帝国領に、ね

 ユニバンス王国・王都王城内国王政務室



「国王として少しはあの馬鹿を叱れ」

「そうすると一緒にふざけている王妃も叱らねばならんよ」

「……兄貴がそれで良いのなら何も言わんが」


 呆れた様子で弟……ハーフレンは額に手をやり天井を見上げた。

 上質なソファーにその腰を沈め、しばらく沈黙すると気持ちを入れ替えた。


「寝不足か?」

「仕事が多くてな。まあ兄貴には敵わんが」

「言うな。私の場合はある種の病気だ」


 仕事好きを通り越し中毒であることを国王……シュニットは理解している。

 それでも休むことが出来ない。この国は本当に過去の厄介ごとが多すぎるのだ。


「我らの代でどうにかしないと次世代が嘆くことになる」

「だったら親父に文句を言え」

「言えんよ。少なくとも王家としてこの国で力を持てるようにした人物だ。おかげで柵で身動きが取れんが……それもアルグスタが引っ掻き回すのでどうにかなっている」

「あの馬鹿のおかげで仕事も増えるがな」

「言うな」


 2人の兄たちは苦笑し合い、持ち寄った資料を互いに見せ合う。


「やはりアルグスタのみを敵視する貴族派閥が生じたか」

「ああ」


 それは仕方がない。ノイエという妻を得た弟はこの国一の金持ちとなったのだ。


 当初であれば死と隣り合わせの生活を送ることとなると誰もが思っていた。しかしあれの中身は余程神経が太いのか狂っているのか……実質殺人許可書を所持しているノイエを愛し、愛されている。


 日々の様子から見てノイエが夫である彼を殺すとは思えない。むしろ彼の命令があれば『事故』に見せかけノイエが簡単に殺人を犯すと恐怖する者が増えた。

 結果それ等はアルグスタの命を狙い、ハーフレン子飼いの暗殺者に狩られて行った。


「まあ王族相手に暗殺とか馬鹿の所業だよな」

「それを望んで罠を張ったお前がそれを言うのか?」

「ああ。俺の仕事は裏仕事だからな」


 素直に認めてハーフレンはニヤリと笑う。

 ただ汚れ仕事はここまでだ。残った貴族たちは表立って行動を始めた。


「数による派閥争いか……そっちは兄貴の専門だろう?」

「そうだな。嫌なことに」


 派閥争いに移行し始めてから、王家を支持する貴族たちの数が増えた。

 元々東部の大貴族クロストパージュ家とは蜜月の関係であったが、南部のミルンヒッツァ家との結びつきも強まり楽になった。


 そこにノイエのあの秘密だ。

 処刑されたはずの術式の魔女との太すぎる結びつきに、中立という名の日和見を決め込んでいた貴族たちがだいぶ流れ込んできた。


「魔女のおかげで王家は今までの歴史で最大数の貴族家からの支持を集めている」

「ただ楽観も出来ないだろう?」

「その通りだ」


 ノイエという恩恵を独占する人物を許せない者たちが居る。

 夫であるアルグスタと敵対し、つま弾きにされた貴族家や王家と敵対していた貴族家たちだ。


 それらは西部の大貴族であるブルーグ家を中心に協力関係を構築している。


「どう動く?」

「アルグスタの排斥だろう」

「物理的に?」

「否。政治的にだ」


 幸運の星の元に生きているアルグスタは、今まで結構危ない橋を歩んできた。

 結果としてこの国に大きな利益をもたらしているので、声高にそれを追及する者たちは居ない。けれどもし何か一つでも失敗すれば、貴族たちはそれを追及し彼の地位を奪うだろう。


「ただあの馬鹿者たちは知らないのだがな」

「ああ。アルグの馬鹿は今の地位を返上したがっている」


 彼が働いているのは当初暇を持て余し、時間潰しからだった。けれど現在の彼は、ノイエの協力者と目されている『あの日の者たち』との交渉で忙しい。


 そうシュニットたちは認識していた。


「貴族たちはアルグしか交渉できないと理解しているのか?」

「していたとしても認めないだろうな。交渉しているのだから、その方法を奪い取れば良いと考えているはずだ」

「それがノイエだとしてもか?」

「だったらそのノイエを従わせれば良いと考える。それが貴族であろう?」

「そうだな」


 認めてハーフレンは増々深いため息を吐く。


「あの馬鹿たちはこの国を亡ぼす気か?」

「そうならないように誘導するしかあるまい」

「……最悪アルグが魔女を使ってあの馬鹿たちを消したとしたら?」


 その可能性を口にする弟に対し、シュニットは首を左右に振る。


「アルグスタが魔女を『武器にしない』と明言したんだ。あれは言った以上はそれを実行しようとする。つまり武器にはせんよ」

「それを貴族たちは信じていると?」

「そうだろうな」


 苦笑し、シュニットは自分の前に腰かけている弟を見る。


「それでこの言葉に含まれている罠をお前はどう思う?」

「決まっている。信じた貴族が馬鹿を見る」


 ハーフレンはそう答えるしかなかった。


 腹違いの弟であるアルグスタは、基本罠を張り巡らせる狩人だ。それも性格の悪い嫌な罠を張り巡らせる。

 額面通りにアルグスタの言葉を信じ、彼に貴族たちが噛みつけば?


