寝る前に運動をしてからね

 ユニバンス王国・北東部新領地(旧共和国リーデヘル地方)



「もっもう……」

「あら残念。もう少しだったのに」


 クスクスと笑い女性は相手を見下ろす。

 中年男性はだらしなくベッドの上で伸びて弛緩していた。


 相手は何でも共和国から流れて来た大臣補佐官だったらしい。まあベッドの上で地位をかざしても意味は無い。


 強い者が勝ち、弱い者が負ける。

 勝ち負けでは無いと言う者も居るが、結局はどちらか勝者となってこうして相手を見下すのだ。


「もう少し頑張ってくれたら……私ももっと楽しめたのに」


 白くて長い指で相手のだらしのない贅肉だらけの胸板をくすぐる。

 弱々しい悲鳴を上げて彼は身を捩った。


「逃げなくても良いのよ」

「これ以上は……」

「あら残念」


 ニタリと整った顔に女性は笑みを浮かべ、朱色の唇を割って出て来た舌が上唇を舐めた。


「ならここからは私の特別を見せてあげる」

「特別……?」

「そうよ」


 男性に跨ったままで女性はその身を傾ける。

 前へと倒して相手の顔を捕らえると、ペロリと相手の唇を舌で舐めた。


「本当にとっておきなのよ?」

「なに、もごっ」


 滑り込ませるように男性の唇を女性の舌が分け入る。

 長い舌に蹂躙される彼は……不意に自分の舌が痺れるのを感じた。


 身の危険を感じ咄嗟に彼は女性を押す。

 豊かな肉厚の女性の胸を押す彼の手から力が抜けた。


 全身に震えが走り改めてベッドの上にだらしのない姿を晒す。

 先ほどの脱力とは違い、無防備なまでに警戒心ゼロの姿をだ。


「ひゃにをした」

「んん? だからとっておきよ」


 クスクスと笑い女性は男性の股間を掴む。

 恐怖で縮み上がっているそれは笑えるほど小さくなっていた。


「こっちを満足させてあげられないけれど、一度味わうと病みつきになってしまう特殊な薬」


 舌を出し女性は自分の上唇を舐めた。


「自分の意志とは関係なく、私の質問に答えてしまいたくなる魔法の薬」

「……」


 カクカクと歯を鳴らし男性は震える。

 怯え切った相手に女性はまた白く長い指を向ける。相手の唇にその指をあてた。


「大丈夫。怖いのは今だけだから」


 クスクスと女性の笑い声が男性の耳の中を木霊する。

 それは幾重にも響き……彼の意識を乱して行く。


「気づけば信じられないほどの快楽に溺れてしまうわよ」


 彼の意志とは関係なく固くなったモノを掴んで女性は笑った。




「ネルネ様。この男は?」

「それ? 解毒薬を飲ませて見せの裏にでも捨てておきなさい。酔っぱらいに相応しい姿でしょう?」

「畏まりました」


 部下の1人がだらしなく弛緩した男を引きずって行く。

 命じられたまま処理してくれるはずだとネルネは信じて疑っていない。


 窓の外から外を見れば……夜も深まり酒場の明かりも消えていた。

 こうなるともう客の入りは望めない。酔った客は宿に戻ったか、路地裏で身ぐるみを剥がされているはずだ。


「それにしても共和国がこんなにも楽しい状態になっているだなんて……誰のせいかしら?」


 決まっている。ユニバンス王国一の迷惑夫婦のせいだ。


《国家元首は帝都に向かい共和国の内部は内乱状態。戦力を持たない者たちはウシェルツェルを頼りにこの新領地へと流れている》


 ただこの新領地の行政を担っているのはユニバンスから派遣された者たちが大半だ。

 故に共和国から流れて来た者たちは身分を隠しウシェルツェルに近づいている。


《陰謀と調略を得意とする共和国だからこそ、ここまで秘密裏に準備を進めているのね》


 リディの情報が無ければなかなか厄介なことになっていた。

 今回の功労者は間違いなくあの特務騎士だろう。褒美の申請を上司にしておいた方が良い。


《問題は使いを走らせても本国からの増援は間に合わない》


 こちらに向かっている幼馴染と同期のメイドと特務騎士の3人しか増援は望めない。

 はっきり言えば後手に回ってしまった。もう“彼ら”の仕込みは終わっている。


