ちょっと診察と称して色々とな……
ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室
「アルグの馬鹿は……どうした馬鹿?」
ヌッと巨躯の馬鹿が入り口から体を押し込んでこっちを見て来た。
馬鹿に馬鹿と呼ばれると殺意しか湧かんな。
こちらの殺意もどこ吹く風か、ガシガシと頭を掻きながら王弟とかゴリラが部屋の中に入って来る。
「お前って奴は……無理して休んで温泉行って、何をどうしたらそうなる?」
「気軽に温泉に行った罰かな?」
とても軽い感じで行っただけなんだけどね。
「気軽に行く場所だろう。温泉ってところは」
ほとほと呆れて馬鹿兄貴が勝手にソファーに座る。
待機しているメイドさんにお菓子と紅茶を頼むと、こっちに目を向けて来た。
「で、何をしたら温泉に行って車椅子の世話になるだ?」
「……愛情が深かったんだと思います」
深すぎて僕には大ダメージだけどね。
「ノイエか。あれは……意外と厄介な女みたいだな」
「厄介と言えば厄介かな」
ノイエじゃなくてレニーラだけど。と言うかホリーも含みます。
僕の後ろで待機しているポーラがそっと車椅子を押してくる。
優しい動き出しだから問題ない。流石ポーラだ。
「足でもやったのか?」
「……真ん中のね」
「……」
呆れ果てた様子で馬鹿兄貴が膝の上に肘を置いて手を組み顎を載せた。
相手の静かな視線が車椅子に座る僕の股間を見ている。野郎が見るな。汚れる。
本日の僕は全体的に緩い感じの服装だ。何故ならある部分が、触るな危険だからだ。
「お前は馬鹿か?」
「反論の余地がない」
だが心の中で叫ぼう。
僕は縛られ拘束されていたのだよ。その状態でレニーラが跨ってずっとだ。枯渇するかと思うほどに延々と搾取されたのだ。どんな拷問だ?
結果として皮膚がふやけて皮がむけ、その部分が炎症とかしたのだ。
布が触れるとヒリヒリして痛いし痒いし、元気になったら色々と終わるんだからね。男だったら理解しろ!
「夫婦仲が良いの構わんが、馬鹿ばかりしているなよ」
「出来るだけ気を付けます」
レニーラが出て来ないようにどうにかしよう。
「で、何か用?」
「ああ。お前に頼みがある」
「だが断る」
「話を聞け」
チッ……聞けば僕が不幸になるのが目に見えているのにか?
「お前が帝国に行く準備を進めている。それぐらいは報告書で知っているだろう?」
「一応ね」
魔道具を抱えたミシュが向かっているとか。
アイツは近衛に戻ってからの方が勤勉だな。
「それでだ。お前が留守の間、ミネルバを貸して欲しい。あのババアの許可はさっき取って来た」
ミネルバさんを貸す?
特に問題は無いな。ただ待機メイドの中に居る彼女の表情が絶望的な物になっているが。
「本音としたらポーラの護衛として残ってて欲しいんだけどね。それにあの人は叔母様が準備したウチへの見張りでしょう?」
監視ともいう。最近はポーラを溺愛するノイエの姉系な人と化して来たが。
「ああ。だがその見張りが全く機能していないと言うか、お前の隠ぺいが上手すぎて成果を上げていないらしい。で、あのババアは見張ることを諦めたと」
僕の言葉で一瞬喜んだミネルバさんだが、見る見る顔色を悪くして今の時点ではガタガタと震えている。
叔母様の弟子って言うのも大変なんだな。
「それにアルグよ」
「はい?」
「どうせそのチビは連れて行くんだろう?」
「そんな気は微塵もっ!」
息が詰まった。横合いから妹様が真っ直ぐ僕に飛びついて来たのだ。
色々とダメージがね。本当にダメージがね。ドラグナイト家が僕の代で終わるよ?
「嫌です兄様。私も一緒に行きます」
「……危ないから」
「嫌です」
僕の腕の中で叫ぶポーラの手刀が何故か僕の股間へと。
あの~? その貫く姿勢は何でしょうか?
「一緒に連れて行ってくれないなら……」
ふと顔を上げたポーラの右目に金色の模様が。
「兄様だけ“逝け”ばいいんだ」
「そうか。やっぱり傍に居てくれるメイドは必要だよね! ノイエだってポーラを連れて行くぐらいなら根性で魔力を捻り出すさ! うん!」
じりじりと寄せられる指先に恐怖した。
このまま僕が断っていたら、僕はどこに逝ってしまうのだろうか?
「そんな訳でポーラは連れて行きます。人数制限の都合でミネルバさんは留守番です。屋敷の管理を任せようと思うので、それの邪魔にならない程度でしたらご自由にお使いください」
「助かるわ」
ガシガシと頭を掻いて馬鹿兄貴が苦笑する。
「チビ姫の護衛兼世話係として、日中は城に居て欲しいだけだからな」
つまりそれはミネルバさんが、あのチビ姫付きのメイドをしろと言うことか?
