まるまるとふとってます

「ミジュリが動いたおかげで、毒の方はどうにかなったみたいね」

「だね~」


 フワフワと動く存在にホリーはため息を吐く。

 こんな軽い足取りの存在が、現状最強の駒なのだ。これが盤上遊戯だったら、相手次第だと絶望に感じているかもしれない。


「それで死体の方は」

「累々だね~」


 やはり死者多数だ。

 ファナッテの魔法は本当に厄介だと思い知らせれる。


 しかし昔はここまで酷くなかった。害意を持って近づけば攻撃してくるぐらいで、酷くなったのはアイルローゼが徹底して駆除するようになってからだ。

 つまり自己防衛で、やられる前にやってしまえというのがファナッテの本音なのかもしれない。


「厄介ね」

「どう~したの~」


 クルクルと近くで回るシュシュにホリーは頭を振った。


「気楽に何も考えないのは幸せだと思っただけ」

「ふ~ん」


 気にせずシュシュはフワフワと揺れる。


「それで~どう~するの~?」

「捜索よ。ミジュリが生きていたということは、他に生きている人が居るかもしれない。それらを探し出して救えるようなら救い出す」

「救え~なかった~ら~?」

「放置よ。毒が消えたのならばそのうち生き返るから」

「だね~」


 フワフワと揺れながらシュシュが歩き出す。


 ファナッテの毒魔法はその性質から床の上に溜まる。というより低い場所に溜まる。だからシュシュは少しでも高い場所に向かい歩いて行く。

 その後ろを続くホリーは、とりあえず現有戦力でどう対処するかを考え続けた。




「折角外に出たのに何もしなかったの?」

「治療はしたよ」

「医者としては満点な回答ね。でも彼の妻としてはどうかしら?」

「ボクは彼のお嫁さんだとしても医者だよ。医者の仕事は治療だ」


 セシリーンの太ももを枕にリグは身を丸める。

 死体と化しているファシーを抱いているセシリーンは、そんな彼女に微笑みかける。


「リグは優しいわね」

「……そうかな」


 本当なら彼と少しぐらいはしたかった。ただ誰かのせいでそれもしばらくは難しい。


「何故だろう? レニーラが憎たらしい」

「あら? まだ死んでいるから蹴ってくれば?」

「まだ死んでるの?」

「流石ノイエね。恐ろしい威力だわ」


 厳密にいえば時折レニーラの心臓は動き出す。ただ何かを思い出しては心臓をまた止める。

 妹であり弟子の言葉を反芻しては、ショック死しているのは流石に哀れだ。


「セシリーン。それで生存者は?」

「奥の方に少し居るわね」

「そっか」

「あと珍しくエウリンカが立って徘徊している。それとこれはミジュリかしら? 魔力を使い果たして休んでいるんだと思うわ」


 耳を澄まして魔眼の中の状況を確認したセシリーンの言葉は事実だ。

 この距離ならば、床を這って進んでもいなければ全員の音を捕らえることが出来る。床に伏せられると反響の関係で音が拾えないだけだ。


「たぶん生き残りはチミリが通路を塞いで毒の侵入を押さえたんでしょうね」

「ああ。あの氷の人か」


 リグの知識だとチミリと呼ばれる女性は氷魔法の使い手だったはずだ。

 普段から恋人のロッジと常に一緒に居て2人の世界に沈んでいる。こちらから声を掛けない限り向こうから関りを持とうとはしない。


「誰か攻撃魔法を……使える人が居ても手伝ってくれるとは限らないか」

「そうね」


 呆れたように息を吐いてセシリーンは腕の中のファシーを抱きしめ直す。


「この子も体温が無いと寂しい物ね」

「仕方ないよ。死体だし」

「……リグは容赦ないわね?」

「仕方ないよ。眠いから」


 小さく欠伸をして、リグは沈黙した。




 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「アルグ? 居るか?」

「今日は休みだね」

「本人がそれを言うのか?」

「気にするな。いつものことだ」


 気づけば仕事の量が増えて来た。

 僕がその内帝国に行くからという訳で、色々と仕事を回されている。

 行く前に処理しろってことだろうが、僕としては行く気はない。唯一重たい腰を上げたのは、リグの故郷に行く予定だからだ。


 サイン式ハンコをポンと押して僕は顔を上げる。部屋の入口には馬鹿兄貴が居た。


「ミシュから報告書が来たが要るか?」

「要る」


 僕の返事を待ってポーラが引き取りに行く。

 ポーラに書類を手渡した馬鹿兄貴が、ウチの妹の頭を撫でてやってから勝手に入って来る。


