悪い言葉はダメ

『起きてる?』


「ええ」


『少し聞いて欲しいのだけど……』


 ノイエの魔眼の中……通路の端で壁に寄りかかり目を閉じて考え続けていたホリーは、中枢に居るセシリーンから届けられた言葉でようやく外の様子を知った。

 面倒臭そうに立ち上がり中枢に向かうことにする。


 本当ならこの後の帝都での対処法を考えられるだけ考えていたかったが、大切で超愛しているアルグスタが困っているなら話は別だ。


『ねえホリー? リグの正体って?』


 ネタバラシよりも先に答えを知りたくなったのか、歌姫がそんな質問をしてくる。

 バサリと長い髪を払い歩きながらホリーは口を開いた。


「答えは最初から会話を聞いていれば分かるわよ」


 そう。その可能性は最初から示されていた。


「リグの正体は、凌辱されて慰め物にされたという王族の生き残りと考えるのが妥当でしょうね」


 だからリグの“親”は自分の“娘”に成長すれば死ぬであろう刺青による術式を施したのだ。

 それは術式の悪用を恐れての行為ではない。ただの復讐の類だ。


 王家と仲が悪かったという研究所の所長であった人物が何故そんなことをしたのか?

 理由は簡単だ。自分の本当の“娘”を身代わりとして王家に引き取られていたのだろう。もしかすれば人質だ。

 研究所の所長が、その一族が裏切らないための予防線だ。


「当事者でもないと何をそんなに争っていたのかは分からない。でも少なくともリグの仮の親はこの国が負けると確信していた。そしてそうすれば何が起こるのかも理解していた」


 本当の自分の娘が、父親として許せない死に方をする。


「恨んだのでしょね。この国を……だからリグに対していつか必ず死ぬ恐怖を与えた。嫌な復讐ね。私としては嫌いじゃないけど」


『悪趣味よ』


「ええ。でも復讐なんてものはそもそも高尚な物じゃない。第三者が自分の感情に被害者の感情を重ねた振りをして行う快楽殺人よ」


『それはそれで言い過ぎな気がするわ』


「そうかしら?」


『ええ。少なくても彼が聞いたら気分を悪くする』


 それは嫌だ。許せない。


「撤回するわ。復讐はとても高尚な物よ。今後は推奨していくわ」


『……ホリー』


 自分の言葉で大切な彼が不快に思うだなんて許されない。それは万死に値する行為だ。

 でも自分が死んだら彼は飢えた馬鹿者たちの餌食にされてしまう。だったら自分が死ぬまで彼を守らなければいけない。命を賭して彼の為だけに……身も心も全て!