《私だけでも先行してここに入ったのは正解だったわね》


 色々な手続きを無視して勝手に動いたから、手柄を立てなければまた上司にお叱りを受けるのは確実だ。


 あの王弟はとにかく小うるさい。

 文句があるなら“性豪”と噂されるその実力をベッドの上で遺憾なく発揮してくれた方が嬉しい。あの巨躯に組み敷かれて無理矢理なんて……興奮が止まらない。


「ユニバンス王家の男性はとにかくあっちは強いって有名なのに……どうしてあの人たちは私に靡かないのかしら?」


 窓に反射する自分の姿を確認する。

 胸も尻も大きく腹には無駄な肉は無い。


 ネルネは自分の腹に存在する傷跡に指先を触れた。

 この傷のおかげで腹の中には子を作る臓器が無い。そのせいで普通の女性よりも腹が細いのだ。


「これのおかげで私の人生は変わってしまったのよね」


 ゆっくりと傷跡を撫でる。

 傷跡は他よりも皮膚が薄く、ネルネはビクッと体を震わせた。


「ニキーナの一撃を受けて生きていただなんて幸運よね」


 咄嗟に庇った幼馴染の代わりに受けた魔法で、ネルネの腹に穴が開いた。


 死ななかったのは本当に幸運だった。追い打ちの魔法を幼馴染が石を纏い防いでくれたからだ。

 その時に根性と言うか勇気を使い果たした彼女は、以降やる気のないゴロ寝の置物と化してしまったが。


「本当にイーリナは馬鹿なのよ」


 そっと窓ガラスに寄りかかりネルネは窓ガラス越しに自分を見つめる。


「あの子が不運に遭うのはいつも私のせいなのに」


 極度の人見知りとなってしまった親友は、ネルネと間違いられて誘拐された過去がある。

 幼き頃からとにかく可愛らしかった彼女を誘拐犯は勘違いし攫ったのだ。

 幸運が重なりイーリナは翌日捜索していた騎士たちの手により発見されて救助された。


 ただ唯一の不幸だったのは……誘拐犯が幼女愛好家だったのだ。


 少女は一晩かけて全身くまなく観察され、触れられ、舐められ……そしてずっと耳元で囁かれたという。

『君のその恐怖で歪む表情が可愛いよ。実に可愛いよ。興奮が止まらないほどにだ』と。


 事件後イーリナが自室にこもり魔法の勉強ばかりするようになったのはそれが理由だ。

 彼女が極度に自分の顔を隠すようになったのは、それが原因だ。


 幼馴染が頑張って素顔を晒そうとしたことが今までに何度もある。

 けれどその度に周りの異性から『可愛い』と言われ、嬉しさとトラウマから彼女は頭を抱えて逃げ出してしまうのだ。


「あれは結婚とか無理ね。妊娠できない私よりかはましかもしれないけど」


 うんうんと頷いて、ネルネは頭の中に広がっていた記憶を追いやった。


「誰か」

「……何でしょうか?」


 呼べば部下がやって来る。

 ネルネは控える部下の女性に目を向けた。


「誰か客に負けた者は居ない?」

「生憎と今夜は……」

「そう」


 物足らなさからもう1人くらいはと考えたネルネだったが、運悪く今夜は相手が居なかった。


「ならワインでも楽しんで寝ようかしら」

「でしたら準備します」

「それと」


 退出しようとした部下の動きが止まった。


「誰か元気な子を何人か見繕って連れて来てくれるかしら?」

「……飲んで寝るのでは?」

「あら」


 クスクスと笑いネルネは妖艶に笑う。


「寝るわよ。寝る前に運動をしてからね」

「……畏まりました」



 その夜ネルネは3人の部下を腰抜けにし、満足して眠ったという。




~あとがき~


 ストーリーを破壊しかねない凶悪なチートキャラ以外にも、この物語には厄介な人物が数人存在しています。ユニバンスではこのネルネです。エロキャラは怖いのですw

 物語に出そうなのは西部の1人と大陸を巡る存在が1人ですかね。あとは作者権限で封印しています。色んな意味で崩壊するわ!


 先行したネルネは情報収集に徹しています。彼女の得意分野であり本業ですから




(C) 2021 甲斐八雲

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