ありがとうございました~!
「旦那ちゃ~ん」
何故か突然ノイエが黄色になって抱き着いて来た。シュシュだ。
色が変わりながら突進して来たので頭上の宝玉を食らったりしなかった。足元の砂地に落ちたので宝玉の方も無事っぽい。
「ごわがっだよ~」
「どうしたのシュシュ?」
「アイルが~」
マジ泣きモードらしいシュシュがフワフワも間延びも忘れて僕にすがって泣き続ける。
が、現在のノイエは鎧姿のお仕事モードだ。抱き着かれても柔らかみが無い。残念だ。
「先生がどうしたの?」
聞いた話だと先生は自殺して液体になったはずだ。
僕に一人遊びしている姿を見られ……恥ずかしさの余りに死んだらしい。先生ってそういう初心な部分とか見せるからズルいと思います。
ただあの映像は大変貴重だ。今度こっそりまた見せて貰おう。
「アイルが~」
涙ながらに聞く限り……先生は新種の化け物と化しエウリンカに纏わりついているらしい。
内臓やら何やらに抱き着かれるという状況を思い浮かべたくもない。はっきり言って吐く。
だがそんな先生の斜め上を行く存在が居た。リグだ。
彼女は僕の呼び出しと先生の内臓を見ると言う……想像を絶する天秤に苦悩し、そこをセシリーンが事情説明でシュシュを出してくれたらしい。ありがとう歌姫さん。
「そっか分かった」
「うんうん」
「事情は理解したからもう戻っても良いよ?」
時が止まった。シュシュの時が止まった。
何となく冗談で言ったのだが、彼女の表情がみるみると変化し絶望に暮れる。
「旦那君! 酷すぎるでしょう! ちょっとは私に優しくしても良いと思うんだぞ!」
「え~。だってシュシュの魔力が切れたら大変だし~?」
「うが~! それであの惨たらしい物の前に戻れって言うの? ねえ!」
「先生は君の同期でしょう? 優しくしてあげないと」
「む~り~!」
壊れたようにシュシュが叫ぶ。それほどまでにホラー映像らしい。
「うぷっ……」
こちらを眺めていたポーラの姿をした悪魔が口元を押さえて……這い出て来た枯れ井戸に向かいしゃがんだ。
可愛い妹の体なだけに何が起きたのかは秘密にしておこう。
「ああなるの! それほど惨いの!」
「良し良し。泣かない泣かない」
「うわ~ん」
マジ泣き状態のシュシュが止まらない。
仕方ないので落ち着くまで待つとしよう。
「心臓ってこんな風に動くんだね」
「リグ。アイルが苦しんでいるわ」
「そっか」
握った心臓の動きを確認するように指を動かしていたリグは閉じていた指を開いた。
掌の上にはとても奇麗な心臓が鎮座している。さっきまで動いていたのに今は止まっている。
「そろそろ外に出る?」
「うん。ひと通り見れたしね」
大満足のリグは歩いて床の上に置かれている宝玉用の平石の上に立った。
「なら行くね」
「ええ」
そっと微笑みセシリーンはリグの気配が消えるまで彼女を見つめていた。
「行ってらっしゃい。リグ」
「旦那ちゃんはもう少し私に優しくするべきだぞ!」
「優しいと思うんだけどな~」
「まだだぞ! もっと私を甘やかした方が良いんだぞ!」
「するとどうなるの?」
「……秘密だぞ」
頬を真っ赤にしたシュシュが顔を背ける。
ほほう。そこまで言われたら皆まで知りたくなるのが人情だ。
「言いなさいシュシュ」
「言わないぞ。はうっ」
ここか? ここが弱いのか?
大人しめなシュシュは他の人たちと違って弱点が多い。ちょっと弱点を攻撃するだけで可愛らしくなるのだ。
うりうり。ここか? ここがええのか?