「用が済んだのなら帰れ」

「あん? 少しは休ませろ」


 ドカッとソファーに座って待機しているメイドさんに紅茶を求める。


「ようやく南部の調査結果がまとまったんだ」

「それはご苦労さんで」

「ああ。その内その報告書が各所に回るから覚悟しておけ」

「任せたぞ。ポーラ」

「はい。にいさま」


 僕に報告書を手渡したポーラの返事に迷いがない。


「お前も見ろ」

「ポーラが纏めた物を見ます」

「がんばります」


 ギュッと握り拳を作ってポーラが引き受けてくれる。

 流石主成分が真面目と優しさでできている妹様だ。


「あ~。あの馬鹿、ちゃんと寄ってくれるんだ」

「だな。で、その王国があった場所に何の用だ?」

「知りたい?」

「ああ。俺も兄貴もな」


 チッ……馬鹿兄貴だけなら誤魔化して逃げたのにな。


「ちょっとした調査の為に寄ります」

「調査だ?」

「ほい」


 車椅子に腰かけたままで僕は馬鹿兄貴の顔を見る。

 動くのが面倒臭い。と言うか書類が多いのだ。


「僕が帝国軍師と一戦した時に、あの馬鹿が色々と口を滑らしてくれてね。何でもあの王国には大量の魔道具が存在していたとか。それを帝国軍師の叔父だかがすべて回収したらしいんですけど、もしかしたら隠された物があるかもしれないでしょう? なのでちょっと捜索します」

「つまり墓漁りか?」

「そうとも言う」


 滅んでから結構経っているから死体なんて存在していないだろうけどさ。


「と、同時にどんなドラゴンが居るのかも調べてこようかと。ノイエはそっちを楽しみにしている節があるので」

「アイツは根っからのドラゴンスレイヤーだな」


 否定はできない。ノイエはドラゴン退治を楽しんでいるからな。


「で、仮に魔道具が発見されたらどうする? 帝国に報告するのか?」

「何を馬鹿なことを。いつも通りに根こそぎいただきます」

「お前も大概だな」


 褒めるなよ。照れるだろ?


「その時は報告しろ。全部懐に入れるなよ?」

「了解。問題は研究資料とか知識の類だった場合は?」

「それはお前の所の共犯にでも回せ。まあ少しは学院に渡してくれれば角は立たんよ」

「了解です」


 紅茶を煽って馬鹿兄貴が立ち去っていく。

 本当にサボりに来ただけか。もっとちゃんと働け。


「で、こっちね」


 ミシュからの報告書には、『これからフグラルブ王国があった場所に突撃してきま~す』とか書かれていた。

 アイツはどこに行っても緊張感が無いらしい。困ったものだ。


「と言うか、これって報告じゃないじゃん」


 これからの行動指針だ。所信表明だ。別名ただのゴミともいう。

 本格的に使えない馬鹿だが、立ち寄るだけならミシュでも出来る。そう信じよう。


「失礼します」


 報告書から視線を外した所にミネルバさんがやって来た。


 凄く顔色が悪い。別に叔母様の所に行って叱られたわけではない。僕が頼んだ仕事をしているだけだ。


「どう? 揃った?」

「はい」


 顔色を蒼くしたままでミネルバさんが廊下の方に目を向ける。

 メイドさんが2人で木製の樽を運んで来た。人が入れる大きさの物だ。お湯を入れたらお風呂と化しそうだ。


「で、中身は?」

「はい。メッツェ様に伝えた所……」


 ミネルバさんの顔色が増々悪くなる。

 嫌そうな顔をしたメイドさんたちが皮袋を運んで来る。パンパンに膨れているが、たぶんあれは重さではなく中身に対して嫌な顔をしているのだろう。

 おかしい。あれは畑にとっては貴重な存在だ。


「にいさま。あれは?」

「見てごらん」

「はい」


 興味を覚えたポーラがミネルバさんの元に行き、メイドさんが持つ皮袋を手にする。

 先輩メイドが止める間もなくポーラが中身を確認した。


「まるまるとふとってます」


 第一声がそれとは流石だ。

 だが気付け妹よ。周りのメイドさんたちが引いているぞ?




~あとがき~


 たまには魔眼の中でもと…という訳でホリー探検隊は深部へと。

 必要なのは攻撃魔法の使い手です。固定砲台が欲しいのです。


 タイムラグでミシュからの手紙がアルグスタの元に。

 実際のミシュはもう立ち寄って帝都に向かっていますが。


 で、何が丸々と太っているのでしょうか?




(C) 2021 甲斐八雲

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