もきゅ?

 ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘



『本気なの?』


「はい」


 ギュッと片手で拳を作り、小柄な少女は真っ暗な廊下をランプを手に進む。

 姉の許可も得た。であれば残りは既成事実……ではなく深い関係だ。


「ししょう。このふくでだいじょうぶでしょうか?」


『あ~大丈夫。大丈夫。どうせその気があれば脱がされるから』


「……」


 生々しい何かを聞かされた気がする。


 落ち着いて考えれば毎朝兄たちの寝室に向かうと全裸でベッドの上に居る。

 時には床の上だったり、窓際だったり、ベランダだったりもするが……それはきっと別の“姉”が出て来て色々とあったのだろう。

 何だかんだで兄は姉たちとの悪ふざけを好んでいるようにも見える。


《だいじょうぶです。あとはわたしががんばれば》


 もう一度ギュッと拳を作り、少女は廊下の角を曲がった。

 と……白い壁が姿を現した。違う。白い人型の影だ。違う。


「ねえさっ」

「ダメ」


 そっと白い手が伸びて来て少女の口を塞ぐ。


「もごっ」

「まだ早い」


 感情の無い言葉を発し、姉……ノイエは少女を捕まえるとじさんしたシーツでクルクルと拘束した。


「ねえさっ」

「ダメ」


 また手が伸びて来て少女……ポーラの口を塞ぐ。


「まだ無理」

「もご~」


 口に猿ぐつわを噛まされ運ばれたポーラは、自室として使っている部屋のベッドに投げ捨てられた。


「もっと大人になったら」

「も~」


 ジタバタとベッドの上に暴れる妹に視線を一度だけ向け、ノイエはパタンと扉を閉じた。




「あれ? また?」

「果実は好き」


 フラッと部屋を出て行ったノイエが両手いっぱいの果実を抱えて戻って来た。


 夕飯もモグモグと大量のお肉を食したに、ノイエの胃袋はどうなっているんだ? 絶対に祝福の消費量よりも過剰に摂取している気がするんだけど?


「お肉と比べると?」

「お肉は最強」

「そうですか」


 ベッドの上にやって来たノイエが僕の隣に座り込み、洋ナシっぽい果実をもきゅもきゅと食べ始めた。


「ノイエ」

「はい」

「ひと口頂戴」


 あ~んと口を広げたら、ノイエがボロボロとベッドの上に果実を落とす。

 何をするのかと思ったら、ノイエが僕の前に移動して来た。


「んっ」


 キスからの口移しでした。で、キスに移行する。

 ノイエが存分に甘えてから唇を離した。


「ノイエさん?」

「おかわり?」

「それは、もごっ」


 強制的におかわりを頂いた。

 それからしばらくノイエに好きにさせていたら、お腹がパンパンに膨れてしまった。


 枕に頭を預けて目を回す僕の横でノイエが残りの果実をもきゅもきゅと食べ続ける。


「ノイエ」

「なに?」

「ん~」

「なに?」


 喉元まで来ているのですが、出て来ないのですよ。

 温泉に浸かってのんびりして居たらふと思い出したんだ。


「ああ。あれだ」

「なに?」

「ノイエ愛してる」

「……はい」


 フルッとノイエのアホ毛が回った。


「ノイエ覚えてる?」

「なに?」

「少し前に踊ったよね? リグの故郷で」

「……はい」


 若干目が泳いだよ。


「どうして踊ったの? 頼まれたみたいなことを言ってたけど」

「……お願いされた」

「誰に?」

「あそこにいた人たち」


 さあ頑張れ僕よ。ここからがノイエとの会話で大変な所だ。

 断片的で足らない言葉を集めて脳内で編集する。そして文章にする。


「つまりノイエはみんなに頼まれたわけだ」

「はい」


 ようやく終わった。頑張ったよ。要約するとこうだ。


 ノイエは普段より雑音が少なく相手の声が、と言うか言葉が聞き取れたらしい。するとみんなが『もうこの場所を離れたい』と願ったらしい。最初は凄く疲れるからと拒絶したらしいけど……その理由はどうかとも思ったが、ノイエは周りの大合唱に折れて呼称『聖女パワー』を使ったらしい。で、その時点でユーリカが背後に居ることを忘れていたっぽい。


 何故か部屋の隅から女性のすすり泣くような声がした気がするが幻聴だろう。

 あれはノイエの背後に居るストーカーだ。


「声が少なかったのはあの場所に生きた人が少なかったからかな?」

「もきゅ?」


 ちょっと目を離した隙にノイエの口がリスのようだ。


「ならここも雑音は……周りに幽霊が居るんだっけ?」

「もきゅ」


 どうもそうらしい。悪魔が言っていることは正しいのか。


「ノイエは煩くないの?」

「……慣れた」


 パンパンに膨らんでいた口の中の果実は何処に消えたの?


