本当にごめんなさい

 ユニバンス王国・北東部新領地(旧共和国リーデヘル地方)



「到着が1日遅れた理由を……何よイーリナ? そんな目をして」

「……」


 無言で睨んでくる相手に呆れ、ネルネはそっと幼馴染を捕まえるとキスをした。

 ハラッとフードが落ちてイーリナの素顔が晒される。丸顔のとても愛らしい顔だ。


 その顔がどんどん朱色に染まっていく。


「……む~!」

「んんんっ」

「もがぁ~!」

「ん~ん」

「ふあっ!」


 ゼロ距離で唇を合わせたままで2人が暴れる。流石は幼馴染だと感心しながらリディは膝を抱いたままのレイザを抱えて馬車を出た。


「放せ~!」


 ようやく解放されたイーリナの絶叫が、夜明けの街中に響き渡った。




「昔の話をグチグチと……だから貴女はずっと処女なのよ」

「関係ない」

「それにレイザをこんなにして」

「ネルネが悪い」

「悪いのは貴女よ。イーリナ」


 ガウガウと獣のように呻きながら暴れるイーリナは、椅子に縛り付けられている。

 ローブも脱いで完全に素顔を晒しているが、怒りの余りにその事実に気づいていない様子だ。


 そしてリディの手で椅子へと運ばれたレイザは、膝を抱くようにして座り『もう舐めないで……』とブツブツと呟いている。どうやら精神的に深い傷を負ってしまったらしい。


 その様子に呆れ果てたネルネは、壁際で空気になっている2人の“部下”に目を向けた。


「バニッセ。人員の輸送も無事に出来ないの?」

「……ちゃんと運んできました」

「これが?」


 1人は獣と化し1人は闇の中に沈んでいる。無事なのは国軍の特務騎士だけだ。


「今回は貴女が来てくれて本当に助かったわ」

「ああ。休暇を貰ってもどう過ごせば良いのか分からなくてね。それだったらこうして手伝いをした方か……ネルネ?」


 歩み寄って来た妖艶な美女が黙ってリディの肩に手を置いていた。


「大丈夫よ。私たちはきっと良い友達になれるわ」

「ああ。そう言われると嬉しいが」


 何故か哀れんだ眼で見られている気がするが、同世代の友人を得られたのは素直に嬉しい。


「ただ少し困ったことがあって……実は後手を踏んでいる状態なのよ」

「後手?」

「ええ」


 リディに椅子を勧めネルネもまた座る。

 2人ほど問題児が居るが、車座となってネルネは説明を始める。


「詳しい状況の説明は省くとして、共和国から流れて来た者たちが決起寸前なのよ」

「「「……」」」


 説明を省くなという言葉をネルネ以外の3人は飲み込んだ。


「武力蜂起と言えば良いのかしら? もうそれこそ今日明日にでも起きておかしくない状況なのよ」


 思っていたよりも切羽詰まっていた。


「済まないネルネ」

「何かしらリディ?」


 沈黙に耐えられずリディが軽く手を上げた。


「王都を出る前に北東部の新領地について調べて来た。と言っても派遣されている国軍の将軍が誰かぐらいだが、現在この地にはノヒル将軍が部下たちと居るはずだ」


 中堅クラスの将軍であるが、軍閥貴族の推薦で新領地と呼ばれるこちらに派遣された。


「ノヒル? あの金と女で忠誠心を売った裏切者のことかしら?」

「……」


 リディの開いた口が塞がらなくなった。


「こっちに来てから連日の接待で胸襟を開き、女をあてがわれてズボンの前を開いたそうよ」

「……大将軍に何と報告すれば」


 根が真面目なのかリディは頭を抱えてしまった。


「まあ問題はあの馬鹿将軍じゃないのよ。蜂起を主導している人物ね」

「それは?」


 トラウマ状態から仕事モードに戻ったレイザが声を発した。


「狙うは3人。誰もが共和国から流れて来たそれなりに名の通った人物よ」

「誰かしら?」

「ディギッド・ハート。ハルフーン。ボルズンド」

「……誰?」


 全く何も知らなかったのはイーリナだけだ。

 ネルネは呆れながら組んでいる足を組み替えた。


「ディギッド・ハートは共和国でも有名な曲芸師よ。雑技団の団長をしながら暗殺者の育成をしていた。けれど近年はユニバンスのとある貴族の暗殺に部下の大半を派遣したのだけれど全員が狩り取られ実質失業状態に。

