お褒めの言葉と思い受け取っておきます

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



「あれもどうにかするのね」


 魔女マリスアンは苦笑染みた笑みをその人工的にも見える顔に浮かべた。


 自分が戯れで作ったゴーレムをふざけた魔法で融かしている。

 何でもありというよりも、何にでも対処している風にしか見えない。


《知恵者でも居るのかしら? それとも……》


『自分の考えが稚拙なのか?』と言う考えを魔女は振り払った。

 そんな訳はない。自分は魔女であり、何よりも大いなる力を身に宿したのだ。

 負けない。負ける訳がない。


 歩き出し彼女は先を急ぐ。


 まだまだこの帝都に仕掛け罠は数多い。帝宮内でも小国程度なら亡ぼせる戦力がある。

 だから負ける訳がない。何より自分には最強の武器がある。


 ツカツカと歩き魔女はベランダへと向かう。


 不意に風を感じて魔女は足を止めた。

 目の前を人形が通り過ぎ、白い壁にぶつかり肉片と血液によるシミを作り出した。


「そこに居ろ! 魔女!」

「……あの筋肉が!」


 人形を掴んでは引き千切り投げ飛ばし……物々しい気配を発して迫って来るのはオーガだった。

 鬼気迫る相手の気配に、全身の半分を血肉で汚した魔女が睨みつける。


「待ってろ!」


 人形を掴んで振り回し迫って来る存在に、魔女は腕を動かし人形たちを操作した。

 オーガに向かい殺到する様子を眺め、マリスアンは急いで足を進める。


 あの化け物が来たということはもしかしたら『鍵』の存在に気づいたのかもしれない。

 鍵を奪われれば最強の武器が動かせなくなる。それだけは阻止しなければならない。


 急ぎ足を動かし先を行く。

 建物の中を過ぎてベランダへと出れば、そこに女が横たわっていた。


「酷い有様ね?」


 横たわっていた女性が薄く笑う。その様子に魔女はいら立ちを覚える。


「乱暴な客人が来たのよ」

「あら? それは貴女のことでしょう?」


 異国の女性に魔女は冷ややかな目を向けた。


「帝国にとって貴女ほど乱暴な存在は居ないはずよ?」

「……黙れ」


 殺気を振りまき魔女は相手を睨みつける。


「それが貴女の本性かしら? 酷い顔ね」

「黙れ」


 迫る魔女に、リグは笑いかけた。


「奇麗な顔を作っても貴女の本性は醜い物よ。だから奇麗な物で覆い隠すのかしら?」

「……」


 もう口を開くのも嫌だとばかりに魔女は自分の右腕を掲げた。

 シュルシュルと袖口から蔦が伸びて形を作る。蔦は木製の剣と化した。


「今から貴女の腹を割いてその中にある鍵を取りだす。運が良ければ貴女は生き残れたかもしれないけれど……今この帝宮に医者は居ない。だから貴女はここで無様な姿を晒して死ぬのよ」