「いつもの長身のメイドさんは?」
「別件で仕事を任せた。本当なら城から出したくないんだが本人のたっての願いと、ちょっとした実験も兼ねてな」
「へ~」
良くは分からんがそういうことらしい。
「それとお前の所のイーリナも借りるぞ? 別にあれが居なくても仕事に支障はあるまい?」
「支障という分には皆無だね」
あのニートは普段からノイエ小隊の待機所でゴロゴロしているだけだ。
ただ唯一使える部分は、現場に出るルッテの代わりに日報を書いてくれるので……困るのは僕じゃなくてルッテだけだろう。
「で、人材集めて何を企んでるの?」
「厄介ごとだよ」
腕を組んで馬鹿兄貴がソファーの背もたれに背を預ける。
「身の程を知らない馬鹿の調教だ。本当に面倒臭い」
きな臭い匂いがしたけど僕に関係がないならスルーだな。
王都内・診療所
「お主は本当に馬鹿か?」
「行く先々でそれを言われています」
そろそろ開き直って僕は大いに胸を張る。
お嫁さんを相手に頑張りすぎた結果……一方的に頑張られた結果だ。
僕の息子は頑張った。満身創痍になりながらも戦い抜いたのだ。一方的な暴力だったけど。
「まあ聞く限りは炎症の類だろうが」
チラリと先生が視線を向けて来る。
みんなして車椅子に座る僕の股間を見つめないでください。
「野郎のモノなど見たくないな」
「それはこっちも同じです」
相手が医者でも初老のオッサンに見られたくない。触られたくない。
「ナーファ」
「……はい?」
「後学のためにお前が診察するか?」
師である義父の言葉に、先生の背後で木製ボードに色々と書き物をしていたナーファが凍った。
まさか自分に話を向けられるとは思っていなかったのだろう。僕も振るとは思わなかった。
と言うかまだ成人していない人物に何をさせる気だ? 診察か。
「……経験を積むためなら」
顔を真っ赤にして震えながらもナーファが答える。
頑張るな。人は時に諦めも肝心だ。
「こっちが嫌です」
「何だ? 若者の手助けをしてやらんのか? 王族よ?」
「王族だろうが嫌なモノは嫌ですしね」
「そうか」
何故がっかりとする? だったら自分のモノでも見せておけ師匠。
「薬とか出して貰えれば良いです」
「そうだな。それぐらいなら……塗らせるか?」
「だから何を考えている?」
変に積極的な先生……キルイーツのオッサンに嫌な気配を覚える。
まさかナーファを僕の愛人にとか企んでいるのか?
だがオッサンは僕の言葉にチラリと背後を見て、人の悪そうな笑みを浮かべた。
「どこぞの弟子が大暴れして以降、余程悔しかったのかいつか見返してやろうとこの馬鹿者は頑張っている」
良い話じゃん。
「と同時に姉弟子に会って色々と学びたいと思っている節もあってな」
「先生っ!」
露骨に『違うから!』と言いたげにナーファが声を荒げた。
なるほど。医者として立ち振る舞ったリグに憧れたわけだ。
「お主は何でも処刑された者たちの管理をしているのであろう?」
「だからってナーファを僕に押し付けようとするな。一度預かった以上は最後まで責任を持て」
「そう言われると耳が痛い」
それにウチに来たところでいつもリグに会えるわけじゃない。
「まあ折を見て連れてきますよ。問題は良く寝てて外に出たがらないという問題があるそうですが」
呼べば出て来てはくれるけどね。僕の股間だってリグが診察してくれたものだし。
「ならそう願うか」
告げて先生は立ち上がると棚から小瓶を手にして戻って来た。
「しばらくの間、朝晩これを塗れ」
「了解です。って?」
受け取ろうと手を伸ばしたらオッサンが小瓶を引っ込めた。
「リグが結婚したとか言っていたのだが……お主なら相手を知っているだろう?」
またそれか! 何度もしつこい!
「知りません。彼女らの暮らす場所で何が起こっているのかは僕は知らないんです」
「大丈夫だ言え。相手を言え。ちょっと診察と称して色々とな……」
完全に逝っちゃってる目でオッサンが僕に迫る。
背後に立つナーファが呆れながら僕に『貸してください』と言わんばかりに手を差し出すので、ハリセンを作り出して渡してやった。
こんな人に育てられたからリグってあんな性格なのかな?
~あとがき~
車いす生活な主人公です。
男性としては致命的な部分を損傷したので大変なのです。
で、キルイーツはリグの夫が誰かをずっと気にしています。診察と称して何をするのだろう?
ミネルバの貸し出しは、狭間世代の前振りです。
忘れた頃に書かれることでしょう
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます