止めてアイルローゼ~!

 旧フグラルブ王国領・王都廃墟



「姉さま」

「なに?」


 焚火の前で座るノイエは自分の膝を抱えるような態勢でジッと燃える炎を見つめていた。

 正直に言えば炎の先に存在する携帯食をだ。乾パンをだ。


 地下室を出て地上に戻って真っすぐ来たのがこの場所だ。

 振り出しに戻ったとも言えるが、ベースキャンプにしているから問題は無い。


 ついでに言うとロボはまた小言を言い出したので強制停止した。

 待機モードにして『姉さま運んで』とお願いすれば、キック一発で輸送が完了する。

 良く壊れなかったものだと、魔女は本気で過去の自分の仕事を褒めたのは言うまでもない。


「あの2人を地下に置いてきても良かったの?」

「なぜ?」

「だってある猿は絶対やってるわよ?」

「……」


 指で丸を作って、もう片方の手の指を通す少女の意図は分からない。

 ノイエは首を傾げるが、言葉の意味は何となく分かった。


「寂しいのは嫌」

「えっ?」

「寂しいとここが痛い」


 体を起こしノイエは自分の胸を服の上から鷲掴みにする。

 それをグイグイと力強く揉んで見せた。


「もっと痛い。奥が凄く痛い」

「見ているこっちも胸が痛いわよ!」


 絶望を抱いた弟子の感情がどす黒い。あんな風に力強く自分の胸を揉むことなどは、この体では不可能だ。

 これからの成長で可能なのかは神のみぞ知ると言うヤツである。

 この世界の神は過去の自分が完全に消滅させてしまったが……今はそのことを忘れる。


「でもあれよあれ。あの馬鹿を取られるとか不安にならないの?」

「取られる?」

「そう。つまり寝取りよ!」


 串に刺して焼いていたパンを義姉に向かい言葉と一緒に投げかける。

 素早く手を動かし最強のドラゴンスレイヤーは串の全てを掴んで見せた。


「大丈夫」

「根拠は?」

「もうもむめむの」

「食べてから喋って」


 手にした串のパンを全て頬張った義姉のリスのようにパンパンに膨らんだ頬が小さくなるのを待つ。


「平気」


 ゴクンと飲み込みノイエは真っすぐな目で義妹を見つめる。


「アルグ様は変わらない」

「それってつまり貴女だけを一番に愛しているってこと?」

「はい」


 コクンと頷く義姉に迷いはない。

 迷いは無いが……それはそれで大変失礼な気がする。

 具体的に言うとあの男は一番愛している妻を置いて浮気しているのだ。


「イラっとかしないの?」

「なに?」

「彼が他の人たちと一緒に居て、嫌な気持ちにならないの?」

「……」


『おかわりを寄こせ』と揺れるアホ毛に呆れつつも、少女はまたパンを焼く。


「お姉ちゃんたちなら平気」

「どうして?」


 クククとノイエの頭が傾きだす。


「お姉ちゃんも同じ。大好き。私と同じ。大好き」

「好きだから許せると?」

「はい」

「何よそれ」


 呆れ果てて少女はまた串を義姉に投げつける。


「貴女は全てを許してしまう聖女だとでも自分のことをそう言いたいの?」

「分からない。でも私は聖女」

「ああ。何かそう言われていたわね」


 その一件は自分も深く関わっているので少女としては話を大きくしたくない。

 梓巫女のことはそっと胸の奥にしまっておくことが大切だ。


「だからってあれを野放しにしていると知らない間にお嫁さんが増えるわよ?」

「平気。お姉ちゃんなら」

「……それ以外は?」

「嫌」


 少女は自分の意識の中で、弟子が言葉の刃で一刀両断される様子を見た。

 たぶん再起不能だろう。そりゃそうだ。


「でも」


 スッとノイエが指をさしてきた。


「本当の小さい子なら良い。妹だから」

「うわっ!」

「なに?」

「何でもない」


 復活した弟子のハイテンションっぷりがハンパない。

 大逆転の優勝決定サヨナラ満塁ホームランを叩きこんだ野球選手ぐらいに大喜びだ。


「つまり家族なら許せると?」

「はい」

「私は家族じゃないのね」

「違う」


 ジッと見つめて来る義姉は、目に映る物とは違う何かを見ているようにすら感じた。


「貴女は……違う。ずっと1人。これからもずっと1人」

「そうなのよ~。私ってばずっと寂しい1人身なのよ~」


 よよよと軽く足を崩して体を斜にする。

 弱々しい女性の感じを強く漂わせるが、ノイエの目にはそんなポーズは映らない。


「それに貴女はもうここに居ない。ユーと同じ」

「酷いな~。人を幽霊扱いしないでよね!」

「でも居ない」

「ま~ね」


