ご飯できたよ~

 ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘



『それぐらい抜け出せるように……聞いてる?』


「いまはむりです」


 早朝ようやくシーツから抜け出したポーラは慌ててお手洗いへと駆けこんだ。

 もう少しで色々な何かが終わってしまうところだった。


 姉が邪魔をするとは思わなかったが、この仕打ちは余りにも酷い。

 だからちょっとくらい文句を言おうと覚悟を決めて2人が居る部屋へと向かう。


 王都の屋敷とは違い別荘は建物としては小さい部類だ。

 屋敷を覆うように存在する木々のおかげで射し込む日差しは少ないが、ドラゴンの目では容易に発見できなくなるらしい。カモフラージュだ。


 薄暗い廊下を歩きポーラは扉の前で立ち止まった。

 自分の姿を確認する。フルフルと体を振って衣服の乱れが無いことを知る。

 スケスケのネグリジェだ。姉の物とは違い足首まで届く長さはあるが、全身が透けているので意味があるのか問われると謎である。


「いきます」


 ノックから扉を開く。


「おはようございます」


 中に入ったポーラはそれ見て動きを止めた。


 ベッドの上で姉が兄の首を絞めていた。

 ただ首を絞める手が弱いのか兄は必死に逃れようとしている。


「にいさま。ねえさま」

「ポーラ。助けて」

「……」


 無言で首を絞めている姉はどうやらいつもと違うらしい。

 水色の髪をした姉を見るのは初めてだ。


「ねえさま。てをはなしてください」

「邪魔をしないで」


 肩越しに振り返った姉の瞳は、これまた水色をしていた。

 やはりポーラはそんな姉を知らない。ただ漠然と嫌な気配だけを感じる。


「だめです。ねえさまはそんなことをしません」

「……」

「だいすきなにいさまに、ひどいことはしません」

「だい……すきなひと?」


 ガタガタと震えだすノイエに、慌てた様子で兄が逃げ出す。

 サッと床に転がり落ちた兄の前に立ち、ポーラは両手を広げて自分の身を盾とした。


「めをさましてください。ねえさま」

「違う。私は……アイラーン。ノイエじゃない」

「でもねえさまのなかにいるのなら、ねえさまのいやがることをするべきじゃありません」

「……嫌がること?」

「はい。だいすきなひとをきずつけることです」

「大好きな……大好きな……」


 今にも泣きだしそうな表情で何かを我慢する相手から嫌な気配が消えるのをポーラは感じた。


「あ~。苦しかった。まだこの機能って残ってたんだ」

「にいさま。ぶじですか?」


 軽く咳き込む相手の身を案じながら、ポーラはジッと姉を見つめ続ける。


 目を離してはいけない気がするのだ。

 今離せばこのまま消えてしまいそうなそんな不安を覚えるからだ。


「紅手のアイラーンか……やっぱりね」

「しってるんですか? にいさま」

「ま~ね」


 横に来た兄の手が頭の上に置かれる。

 良し良しと撫でられただけで幸せが胸の奥から溢れて来る。


「彼女は……自分が最も大切に想っていた人を殺してしまった悲しい人だよ」




 あの日の出来事の中で『悲劇』として描かれる事件もある。

 それがアイラーンの一件だ。


 彼女はユニバンス王国の西部に位置する小さな街で暮らしていた。

 幼い頃に両親を失い、父親の知人に引き取られた彼女はその家で育った。

 養父母には子供が居た。男の子だ。


 アイラーンとは年齢が近く、2人は兄妹のように過ごしていた。

 仲の良い兄妹が恋人同士となり、夫婦になることを妨げるものは何もなかった。

 そして仲の良い夫婦には愛らしい娘が生まれた。2人はその子に対しこれでもかと愛情を注いだそうだ。


 誰が見ても幸せな夫婦は、家族は……あの日を迎えた。

 迎えてしまった。




「どうなったのですか?」

「魔法の素養があったアイラーンは、その力を振るってしまったんだよ。自分が一番大切にしていた家族に対してね」

「……」


 それはとても悲しい話だ。

 何よりも愛していた夫と娘を殺めてしまった彼女は、廃人のようになってしまった。


 自殺なども考えられないほど絶望し、ただ言われるがままに従う人形のようにだ。