「そんな……こんな場所で」
「場所なんて関係ないのです」
「んっ」
全身を震わせてシュシュが静かになった。
もうあとは……ちょっとやる気になっていたら、こちらを覗き込む存在に気づいた。リグだ。
視界の隅から様子を伺うようにしゃがんでこっちを見ている。
「リグさんリグさん?」
「気にしなくていい。今日はたくさん学べる」
「こっちの勉強は別料金です」
危ない危ない。ノイエの姿をしたシュシュが余りにも可愛いから、ついこのままとか恐ろしいことを考えてしまった。
正気に戻ったのでシュシュから手を離すと、何故か彼女は色が抜けていてノイエに戻っていた。
「する」
「ちょっとノイエさん?」
だからここは外であって。
「したいからする」
「直接的だな!」
「馬鹿なの?」
「いい勉強になった」
それぞれの言葉が僕の耳に突き刺さる。何か色々とごめんなさい。
着替えを済ませ立ち上がった僕らに……リグがゆっくりと辺りを見ている。
「ここが?」
「たぶんね」
「ふ~ん」
興味があるのか無いのか、辺りを見渡すリグの目には感情が感じられない。
「一応ここがリグの故郷はずだけどね」
「ん~」
少し背伸びをし……すると瞬間移動したノイエがリグの脇に手を入れ持ち上げた。
「記憶にないね」
「なの?」
「うん。ボクの記憶にあるのは……燃え上がる家と逃げ惑う人たち。それに泣き声や悲鳴かな」
「そっか」
持ち上げていたリグを降ろし、ノイエが彼女を背後から抱きしめる。
ノイエさん。リグの胸は決して腕を引っ掛ける場所じゃなくて……もう良いです。好きにして。
リグのことはノイエに任せて僕は辺りを見渡す。
ポーラが砂の上に転がっている宝玉を回収していた。
あれ? いつもなら肩や頭に乗せているリスの姿が無い。
「お~い。リスは?」
「おつかいしてます」
宝玉を抱いて振り返ったポーラの右目から模様が消えている。
普段の優しくて真面目な可愛い妹に戻ったらしい。
「それでポーラの中の馬鹿は?」
「はい。すなはもうみあきたと」
「自由だな」
飽きてポーラの中に戻ったという訳か。と言うかお使いに出たリスって……気づけばポーラさんって何気にあのリスを遠隔操作しているよな。今度コツでも聞いてみよう。
「まっ一応この周りを……あれ?」
何か変な音がする。ガリガリゴリゴリと響いてくる音に僕は顔を動かす。
自然とリグを抱いたノイエとポーラが傍に来た。
待つこと暫し……それが姿を現す。
平たくて短い足。上が長い台形をした胴体。平たくて長い腕。先の尖ったキャップのような頭。
初めて見た気がしない存在だ。と言うかアニメ好きの日本人の大半が見たことがあるであろう存在だ。カラーリングも一緒だ。唯一足らないのは肩の部分に苔が無い。序盤に出て来た奴なのか?
自然とポーラに視線を向けたら、彼女は顔を背けて口笛を吹いていた。
「おい馬鹿賢者」
「何かしら? ただの馬鹿」
「あの著作権に喧嘩売りまくりな存在は何だ?」
「決まっているでしょう」
開き直ったらしい悪魔が薄い胸を張って踏ん反り返った。
「作れそうだったから作ってみた。で、完成した。ほらこれが理由よ!」
「それであのロボット兵を作るな~!」
アニメ界の巨匠に代わってハリセンを諸悪の根源に振り下ろす。
「ありがとうございました~!」
芸人根性を披露して悪魔が頭から砂の中に埋まった。
犯人は分かった。悲しいことに犯人は分かった。
問題は……まさか天空に浮かぶお城的物まで再現していないだろうな? この馬鹿は?
~あとがき~
リグの故郷に居た存在は『あの地平線~』で綴られる名曲のアニメ、それに登場するロボット兵です。著作権的に色々と危ない存在です。犯人は愉快犯の刻印さんです。マジ止めて~!
リグの故郷に残された存在。何よりほとんど故郷の記憶がないリグ。
一体どんな冒険が…と言うより作者を殺しかねないことをしでかすのか?
(C) 2021 甲斐八雲
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