「覚悟は出来ているわ」

「それは素晴らしいわね」


 ニヤリと笑い魔女は目標を定める。

 腹では無い。それこそ相手を真っ二つにする気でいた。


「ならもう死になさい」

「っ!」


 ギュッと目を瞑りリグはそれを見た。古い記憶だ。

 寝ている王女様を荷物に忍ばせ自分だけが逃げ出したあの日のことをだ。

 救うためだと自分に言い訳にして逃げ出し……その罰がこれから下る。それだけだ。


「……?」


 瞼を閉じて待っていても痛みがやってこない。

 恐る恐る目を開けば、リグは自分が空中に居ることを知った。


 意味が分からない。

 意味が分からないが……リグは落ち始めた自分に気づいて手足を振るおうとした。


 激痛に目の前に火花が散った。




「邪魔をするのか?」


 右腕が空を切り、石造りのベランダに傷を作った。

 不意に飛び込んできた小柄な存在が横たわっていた女性を放り投げたのだ。

 想像できない行動ではあったが、敵はあのユニバンスの人間だ。何でもありだ。


「あはは~。本当は暗殺する予定だったんだけどね」


 ブランと両腕を垂れ下げてミシュは笑う。

 昔と違って両腕の骨は砕けていない。代わりにズキズキと痛んで涙が出て来る。


「何かあれを見ているとウチの馬鹿だった姉のことを思い出してね~」

「そう。ならその記憶を抱いて死になさい」

「あはは~」


 ブンッと振るわれた魔女の剣をミシュは避けない。避けられない。

 自分の祝福を他人に使った反動だ。


 両腕がボロボロなのは、掴んだ相手の発射台となったのが原因だ。

 全ての衝撃を両腕に受け、その反動が全身を襲った。


 死ぬなら笑って死のうと決めていたミシュは、自分に向かい振り下ろされる刃を見ていた。

 で、その刃に人型の何かが飛び込んで……全身血肉で濡れるのを眺めた。


「あのオーガがっ!」


 連続で飛んで来る人の形をした何かに魔女が押されて行く。


 ミシュは必死に足を動かしベランダの手摺りに体を預け肩越しに下を見た。

 恐ろしい速度で巨躯の女性が迫って来る。その肩にはミシュが投げ飛ばした女性を乗せてだ。


「良かった。今回はちゃんと出来たか……」


 姉の時とは違い逃げた先に狼は居なかったらしい。

 今回はそうならない様にちゃんと位置を確認して放り投げたのだから、これでミスがあったら目も当てられない。


「無事に逃げて……王女様に謝れると良いね」


 膝から崩れ落ちそうになり、ミシュは全力で背中を手摺りに預けた。

 ズルっと滑ってそのまま下に向かい落下する。


「あっ」


 落ち着いて考えれば下は人型の何かがうようよしている。

 運よくそれを掻い潜れても石畳が待っている。

 違った意味で死を覚悟したミシュだが……衝撃が来なかった。


 腕の痛みに目を回しながら様子を見れば自分の脇の部分に箒が存在していた。

 横向きで何故か宙を浮いている。


「急ぎますので、この様な無礼をお許しください」

「はい?」


 声のした方にミシュが目を向けると……目が点になった。


 オーガの背中からどこぞの夫妻のチビッ子じゃなくなったメイドが姿を現したのだ。

 それこそズボンでも脱ぐかのように頭から出て下半身を引っ張り出す。オーガという服でも脱いだのかと思うような動作だった。


「お前何処から?」

「魔道具です。済みません……時間が無くて」


 自分の背中から出て来たポーラに、オーガは呆れ果てたような声を出す。

 姿を現したポーラは迷うことなくオーガの肩の上に立った。


 人を2人乗せてもビクともしないのはオーガである彼女の体格と筋肉がなせる業だ。

 普通の人なら不可能だが、オーガのトリスシアならば堪えられる。


「マリスアン様」

「……何かしら?」


 ベランダの上から見下す魔女に対し、ポーラはエプロンの裏からそれを取りだした。


「こちらの鍵を渡しますので、こちらの女性の中にある鍵を諦めて貰えますか?」

「なに?」


 ピクリと反応し魔女は相手の掌を見つめる。

 メイドの手の上には球体が置かれていて、その中には何かが入っているようにも見える。


「それを何処で?」

「はい。ユニバンスに流れ着いたフグラルブ王国の出身者から得ました。我が師は的確に取りだすことが出来ましたが、手順を知らない人が無理をすればこの鍵は消滅するように出来ています。もちろんご存じですよね?」

「……」


 メイドの言葉に魔女は口を噤んだ。知らなかったからだ。


「どうでしょう?」

「良いわ。それを渡すなら貴女を含め今だけ見逃してあげる」

「寛大なご配慮に感謝いたします」


 恭しく一礼して……メイドは球体を持つ手を下げる。

 反動をつけてポーラは球体を魔女に向かい放り投げた。


「トリスシア様」

「何だい?」

「私は戻りますのでお2人を兄様たちの元へ」

「あのな? ……アタシは暴れたいんだよ!」


 怒鳴る相手に両耳を塞ぎポーラはあっさりと受け流した。


「荷物を抱えて暴れるのは大変だと思っての提案です。それにあの魔女が立派な敵を準備してくれますので、それが動き出すまではお暇でしょうから」

「……本当にお前は嫌な奴だね」


 フンッと鼻を鳴らしてオーガは渋面を浮かべる。

 しかしポーラは薄く笑った。


「それはお褒めの言葉と思い受け取っておきます」


 一礼をし、ポーラはまたオーガの背中に張り付けたコイン状の魔道具を動かした。




~あとがき~


 暗殺せずにリグを逃がしたミシュをオーガさんが救います。

 ただし相手はあのマリスアン。絶体絶命の時に姿を現すのがヒーローです。


 大人バージョンのポーラは何でもありだな?


 そんな訳で交渉して鍵を手渡し…何してくれてるの? 思考が刻印さん過ぎるよ?




(C) 2021 甲斐八雲

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