「ハァハァ……アルグちゃん。じゅるっ」


『大丈夫ホリー?』


「……心配ないわ。気のせいよ」


『そう』


 気のせいではないと分かっていてもセシリーンは追及の手を緩めた。

 絶対に面倒臭いことになるのは間違いないからだ。


『ならリグはお姫様だったというの?』


「そう考えるのが妥当と言う話よ」


『貴女ならその先のことまで分かると外に居る魔女が言っているけれど?』


「買いかぶり過ぎよ。私だって聞いていない話から全てを知るなんて無理」


『……話を聞けばどうにかなるの?』


「人並みにはね。だからこうして向かっているのでしょう?」


 人の気配が全くしない場所を抜けホリーは先へと進む。

 途中寝ているローロムと頭を抱えているアイラーンの姿を見つけたがそのままにしておく。ローロムは問題無いがアイラーンは何かと面倒臭い。


『そうそうホリー。言い忘れていたわ』


「何かしら?」


 もう少しで魔眼の中枢と言った場所で歌姫の声が届いた。


『今ちょっとアイルが酷い状態で居るらしいの。驚かないでね』


「アイルローゼがもう動き回っているの?」


 それは嬉しい誤算だった。


 彼女が動け回れるほどに回復しているのなら話が変わる。根底から変わる。

 正直頼りたくはないが、あれの魔法は使用するだけ局面をいくらでも変えられる。敵対する相手を同情したくなるほどに卑怯な存在だ。


 若干足の動きを速め……ホリーは先を急ぐ。

 遠くからレニーラの馬鹿とシュシュのアホの声が響いて来た。


「……リンカっ! こっち来るな!」

「だぞ~!」

「助けて……ずっと生暖かいんだ」

「寄るな~!」

「だぞ~!」

「……」


 たどり着いたホリーはそれを見て目を点にする。

 泣き叫び強姦魔から逃れようと床を這う女性のような2人と、動き回る腐った死体とを思わせる化け物然とした馬鹿が歩いていた。


「いらっしゃいホリー」


 ただ1人床に座り、セシリーンがいつもと変わらない笑みを浮かべていた。


「ちょっと騒がしいけど」

「ちょっと? これがか?」

「ええ」

「……」


 流石のホリーも言葉を失う。

 目が見えないということはこうも便利なことがあるらしい。


 はっきり言えば今すぐ全てを切り刻んでゴミにしたい衝動が込み上がって来る。

 けれどホリーはそれを我慢した。耐えた。


「……ホリーか」


 何故か両腕を突き出しノロノロと歩く存在と化したエウリンカが、入り口に立つホリーへと近づいて来る。

 突き出さされる腕の原因は赤く長い髪が絡まっているからだ。ノロノロと歩く理由は小腸らしき物が絡まり歩く難そうだからだ。


「エウリンカ」

「何かね?」

「……気持ち悪いからまとめて全部刻んでも良い?」


 ワラワラと動き出したホリーの髪にエウリンカは『ひぃ』と喉の奥で悲鳴を上げた。

 相手の本気さ加減が否応にも伝わって来たからだ。




 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



 問題が難しいのです。

 リグの正体って何だろう? 実は人間じゃないとか?


 腕の中に居るポーラの姿をした悪魔を横に置き、代わりに隣で座るリグを捕まえて抱き寄せる。

 掴む場所が無かったから彼女の一番掴み易い所をホールドして引き寄せた。


「強引だね」

「痛かった?」

「ちょっとね」


 何故か頬を真っ赤にしたリグが僕から顔を背ける。

 胡坐をかいて座り、足の上にリグを座らせそっと抱きかかえる。小柄な相手だとついしたくなるスタイルだ。リグは一部分だけ立派だが、基本小柄なのですっぽりと収まった。


「こんな可愛い妹の前で良くそんなことが出来るわね!」

「こっちも可愛い僕のお嫁さんの1人です」

「……」


 身を縮ませてキュッと座るリグは可愛いのです。


「で、ヒントは?」

「自分で考えろ。馬鹿兄貴」

「ノイエ~」

「はい」


 スッと現れたノイエが何故かポーラの頭をワシッと掴んだ。


「えっと……ポーラをどうする気?」

「悪い言葉はダメ」

「つまり?」

「悪い子は」


 キョロキョロと辺りを見渡しノイエが何かを見つける。

 僕らが捕らえられていた穴だ。


「ゴミは捨てる」

「前にあったね。そんな言葉」

「嫌ぁ~! 兄様助けて~!」


 ズルズルと引きずられて行ったポーラが、本当にポイっと穴の中に捨てられた。

 ビックリして様子を見ていると、箒を抱きしめて中から馬鹿が姿を現した。


「本当に捨てるかな? 馬鹿なの?」

「……悪い子は捨てる」

「のあ~!」


 今度は箒を没収されて穴の中に捨てられた。

 待つこと暫し……本当にリグの胸って凄いな。ちょっと押したら張り裂けそうなくらいパンパンなのです。これはこれで心配になるレベルです。


「……ねえさま。ひどいです」

「悪い言葉はダメ」

「わかりました」


 本来のポーラが穴の中から這い出て来た。


 ちょっと待て? 何をどうしたらあの穴から這い出れるんだ?


 若干ポーラの実力に僕の背中が冷たくなった。


「なあ兄さん」

「ほい?」


 ロボの声に顔を巡らせる。

 彼は……僕の手の動きに目を向けている感じだった。


「何や可愛いと思っていたお嬢さんが大人になったというのを見るのは悲しいもんですな」

「あ~。分かる」


 きっと僕もポーラが大人になったら同じ風に思うんだろうな。


「んっ……そろそろ止めて……んっ」


 リグの声が可愛いのも悪いんだと思います。




~あとがき~


 話に登ったホリーに歌姫さんが聞いたことを伝えます。

 で、彼女が出した答えは…正解なのでしょうか?


 リグの胸を揉み続けるとか、もげれば良いのに…この主人公w




(C) 2021 甲斐八雲

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