お母さんになれば……

「あら? 王女様。私の様な者の足を枕にするなんて宜しいのですか?」

「煩い」


 外から戻って来たリグは揶揄うように声をかけて来た歌姫を軽く睨んだ。

 娯楽代わりに殺人が行われる場所だ。しばらくは自分が玩具にされるだろうと自覚しつつ、リグは内心でため息を吐くとセシリーンの足を枕にする。


「この枕は良い枕」

「あら? 素直に嬉しいわ」


 正直な気持ちを伝えてくれたリグにセシリーンは微笑む。

 そっと手を伸ばして頭を撫でると……気絶に近い形で彼女は眠りに落ちた。


 普段から良く寝る子だ。今回は相当無理をして起き続けていたのだろう。


「おやすみなさい。リグ」


 さわさわと頭を撫で、セシリーンは外に意識を向ける。


 ノイエは宙を移動し別荘に向かっている最中だ。

 温泉には興味があるので今度涼しくなったら彼たちと一緒に行きたいと思う。


「あれ? 誰も……何かあったの?」

「いつも通りよ」

「そうなのか。中枢は比較的安全だって聞いたけど……その床に転がっているのは、何?」


 珍しく自ら進んで中枢に来た人物は、『うげっ』とうめき声を上げた。


「原形を留めていない死体ならアイルローゼよ」

「魔女か。これは酷いね」


 口元を押さえ深呼吸している様子がうかがえた。


「それより何か用? ローロム」

「あっうん。お姫様から帝国の話を聞いてね。ノイエたちが向かったんでしょ?」

「ええ。でも色々とあって今は温泉で休憩するみたいよ」


 詳しく話しても良いが、相手がそれを望んでいないかもしれない。

 だからセシリーンとしては一度軽く相手を突き放す言葉を選択した。


「そっか。どうも帝国と縁が無いな」


 頭を掻いて中に入って来た彼女は、比較的無事なエリアを選んで腰かけた。

 つまりはセシリーンの隣だ。


「リグも中枢の住人になったんだ」

「この子は静かに寝れればどこでも良いのよ。今は私の足を枕にするのが良いみたい」

「あはは……。胸がこんなにあるのに中身は子供なんだね」

「ローロム。声が怖いから」


 怨嗟のこもった声音にセシリーンは若干頬を引き攣らせた。

 彼女の胸は確か聞いた限りではそこまで小さくないはずだ。レニーラが言うにはシュシュ程度だったか? そう歌姫は記憶していた。


「ごめん。どうも子供の頃からの癖で恵まれている人を見ると嫉妬しちゃうんだ」

「そうなのね」


 ローロムの過去を知らないセシリーンとしてはここで一歩踏み込むべきなのか悩まされる。

 相手の表情が確認できないからではの反応だ。もしいま彼女が泣き出しそうな顔をしていれば絶対に続き促すべきではない。

 そのことは分かるが……目の見えないセシリーンはその判断がつかないのだ。


「ローロムは帝国の出身よね?」

「そうだよ。まあ小さい頃に逃げて来たから帝国の記憶なんて全然残ってないんだけどね」


 そっとその目をノイエの視界へと向け、ローロムは言葉を続ける。


「でも一度ぐらいはこの目で帝国を見てみたいと思ってたんだ。今回はそれが出来そうだから」

「だからホリーの申し出を?」


 いつもなら深部に居て協力なんてしないであろう人物がここに来るなど珍しい。

 それ相応の理由……今回のローロムは故郷を見るために協力を申し出たのだと、そうセシリーンは判断した。


「あくまで理由の1つかな」

「なら他にも理由が?」

「うん。一番はホリーに斬り殺されたくなかっただけど」


 それは何となくセシリーンも理解できた。


「最大の理由は帝国への復讐かな」

「復讐?」

「そっ」


 自分の膝を抱いてローロムは宙を飛ぶノイエの視界を楽しむ。自分の目では無いが空の景色を見るのが好きなのだ。


「私の一族はある魔法を習得していた。それを帝国は奪おうとして躍起になった。で、逆らって……グシャッと押し潰されてしまった」


 膝を抱いていた手を解きローロムは自分の両手を合わせるように閉じて見せた。


「私たちは逃げた。集まる場所も時間も何も決めずに四方に向かいただひたすらに逃げた。両親は運よくユニバンス王国にたどり着いて……中級貴族に雇われたんだ」

