どうにかならないかと悩んでいると……訪れたオーナーの妹が解決策を提示した。
穴の開いた膝の部分やボロボロになった裾の部分など直さずに切り捨ててしまえば良いと言う発想だ。
ズボンが短くなるが、それはそれで涼しさが増す。
結果として中古品と言うこともあり格安で売られるので、爆発的に売り上げを伸ばしている。
ルッテもその店に訪れた時に、何気なく手に取って『涼しそうだな~』と思って何枚か買ったのだ。
ただ後悔もしている。もっと買っておけば良かったという後悔だ。
穿きだしてからもうこの暑い時期には手放せない逸品となっていた。
そんなラフな格好をした副隊長が、全力で吠えているのだ。
この場所には個性の強い人物が揃っているので、部下である男衆は慣れたものだ。
むしろラフな格好でよく揺れているのが見える副隊長の胸を眺め……気を落ち着かせる精神を持ち合わせている剛の者しか居ない。
副隊長である長身の巨乳……ルッテが叫ぶのには理由がある。
前日から毎日のように帝国の帝都の確認をするように命じられている。
ただ上の人間は自分がどれ程無理をして帝都の確認をしているのか知らない。はっきり言うと頭の中が焼き切れてしまいそうなほど無理をして使っているのだ。
いつも以上に発汗もするし、何よりお腹の減りが半端ない。もう無理だ。
《アルグスタ様を見習おう》
ルッテは心の中でそう決めた。
これ以上続けていたら頭の中で何かが焼き切れる。間違いなく焼き切れる。
自分は今度彼の実家に行って結婚の挨拶をするのだ。そんな人生の絶好調が待っているのに頭の中を焼き切って残念な結末を迎えたくない。
だったらあの人物を見習って、見たことにすればいい。
帝都があった場所には何もなく……大穴が開いてキラキラと輝いているのだ。
それがそう簡単に変化などする訳ない。する訳ないのだ。
「そうと決まれば今日の分のお仕事をして~」
軽く鼻歌を歌いだしルッテは室内へと戻る。
悪い意味で毒されてきているルッテは……無事にノイエ小隊の一員になったのかもしれない。
「ん~。どうやらあの話は本当みたいだね~」
木陰に涼を求め移動している横たわる荷物……もう1人のノイエ小隊の副隊長であるイーリナは、発狂してから何かを悟り仕事に戻る同僚の姿を見ていた。
あの胸は凄い。幼馴染のネルネも大きいがそれ以上だ。重そうにブルンブルンと揺れている。
《帝都に大穴が開いたって噂は本当だったんだ》
きっとネルネが詳しいことを調べているはずだが、その報告が来る前に事実だと確信できた。
『ユニバンスの目』と呼ばれる祝福持ちの彼女は、天から鳥の目のように下界を見ることが出来るそうだ。
きっと頑張って帝国の様子を確認したのだろう。
《あの夫婦が凄すぎて……術式の魔女の技術を盗むとか無理そうなんだけど……》
近衛団長に別件として命じられた1つがそれだ。
拒否する必要もなくむしろ喜んで引き受けたい仕事であった。
問題は……術式の魔女とまだ出会えていないが。
《もう1つの方は見張るだけ無駄だと思うけどね》
どう見てもあの夫婦には野心の欠片も見えない。
けれど国を支配する人たちは、野心を持たない彼らを信じられないらしい。
《国に対して害をなすようなら報告しろって言われたけど……》
そう命じて来た貴族たちの方をイーリナはネルネに告げて調査して貰っている。
むしろ貴族たちの方が、この国にとって害悪な存在に思えるからだ。
《あ~。暑い》
ローブ姿のイーリナは、影を求めて移動する。
さっさと上司であるドラゴンスレイヤーが戻ってこないと休暇を得られない。
そっちの方がイーリナとしては大問題だった。
「ふふふ……あはは……あ~っはは~!」
また時間が来たと悟った国軍の兵たちが静かに離れて行く。
王都に残る唯一のドラゴンスレイヤーが、“また”笑いだしたのだ。
「私を疲れ果てさせてどうする気? ねえ? どうする気なの?」
首を傾かせてカタカタと笑いだした彼女が迫り来るドラゴンに向かい歩き出す。
カラカラと握っているカタナと呼ばれている細身の剣の切っ先を地面で擦りながら……彼女は笑う。
「今夜も彼をイジメられないじゃないの~!」
向かって来た空飛ぶ蛇型のドラゴンの頭が飛ぶ。
「もう何日! 何日よ!」
ハアハアと熱い吐息をこぼしながら、彼女はボロボロと涙を零す。
「体の奥からの火照りが止まらないのよ~!」
大絶叫でまたドラゴンの首を刎ねる。
それを国軍の兵たちは遠巻きに眺め、生温かな視線を向けているのだった。
決して近づかず、巻き込まれないようにそっと……。
これがユニバンスでも有名なノイエ小隊だ。実情だ。
管理する者が不在であることから全員が伸び伸びと暴走している。
現時点で誰もこの小隊の管理をしたがらない。
理由は……聞くまでもない。誰もが厄介ごとに首を突っ込みたくないのだ。
故にこの隊を指揮できる奇特な人物は1人しか居ないと言われている。
ユニバンス王国・王都王城内
「アルグスタたちは王都内に居ると?」
妻と弟の報告を受けたシュニット国王は、そっと自分の目元を揉んだ。
何をどうしたらあの弟はここまで自由に生きられるのだ?