「子供の頃からずっと」

「そっか」

「でもノーフェお姉ちゃんが」

「そっか」


 実の姉だからということだけでもなく、ノイエは本当にあのお姉さんのことが好きだったんだな。


「殴って」

「……はい?」

「蹴って」

「ちょっと待て?」

「最後は必ず勝ってた」


 僕の知るお払いの仕方では無いと思います。ん?


「ノイエ」

「はい」

「カミューも殴る蹴るをしてた?」

「はい」

「……」


 何か気づいちゃいけないことに気づいたような?


「最近気になる人とか居る?」

「メイド。小さい子の後ろに居る」


 ミネルバさんかっ!


「実はノイエって格闘家が好きなのかな?」

「分からない」

「殴って蹴る人のこと」

「……お姉ちゃんと同じ」


 つまり実の姉とスタイルが似ているからカミューの名前を覚えたとか?

 違うよね。そんな理由だと流石の僕でもあの狂暴女が可哀想になって来る。


「ノイエ」

「なに?」


 全ての果実を食し終えたノイエが僕に抱き着いて来る。

 可愛いお嫁さんが甘えたがっているなら好きにさせるさ。


「大好き」

「……私も」


 そっとノイエがキスして来るから、僕は優しく彼女を抱きしめた。




「のはっ!」

「だぞっ!」


 声を発して床に転がっていた遺体が上半身を起こした。


「あら早い。おはようレニーラ。シュシュ」

「……何か悪い夢を見た」

「だぞ~」


 体を起こし床に座る2人は辺りを見渡し安全を確認すると、隣に居る相手を抱きしめ慰め合う。

 その様子にセシリーンは半ば呆れた感じで苦笑した。


「ごめんなさいね。私のせいで」

「セシリーンのせい?」

「だぞだぞ?」


 覚えていないのか、それとも記憶が一時的に喪失しているのか……2人は同時に首を傾げた。


「私が反射的に2人の頭の中を壊したのよ」

「嘘だ~。セシリーンが攻撃って声で?あり得ないって」

「だぞ~」

「……本当に咄嗟だったのよ」


 一瞬迷ったが後で思い出されても厄介なので、セシリーンは覚悟を決めた。


「お腹の赤ちゃんを守るために」

「「……」」


 ザザッとセシリーンの耳にノイズが走った。

 目の見えない彼女には2人の様子は映らない。けれど2人は……その目から生気を失い虚ろとなった。


「思い出した」

「だぞ~」

「落ち着いて2人とも」

「無理だから」

「だぞ~」

「そう」


 なら覚悟を決めてセシリーンはきつく目を閉じ胸を張った。


「なら殺しなさい。けれどこの体は偽物だからどんなに私を引き裂いても赤ちゃんは無事なままよ! さあ好きなように殺しなさい!」

「「……」」


 凛とした相手の声に彷徨うゾンビのように立ち上がった2人は動きを止めた。

 そうだった。この体は偽物なのだと言うことを2人は思い出したのだ。


「さあ殺しなさい! ただし今度外に出たら2人の悪行を旦那様に伝えるから!」

「それはズルいぞ~」

「だぞ~」


 ズルかろうがセシリーンはそれをすると決めていた。少しでもお腹の子の安全を確保するためなら、自分のできることを少しでもする必要があるのだ。


「……赤ちゃん?」


 ふと響いた声に3人は顔を動かす。


 普段聞かない声は、頻繁に中枢に来る人物の物ではない。

 そして『子供』の話を聞かせてはいけない人物の物だった。


「赤ちゃんが居るの? ここに?」


 ふらりと姿を現したのは……アイラーンだった。




~あとがき~


 大人の階段を昇ろうと企んだポーラの野望はノイエの手により消滅しましたw

 そう簡単に姉の壁は越えられないのです。


 復活したレニーラとシュシュのコンビは、セシリーンを加え厄介な人物と向き合います。

 彼女の名はアイラーン。『紅手のアイラーン』と呼ばれた人物です




(C) 2021 甲斐八雲

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