アイルが生き返ったらね
「何で~レニーラが~あっちで~死んで~るの~?」
「ノイエを怒らせたのよ」
「そっか~。……ノイエを?」
セシリーンの返事にシュシュは一瞬納得しかけて動きを止める。
フワフワと魔眼の中枢内を動き回るシュシュは、ようやく床に転がっている死体に気づいた。舞姫と呼ばれる存在が死んでいたのだ。
ただここでは死など隣り合わせの存在だから特別珍しくもない。現に今だってシュシュは死体を運んできたのだ。
「何をしたらノイエが怒るの?」
フワフワを忘れ、シュシュは壁を背に座る歌姫を見る。
「欲望のままに彼を襲い続けたのよ」
「いつものことだよね?」
ああ見えてノイエはあっちに関してはとてもどん欲だ。
夫である彼が嫌がっているのも、『楽しんでいる』と解釈して責め立てる。
シュシュからすれば、ノイエはレニーラやホリーたちのような『底なし』扱いの1人である。
「みんな勘違いしているみたいだけど、ノイエは彼が本当に嫌がっているなら無理はしないのよ」
「嘘だ~」
「本当よ。ただあの子は限界の一歩手前までするけどね」
それはノイエの悪い部分でもある。
自分が我慢強いということを理解していないから、他者も同様に耐えられると思っているのだ。
結果として彼は大満足して枯れ果てる。
それが悪いのか問われると、答えを知るのは夫である彼だけだろう。
「ただ今回のレニーラは、ノイエから見ても彼の限界をはるかに超える無茶を課した。それこそ命が燃え尽きてしまいそうなほどに衰弱するまで」
「それでノイエが怒ったのか~」
そういう説明を受ければシュシュも納得だ。
自分の愛しい“妹”は、家族を失うことを極端に恐れる。
そして彼は他でもない。ノイエが心から愛しているたった1人の“夫”だ。
その存在が消えてしまうほど痛めつけられれば……あの子だって黙っているわけがない。
「話を聞いていたら色々と腹が立ってきたぞ」
軽い足取りでシュシュは死体に近づくと、レニーラとか言う存在に蹴りお見舞いする。
何回か蹴って胸の内のモヤモヤを発散した。
「シュシュ」
「な~に。セシリーン?」
「私の分もお願い」
「分かったよ~」
追加発注分もちゃんと蹴って、シュシュは蹴りの衝撃で胸を零れさせている死体の衣服を正す。
死んで目覚めたら半裸は流石に可哀想だと思う。
蹴られるのは仕方ない。それほど悪いことをしたんだから。
「で、リグ~? どう~?」
フワフワを再開し、シュシュはもう1人の死体を見ている相手に声をかける。
そっちもまた死体の服を脱がせて隈なく確認していた。
「これは酷いね」
「どんな~風に~?」
「ボクの知らない毒だ」
検死を終えたリグは深い息を吐いて頭を振るう。
床の上で死んでいるのは最近猫の姿をしているファシーだ。
ただ全身の皮膚が変色している。紫か緑か……強い毒性で現れた症状だ。
「これがファナッテの魔法?」
「だね~」
フワフワとシュシュは返事をする。
深部へと続く道の多くが毒に侵されていた。運よく通れる道を見つけ、突き進んだシュシュとグローディアは、弟子を抱きしめ絶命しているカミーラを発見した。
王国で最強と謳われた存在は、毒の中でも動け回れるのか……おかげで犯す危険が少なくて済んだシュシュたちは、急ぎ2人の死体を回収しその場から逃げ出したのだった。
「カミーラは?」
「重い~から~いつもの~場所に~捨てて~来た~ぞ~」
「あっちもこんな感じ?」
「だぞ~」
最強であっても毒に侵されれば死ぬ。
カミーラもまた全身の肌の色を変えていた。
一度二度頷いたリグは、開けさせているファシーの服を閉じる。
はっきりと断言は出来ないが、どうやら神経系の毒のような気がした。
「動けなくさせてから殺す毒みたいだね」
「エグいぞ~」
「そうだね」
確かにシュシュの言う通り酷い毒だ。
ただしその毒にも利点はある。
「確実に人を殺すのには向いている毒だよ」
動きを封じてから絶命に至る毒……実用化できれば欲しがる者も多い。
「で~。いつ~治る~の~?」
「しばらくは無理だね」
「どう~して~だぞ~?」
「毒が深くまでしみ込んでいる。それこそ骨の奥や内臓の奥までもだ。この毒を完全に抜くには……一度アイルの魔法で溶かしてから蘇生した方が早いかもしれない。
出来たらファシーを溶かしてカミーラと同時に観察したい」