「あら凄い」


 帝国からの逃亡者を雇い入れるなど危険極まりない行為だ。

 普通の貴族ならばやらない。けれどその危険を天秤にかけ、雇われたということは余程優れた魔法なのだろうと、魔法に疎いセシリーンですらも理解できた。


「貧しかったけど楽しかったよ」

「そうだったのね」


 たぶん彼女はその手でその幸せを壊してしまったのだろうと、セシリーンには痛いほど理解できた。


「またノイエが帝国に向かったら来るよ」

「ここに居ないの?」


 別に現状魔眼の中枢は開店休業状態だ。好きなだけ居ても問題は無い。

 深部も酷い状況なので中枢に来て悪さをしようと企む人も居ない。

 それに中枢に至る3か所の通路の内、2カ所はホリーとグローディアが居る。容易に来れる状況でもないのだ。


「何だろう……普段引っ込んでいるからかもしれないけどさ」


 立ち上がりながらローロムは言葉を続ける。


「ここって凄く華やかで眩しい場所なんだと思う。そう思っているせいか近寄りがたい場所なんだよ」

「現状は死屍累々の死体置き場だけど?」

「それでもだよ」


 歩き出す相手に見えない目をセシリーンは向けた。


「それにアイラーンの話し相手も務めてあげないとね。彼女はもう外にすら出たく無いんだから」

「そうね」


 魔眼の中……特に深部で静かに過ごす者の大半は今も心の傷に苦しめられている。

 紅手と呼ばれたアイラーンもまた悲しい過去を背負っているのだろう。


「ねえ歌姫?」

「何かしら?」


 立ち止まり振り返ったローロムは今一度相手の表情を確認した。


「しばらく見ない間に幸せそうに笑えるようになったんだなって思って……笑えることは良いことなんだけどね」


 肩越しに手を振り出て行った相手の挨拶までは理解できず、それでもセシリーンは頬を赤くしてそっと自分のお腹に手を当てた。


 偽物の体だとは理解している。だからそこに宿っていないことも分かっている。それでもつい自然と手が伸びてしまうのだ。

 正直に嬉しいから。幸せだから。失ってしまったはずの希望が宿っていると知ったから。


「ノイエとの子供に聞かせるはずだったのにね?」


 柔らかく笑い居ないはずの我が子にセシリーンは声をかける。


「お母さんになれば……上手く歌ってあげられるかしら?」

「出来るよ。セシリーンなら」

「あら?」


 モゾっと体を動かしリグが寝がえりを打つ。


「今ならホリーの気持ちが分かるかも」

「どういう意味かしら?」

「……正直羨ましい」

「あらあら」


 笑いセシリーンは拗ねるリグに手を伸ばして頭を撫でてあげる。


「リグ」

「なに?」

「今の言葉はお祝いの言葉として受け取っておくわ」

「そう」

「でもね」


 そっと表情を消してセシリーンは顔を向ける。

 見えない目には何も映らないが、間違いなくそこに居るであろう存在に対してだ。

 べちょんべちょんと飛び跳ねる活きの良い臓物が……怒りの感情を発していた。


「アイルローゼが激しく嫉妬するから彼女の前では言わないでね。うぷっ」

「大丈夫」


 スッと顔を動かしたリグは跳ねる臓物を見た。


「あれほど活きが良いなら……少しぐらい観察しても大丈夫だよね?」


「ひぃぃぃ」

『ひぃぃぃ』


 怯えるセシリーンは、怯える臓物から悲鳴が上がるのを聞いた気がした。




~あとがき~


 軽い語らいがまさかの一話分に!

 こうして作者の手を離れどんどん長くなるのです。困ったもんです。


 ローロムの魔法は直接的な攻撃魔法の類ではありません。間接的な物です。

 魔力を大量に消費するので普段使いだと10数秒が限界の魔法です。

 でもノイエの体を使うと…恐ろしいことになるんだよな。うん。


 遠殺の由来は帝都のバトルで語られると思いたいw



(C) 2021 甲斐八雲

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