 共和国に居ても昔からの恨みで殺されかねないからこっちに逃げて来たのよ」


 とある貴族の部下である魔法使いが顔を伏した。


「ハルフーンは国家元首の護衛をしていた魔法剣士よ。ユニバンスで言う魔剣使いね。とある貴族が共和国の首都に殴り込みをかけた時に守れなかったという理由で解雇されたわ」


 黙ってレイザは顔を伏している魔法使いを見た。


「ボルズンドは共和国に所属する魔法使いの1人よ。とある貴族が共和国の畑を腐らせて回った時に原状復帰を命じられたのだけれども……そんな大魔法など使えなかったみたいで、共和国内で肩身を狭くして逃げ出したみたいね」


 何となく場の空気を呼んでリディは顔を伏せる魔法使いを見る。

 肩から何から激しく振るわせたイーリナは、全力で顔を跳ね上げた。


「何処の誰だ! そのとある貴族は!」

「貴女の上司よ。イーリナ」

「知らないから! そんな上司なんて知らないから!」

「言ってなさい」


 呆れ果ててネルネは深く息を吐いた。


「つまりこの新領地には、とある貴族を恨む者たちが集まり手を取り合って暴れようとしているのよ」

「流石ドラグナイト家の御当主様ですね」

「噂は本当らしいな」


 うんうんと頷き合う3人を無視してイーリナはガタガタと震える。


「納得がいかない! ちょっと行って文句を言ってくる! 約束のプレートもまだもう1枚受け取ってないし!」


 椅子に縛り付けられたままイーリナは立ち上がり逃げ出そうとする。

 そんな暴挙など許されるわけもなく、ネルネが投げたハンカチで足を滑らせイーリナは転んだ。


「逃げるな」

「むが~!」

「暴れるな」


 軽く肩をすくませてネルネはため息を吐く。


「さあそこで貴女たちに依頼よ」

「でしたら私はハルフーンを担当します」


 いち早く手を上げて申告したのはレイザだった。


「理由は?」

「はい。物理だけならリディ様に任せた方が。純粋な魔法使いでしたらそこの魔法使いが」

「それで残った1人を担当したいと?」

「はい」


 軽く頷いて見せるレイザにネルネは頷き返した。


「ならネルネの提案を受けましょう」


 ポンと胸の前で手を叩いてネルネは手を広げる。


「リディにはディギッド・ハートを担当してもらうわ」

「構わない」

「レイザはハルフーンを」

「はい」

「働け馬鹿」

「面倒だ……頭を踏むな」

「ご返事は?」

「……分かった」


 床に額を擦り付けられながらイーリナも応じた。


「なら後始末は私が受け持つから……今から休んで夜になったらお仕事にしましょう」


 改めてポンと手を打ち、ネルネは部下に寝床の準備を命じた。




 ネルネが買い取った娼館を出た男性は、ゆっくりと歩み指定された場所へ向かう。

 国元の上司から指定された連絡員との顔合わせの為に食堂へ向かっているのだ。


「いらっしゃい。注文は?」

「今日のお勧めは?」

「そこの壁にかかっているよ」

「済まない。良く見えないんだ」

「だったら何でも良いか?」

「構わない。ただ高すぎる物は勘弁してくれ」

「そうか分かったよ。ならこの店で最も高い定食で良いか?」

「ああ。構わない」


 合言葉を成立させて彼は椅子に腰かける。

 メモに記した内容を確認し、それを机の上に置いた。


 お盆と共に姿を現したのはこの店の店主だろう。

 食事を置くのと同時に机の上のお代とメモを掴み……


「あっごめんなさい」

「なに?」


 ごふっと凄い声を発して店主が吹き飛んだ。

 店主を吹き飛ばした犯人はエレイーナだった。


「本当にごめんなさい」


 椅子を振りかぶり彼女は店主を殴り飛ばしたらしい。

 何故それが分かったかというと……彼女はまた椅子を振りかぶっていたからだ。


「バニッセ先輩。本当にごめんなさい」

「何を?」


 殴り飛ばされ彼の意識はここで途切れた。




~あとがき~


 ネルネと合流した3人は…もうことが起きる寸前と言うことで早速動くことに。


 で、動くバニッセと動くエレイーナ。2人して何をしているんだ?




(C) 2021 甲斐八雲

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