「医者として~それは~どうかと~思う~ぞ~?」
「気にしないで。医者なんて殺人鬼の親戚だ」
「リグが~ホリーに~なった~ぞ~」
あそこまで酷くはないと言う言葉をリグは飲み込んだ。
ただ原因究明を求める余りにこうして死体を解剖したりすることもある。今回は刃物が無いから隅々まで切って確認が出来ないだけだ。
「エウリンカは居ないのかな?」
「リグ~? その~真意~は~?」
「……」
無意識に呟いていた言葉にシュシュが反応した。
「気にしないで。ある種の病気だ」
「この~医者~は~怖い~ぞ~」
フワフワしながらシュシュは逃げ出すように中枢から立ち去って行った。
「って、シュシュ。ファシーは?」
荷物を押し付けられたリグは出入り口を見るが、声が届かなかったのかその気が無いのか……いくら待ってもシュシュは戻ってこない。
仕方なく歌姫に顔を向けると、彼女はいつも通り微笑んでいた。
「逃げたわよ」
「だと思った」
そうなるとこの死体を捨てて来るしかない。
別に存在してても腐敗したりしないので害はない。仮に害があっても自分たちは死なない体なので問題は無い。それでもやはり死体を見つめる生活には慣れたくはない。
死体を作り出す生活には慣れてしまっているが、それでもだ。
「リグ」
「なに?」
「ファシーをこっちに」
ポンポンと足を軽く折って座っているセシリーンが自分の太ももを叩く。
その様子にリグは理解してファシーの足を掴むと引きずって行った。
「怪我をするわよ?」
「大丈夫。死体が相手なら損傷だから」
「……たまにリグは怖いことを言うのね」
そっとファシーの頭を掴んでセシリーンは自分の足を彼女の枕にしてあげる。
しばらくは物言わない冷たい存在かもしれないが、こうして誰かの頭を撫でていると心が落ち着く。
「セシリーン」
「何かしら?」
「そうされるとボクの枕が無くなる」
「あら?」
クスリと笑ってセシリーンはファシーの体を掴んで抱き上げた。
胸で抱くようにして、幼子をあやすように抱きしめる。
「これで良いでしょう?」
「ずっとそれで?」
「疲れたら降ろすわよ」
それでも本当に自分と同じ年齢かと不安になるほどファシーは軽い。
「しばらくは我慢できそうだけどね」
「セシリーンが良いのなら」
言って横になったリグは彼女の太ももを枕にした。
「ねえリグ」
「ん?」
「ファシーをもっと早く生き返らせる方法は無いの?」
「融かす以外だと難しいね。問題でも?」
「ええ」
そっとファシーに向けていた顔をセシリーンはノイエの視界へと向けた。
何故か小さな妹に2人して怒られているが、その妹はチラチラと視線を動かしている。
「ノイエの妹が元気の無いリスを心配しているのよ」
「あ~。納得」
閉じていた目を開いて、リグもそれを見る。
確かに妹は視線でリスを見、ノイエはそれを交互に見ていた。
「ノイエが変に優しさを発揮する前に手を打ちたいのか」
「そういうことよ」
「でも無理。ファシーは死んでるしね」
主人であり魔力の供給者であるファシーが死んでいるから、あのリスも元気が無いのだとリグはそう結論を出した。
リスが死んでいないのは、ファシーが死体であっても活動しているからだ。
魔眼の中では死んでいても微弱ながら魔力が回復していく。『獣魔』の魔法が切れず継続しているのはそう言った理由からだ。
「アイルが立てた仮説だけどね」
「そうなのね」
魔法に詳しくないセシリーンはただ頷くだけだ。
「ねえリグ?」
「なに?」
「アイルとはちゃんと仲直りしたの?」
「……」
返事は沈黙だった。
「リグ?」
「するよ。アイルが生き返ったらね」
「そう。それなら良いわ」
微笑みセシリーンはリグの頭に手を伸ばす。
優しく撫でてやると……もう彼女は眠っていた。
~あとがき~
リスがたれリスになっている理由はご主人様が死んでいるからです。
元気が出ません。無気力です。
ですがセシリーンはここで痛恨のミスを犯しています。ポーラがたれリスを見ているのは、純粋にたれている様子が可愛いからです。たれたれです。抱きしめて頬擦りしたいです。
セシリーンたちで話を書くとなぜこうハートフルになるのだろう?
姉たちの性格によって混沌の具合が…w
(C) 2021 甲斐八雲
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