「血みどろだったか? あれも大規模の攻撃魔法を操るとか?」

「ああ。共和国で古城の類をそれで破壊して回ったらしい」


 一緒に回ったエレイーナからの膨大な報告書を読み終えた結果……あの夫婦には遠慮という言葉は存在していないらしい。

 正直に言えば共和国に同情する。が、だからって集まり悪だくみをするのは許されざる行為だ。


 だからハーフレンは指示を下した。


 ようやく報告を終えたエレイーナに道案内を頼み、新領地である北東地域に少数精鋭を向かわせた。予定外だったのは王国軍に所属している特務騎士であるリディが同行したことだ。

 何でも『友人の頼みで』ということらしいが、あの問題児たちがいつ彼女と友誼を結んだのかは誰も知らなかった。


 おかげで前衛を準備しなくて済んだのはありがたい。


「だが貴族たちも馬鹿ではない」


 思考が別の仕事に向いていたハーフレンはその言葉で元に戻る。


「貴族たちはファシーの件を突いて来るだろう?」

「ああ。俺だったら『国民感情の観点からファシーを王都に呼び入れることを禁ずる』とか提案するだろうな」


 少なくとも凶悪な武器は排斥したいはずだ。


「決になれば?」

「賛成多数だろうな」


 それほどに血みどろファシーの印象は、王都内では最悪だ。


 最近ではファシーが猫の格好をしていたからということで、街中に居る数少ない野良猫たちが大切に扱われている。

 もし猫が怪我でもしたら、ファシーがやって来てその周辺の住人を皆殺しにすると言われ、それを鵜呑みにして信じ込んでいるのだ。


「それを認めて施行したらアルグの馬鹿が激怒するぞ?」

「分かっている。だから王家を支持している貴族たちに促し『ファシーの魔法の使用を禁ずる』に変更する。ついでに『術式の魔女の魔法も禁ずる』とすれば良い」

「それならば馬鹿な貴族たちは応じるか?」

「応じないと言えば『ならもう魔女はこの国に姿を現さないそうだ』と言うしかないだろう?」


 やれやれと呆れながらハーフレンは自分の頭を掻いた。


「やってることがアルグの手口だな」

「他人の威を借りて喧嘩するということか?」

「それを迷わずするあれが特殊なんだろうな」


 出自が貴族ではない彼に貴族の矜持など持ち合わせていない。

 使えるモノは何でも使って喧嘩をする。本当に厄介な相手だ。


「ただそれを認めさせれば……貴族たちが動くかもしれない」

「ああ。だが動けば馬鹿ども達は狩られるだろうな?」

「それは何故?」


 兄の問いにハーフレンは軽くお道化てみせた。


「兄貴は大規模魔法を使うの者がその2人だけだと思っているのか?」

「……」


 指摘されシュニットは背中に冷たい汗を感じた。


「アルグの馬鹿の嫌な所は……自分の手の内の強い手札を見せ、それより格落ちする手札を隠す。で、何かあれば隠した手札を迷わず振るってくる」

「つまりノイエの中には」

「居るだろうよ。アイルローゼやファシーには劣るが大規模魔法を使う者が」


 ハーフレンはそう確信していた。




「断わ、あはは~!」

「何か言ったかしら? この捕虜は?」


 死んでいるファシーの髪を切って束ねた物を手にし、ホリーはシュシュの魔法で拘束されている女性の足の裏を徹底的にくすぐる。

 それはとても丁寧で容赦ない。足の裏から指の間まで徹底的にくすぐり続ける。


「アイラーンも馬鹿だね。さっさと頷けばいいの」

「ローロムは~もう~少し~抵抗を~する~べき~だよ~」

「……ホリーには勝てないから」


 殺人鬼である暴君でもあるホリーに、ローロムと呼ばれた女性は最初から逆らう気は無かった。早々に降伏し今回だけは手伝うと約束したのだ。


「それに前から興味があったのよ」

「ん~?」


 相手の声にシュシュは首を傾げる。


「帝国領に、ね」


 クスリと笑いローロムは笑みを浮かべた。




~あとがき~


 兄たちの苦労を…アルグスタは知らないんだろうなw

 結果として兄たちはこうして会合を重ねているわけです。

 ただ馬鹿をする弟のおかげで風通しも良くなるので…だから泣く泣く頑張れます。


 で、ホリーが拉致して来たのはローロムとアイラーンの2人です。

『遠殺』と『紅手』と呼ばれたあの日罪を犯した人たちです




(C) 2021 甲斐八雲

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