異世界人とは基本こんな感じなのか?
襲い掛かる頭の中の言葉に国王は激しい頭痛を覚えた。
「それで王都内の捜索は?」
「はっ。ハーフレン様が急いで手配し開始したそうです」
「そうか」
言いようの無い疲労感にシュニット王は心の奥底から初めて休みが欲しいと思った。
ユニバンス王国・王都内治療院
「アルグの馬鹿はここに来た、と……」
部下の報告を受け夕刻にこの場所に来たハーフレンは、医者であるキルイーツから得た話からそう結論を出し、大きくため息を吐いた。
また後手を踏まされたのだ。
ただやられてばかりもいられない。対応し捕まえなければいけないのだ。
馬鹿な弟が王都に居ると知ってからのハーフレンの行動は早かった。
集められるだけ兵を集め王都内の捜索を命じた。同時進行で狼煙を上げ、ドラゴンを避けながら王都郊外に向かっていた国軍と部下たちを呼び戻す。
捜索範囲を広げていた行動を逆手に取って、今度は範囲を縮めるようにして包囲することにした。これでもうあの馬鹿者たちは逃げられないはずだ。
その手配を済ませている間に、逃亡者たちの足取りを掴んだ。
彼がよく行く治療院に訪れていたと、部下たちが報告を上げて来たのだ。
部下を引き連れ急行すれば、治療院はメイドの手によりピカピカに磨き上げられていた。
その様子からハーフレンは自分たちが後れを取ったと気付かされた。
だがハーフレンは、弟が隠れているかもしれないと怪しんで捜索を命じた。
探しはしたが結局見つけられなかった。完全に空振りだ。
医者から事情を聞けば、『怪我人を押し付けて逃げた』と言う。
掃除しているメイドたちに問えば『主様の許可なく発言することは出来ません』と言う。
どちらも食えない存在だが、何があっても口を割らないのは間違いない。
ならば部下をハルムント家の屋敷と現当主の元に走らせ……ハーフレンは担ぎ込まれた怪我人を見舞うこととした。
名前しか分かっていない人物をだ。
ベッドの上で眠っている女性は褐色の肌を持つ人物だった。
全身を包帯で固定されていてしばらく安静が必要だと医者の忠告も聞いている。
《あれはまたとんでもない厄介ごとを拾って来たんじゃないだろうな?》
こちらが仕掛けようとしているキシャーラの一件よりも厄介な問題を提示して来そうな気がして、ハーフレンは深く息を吐くとその場を離れることとした。
「ハーフレン様」
「どうした」
駆けて来たのは屋敷の警護をしている騎士の1人だ。
余程慌てているのか……礼儀作法を完全に忘れている。
「前王陛下様からの言伝です」
「親父の?」
引退してから静かにしている人物からの伝令とは珍しい。
「何だ?」
「それが……メイドのフレアさんが拾い子と共に連れ去られたとのことです」
「……はっ?」
唐突の言葉にハーフレンは理解できなかった。
「目撃した前王陛下様が言うには、ノイエ様が抱えて逃げて行ったと」
「……アルグスタ~!」
ようやく合点がいったハーフレンは、怒りのままに絶叫していた。
~あとがき~
ぶっちゃけ管理する人が居てもノイエ小隊って基本暴走気味なんですけどね。
アルグスタが指揮できるのって…あれが面々より暴走していて目立たないからじゃないの?
ノイエさん。元部下とその子を抱えて逃走中w
(C) 2021 甲斐八雲
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