「彼女の調書はとても簡単で簡潔だったよ。役人の言葉に対し彼女は一度も反論しなかった。たぶん何も考えていなかったんだと思う。だから全ての罪を受け入れてしまった」


 結果として彼女はカミューの次に処刑台へと昇ったのだ。


「彼女としてはそのまま死ぬことになっても何も困らなかったのだろうね。死ぬことを望みもしていなかったが、生きることに望みもしていなかったから」

「……それは」


 前に居たポーラが走り出した。

 向かう先はベッドの上で自分の体を抱きしめ震えているアイラーンの元へだ。


「はぅ……あっ」

「ねえさま」


 ベッドの上に登ったポーラが全力で、アイラーンを抱きしめた。


「もういいんです」

「ふあっ?」

「もういいんです」

「……」


 ギュッと相手を抱きしめてポーラが優しく語りかける。


「ないていいんです」

「……」

「ちゃんとないたほうがいいんです」

「泣いて……いいの?」

「はい」


 ポーラが抱きしめている手を解いて、相手の顔を見つめた。


「なかないと、かなしみはずっとむねのなかにのこったままです」

「残った……」

「はい。それはとてもつらいです」


 また優しく腕を回し、ポーラが相手の後頭部を撫でる。


「それになかないと……きっとあんしんしてくれません」

「誰が?」

「かぞくが、です」

「……」


 アイラーンが鋭く息を飲む声が聞こえた。


「ねえさまならそういいます。ねえさまなら」

「ノイエなら?」

「はい。だってねえさまはやさしくて、なんでもみえるんですから」

「……そうね」


 そうだった。だからノイエはたまに来ては『どうして泣かないの?』と言っていた。


「でも私はあの2人を殺した。愛していた人を殺した。大切な我が子を殺した。そんな私が泣くだなんて」

「りゆうなんて、かんけいありません」

「関係……ない?」

「はい。だってかなしいからなくんです。それにりゆうはいりません」

「要らないの? 私が犯した罪なのに?」

「かんけいありません」

「……いいの?」

「はい。きっとねえさまがゆるしてくれます」

「ノイエなら……そうよね……」


 そっとアイラーンの手がポーラを抱き寄せた。

 彼女は泣いた。幼子のように声の限り泣き続けた。




 この世界に来て初めて料理している気がする。

 貴族な僕が料理をするのは色々と問題ありだが気にしない。

 何故なら今この別荘には3人しか居ない。その内メイドはポーラだけだ。


 家系図的にはノイエの妹なのにメイドだ。

 傍から見ると妹をメイドにしている酷い姉にも見えるかもしれないが、ポーラが進んでメイド道を究めようとしているのが有名なので誰も文句を言わない。

 何よりあのメイド長に『是非後継者に』と言われている逸材だ。誰が文句など言えようか?


 おかげで家事はポーラが全てしてくれるのだが、今朝は仕方ない。

 ポーラがアイラーンに抱き着かれて逃げられないのだ。

 だから今日は僕が料理をする。とは言っても簡単な物だ。


 大量のベーコンを炒めて、付け合わせの野菜も炒める。大きめのオムレツを大量に焼いて……ザ・モーニングといったメニューを作り上げた。もちろんサラダとスープも忘れずにだ。

 パンは買い溜めした物を軽く焼いて温め直した。頑張ったよ。


 作った物を全てカートに乗せて寝室へと向かう。


「ご飯できたよ~」


 扉を開けて部屋に入ると……こっちのパターンか。


 拘束されたポーラは抵抗を諦めている。もう慣れているのだろう。

 そしてアイラーンは胸を晒してポーラに対し授乳する母親な姿を見せていた。



 だから妊娠していないノイエから母乳は出ません。




~あとがき~


 朝からアルグスタを襲っているのはアイラーンです。

 彼女は自分が愛した家族を、家庭を、殺めてしまった人物である。


 知らぬ間にポーラも成長しました。

 悲しみを継続するのは辛いことですから…だからポーラは相手を諭します。


 泣きたい時に泣けばいいんですと




(C) 2021 甲斐八雲

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