 クスクスと笑い少女は義姉に向かい追加でパンを刺した串を投げつけた。


「私の正体はどうでも良いのよ。私はただの魔女。三大魔女の1人。刻印の魔女にして……」


 ニヤリと少女は笑った。


「……の魔女。そう呼ばれていたこともあったわ」

「知らない」

「でしょうね」


 何故ならばそれは“この大陸ここ”での呼び名ではない。


「さて。私は少し出かけて来るわ」

「あっち?」


 上半身を捻りノイエはある一角を指さす。たぶんその場所は間違いなく、


「見えるの? あのオーガが?」

「見えない。でも大きい人は居る」

「見えているでしょうに……全く」


 ただあっちに用事はまだない。

 用があるのは……焚火の前から離れた少女は真っすぐそれに向かう。待機状態となり身を縮めて座るロボの傍らだ。


「少しこれと話があるんで出て来るわ」

「はい」

「パンは全部食べないこと。2人が空腹で戻ってくるかもしれないし」

「平気」

「……何が?」

「空腹は我慢できる」


 自分が出来ないことをはっきりと言う義姉に少女は深々と息を吐いた。


「まあ良いわ。なら後は宜しくね」


『よいしょ』と可愛らしく声を発し、少女の姿をした魔女は重量挙げの要領で丸まっているロボを頭上に掲げるとその場から離れて行った。

 その様子を見送ったノイエは、視線を焚火へと戻す。


「全部はダメ。少しは残す」


 自分に言い聞かせ、場所を移動しパンを焼きだす。が……少しが良く分からない。


「アルグ様とお姉ちゃんならこれで良い」


 2切れだけ別に置き、後はまとめて焼きだすのだった。


「家族は大切」


 焼かれるパンを見つめノイエはそっと呟く。

 みんな出て来て遊んでくれればいいのに……と思う。


 ふとアホ毛を揺らしノイエは辺りを見渡した。


「赤い人が居ない」


 最近全然近くに感じない存在を口にする。


 あの姉は……とにかく痛い。痛いけど優しい。ずっと後ろから抱きしめてくれる。柔らかくは無いけど。でも色々な話を聞かせてくれる。青い人と違って途中で寝ても怒らない。後ろからギュッなら青い人の方が良い。凄く柔らかい。


 違う。今は……赤い人のことだ。最近感じない。

 優しいお姉ちゃんだ。でも痛いお姉ちゃんだ。ジュっとしてから、ドロッとなる。痛くて熱くて……でも優しい。


「赤い人」


 声に出してみる。

 彼が言っていた。たぶん彼が言っていた。

 声にすることで実現することがある。

 実現が良く分からない。でも声にすることが大事らしい。


 何を言えば良い? 赤い人に会いたい。会いたくて……ギュッてして欲しい。でも背中が痛い。あんなに薄いと赤ちゃんのご飯が心配だ。お腹が減るとキューキューする。心配だ。


「赤い人の……赤ちゃん」


 何を考えていたのか分からなくなって来た。

 赤ちゃんが欲しい。ずっと欲しい。でも出来ないけど欲しい。ずっと抱いてたい。ポカポカと暖かくて抱いていると気持ち良くなる。だから抱きたくなる。


「赤い人の……赤ちゃん抱きたい」


 何となく口にした。実現が良く分からないけど口にした。口にしたけど何も変わらない。そう何も変わらない。何を口にしたのかもうよく分からない……パンが焦げた。




「止めてアイルローゼ~!」


 絶叫するグローディアの顔色は真っ青だ。

 両耳をギュッと手で塞ぐセシリーンも蒼い顔で震えている。

 こうなると早々に『報告、宜しくね』と言って出て行ったホリーが羨ましい。ただ彼女の場合はこの場に居ても平気で座って良そうな気もするが。


 大興奮している術式の魔女が止まらない。

 べちょんべちょんと吐き気しか起こさない音を立てて人体を構成する部品を震わせ、アイルローゼが歓喜しているのだ。傍から見ればただの恐怖映像だ。


「お願いよアイルローゼ! もう動かないで~!」


 若干口から胃液を吐きつつグローディアは叫び懇願するしかない。



 だが遂には耐えられず、元王女も歌姫も……




~あとがき~


 ノイエと刻印さんとの語らいって珍しいな。

 一番の驚きはノイエとの会話って成立するんだw


 実は色々とフラグが…刻印さんは基本嘘つきですからね。だから自分の…。


 で、ノイエの中でアイルローゼが大興奮です。

 だって可愛いノイエが自分の赤ちゃんを抱きたいと言っているんです。

 問題はこの魔女…奥手すぎて子作りできるのか?




(C) 2021 甲斐八雲

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