閑話 18

 王都内・鎮魂祭会場



「あの~」

「はい」


 呼び止められてメイドは足を止めた。

 メイドの正体は、仕事の合間に補佐している客人の許可を得て鎮魂祭の会場を見て回っていたミネルバだ。


 今朝屋敷から姿を消した主人、ポーラを見かけたという同僚の証言を得た。だから気になってしまいこうして時間を見つけては捜索しているのだ。

 出来たら作業を止めて総出で捜索したいほどに。


 声をかけて来た人物はフード付きのローブを頭からかぶった人物だ。

 ローブが作り出す曲線から相手が女性だとミネルバは見抜いていた。


「何か御用でしょうか?」

「はい。その……」


 困った様子で彼女は辺りを見、そして僅かにフードを上げる。

 最初にミネルバの目に飛び込んできたのは、青い髪の毛。そして整った女性の顔だった。


「これはコリー様」


 恭しく頭を下げミネルバは今一度相手を見る。


 彼女はポーラが毎日のように通う古着屋の針子だ。店主を任されているのが彼女の弟であり、姉であるコリーは裏方として弟たちを支えている。

『あの店でならどんな複雑な修理も受けてくれる』と評判になっているほどの技量を持つ女性だ。

 ただ極度に人前に出ることを嫌い、店の商品倉庫で生活している変わり種でもある。


「本日はどうしてこちらに?」

「はい。ポーラ様がやって来て、『頼んでいる衣装の直しを舞台袖で頼むかもしれないので』と」

「そうでしたか」


 自分の主人は本当に朝から動き回っている様子だ。

 こんなにも今日という日を大切にしているのなら、メイドとして自分も頑張らないといけない。

 そう思い込んだミネルバはスッと背筋を伸ばし気合を入れ直した。


「でしたら舞台袖の方にご案内します」

「お願いします」


 首を竦ませるようにコリーは改めてフードを被り直す。

 奇麗に整っている顔を隠してしまう理由が良く分からないミネルバであるが、もしかしたら……と一瞬勘ぐってしまった。


 ただコリーが罪を犯し隠れているような人物には見えない。

 普段から真面目で仕事に対しては真摯な態度で臨む人だ。真面目過ぎて寝る時間も惜しんで衣装作りにのめり込むこともあるが、それとて真面目だからこそ起こることである。


「熱く無いのですか?」

「はい。ですがあまり顔を見られるのは……」


 当たり障りのない様にミネルバは質問してみた。

 やはりコリーは顔を出すことを極度に嫌っている。


 正直ミネルバとしては勿体ない気がする。

 コリーはまだ若く……まだ十分に若い部類に入るはずだ。人によっては彼女くらいの年齢の女性を好む御仁とている。ただ子を産むことを考えると若い者が好かれる傾向があるだけだ。

 

 脱線した意識を正しミネルバは思う。


『やはり人前に素顔を晒せない経歴でもあるのか?』と。


 そうなるとポーラと仲良くしていることが危険とすら思えてしまう。

 主人であるポーラは常に奇麗で安全な環境に居て欲しい。彼女の兄がその真逆な存在なだけに余計にミネルバは心配してしまうのだ。


「コリー様はお美しいのでお顔を隠す必要は無いかと思いますが?」

「……」


 ふと沸いた警戒心からミネルバは無意識に一歩踏み込んでいた。


「好まれるのは女性として悪くないことだと私も分かっているのですが……」


 言葉を選ぶようにコリーは口を開く。


「ただ毎日のように求婚されるのは正直辛いので」

「はい?」


 らしく無い声を発しミネルバは足を止めた。

 釣られて立ち止まったコリーは、胸の内にため込んでいた不満を吐き出す。


「顔が良い。胸が大きいと言って求婚して来る貴族が嫌なんです。私の良さはそれだけですか?」

「決してそんなことは」


 詰め寄られミネルバは返事に困る。


「私はもう顔だけで言い寄って来るような、胸だけ見て言い寄って来るような、そんな男の人が嫌なんです。それだったら一生こうして姿を隠して静かに生きます」

「……分かりました」


 良く分からないがミネルバは納得することにした。


 美人にも悩みが多いのだと知り、ふとミネルバはそのことを思い出した。

 今日、対応を任されている客人も大変美しい女性だ。

 どことなくコリーに似ていて、特に青く長い髪は特徴が一致している。それこそ姉妹の様にも見える。

 そのことを思い出したことでミネルバは仕事に戻った。


 コリーの案内を再開し、舞台袖へと向かう。


「馬鹿なの? 死にたいの?」


 ふと舞台からその声が聞こえて来た。ミネルバは自然とため息を吐く。


 補佐を任されている人物はとにかく口が悪い。誰それ構わず命令する。その命令は容赦がないが間違いも無い。彼女の指示は確実なのだ。


「失礼ながらコリー様」


 何も知らせずこの場所に連れて来たコリーをミネルバは気づかった。

 あのような気の短い女性を前にしたら、真面目なコリーが委縮してしまうと思ったからだ。


「あの人が本日の舞台進行をする……コリー様?」


 コリーはミネルバの話を聞かず、舞台に向かい歩を進めていた。

 舞台上ではドレス姿の女性が、次から次へと矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 どれもこれも言葉が悪い。必ず一言悪口が含まれている。


「愚図なら頭を使わず足を動かしなさい。それでなくとも仕事が遅いのだから」


 冷たい言葉と軽蔑するような視線を飛ばし、舞台上の女性はふと振り返る。

 何故か自分へ向かい接近して来る人の気配を感じたのだ。


「ねえホリー?」

「……」


 目の前に迫って来たフード越しに聞こえて来た声に、ホリーは身を固くして全身を震わせる。

『まさかそんな馬鹿な!』と言いたげに辺りを見渡し、だが事実だと理解した。


「お姉ちゃん?」

「ええそうよ」


 軽くフードを上げてコリーは引き攣る笑みを浮かべる妹を見る。


「しばらく会わない間に言葉遣いが酷くなったみたいね?」

「……」

「ちょっとあっちでお話ししましょうか?」

「……はい」




 ミネルバはそれを見聞きしていた。


 コリーが首根っこを掴んで客人を引きずっていく様子を。

 そして物陰から泣き叫び逃げ出そうとする客人が、また引きずり込まれ……鈍く鋭い打撃音が響き渡るのを。


 その全てをミネルバは見聞きしていた。




「私を脅迫した報いは受けるべきよね」


 クスクスと笑い屋根の上に登っていた小柄なメイド……ポーラの姿をした魔女は視線を動かす。


 やはりあの知恵者は使えると確信した。

 性格に難はあるが、彼とあの姉を上手く使えば御せるはずだ。


 問題は……液体と化していた魔眼内に存在する2人だ。


 初めて見たがあっちの毒使いは本格的に危ない。

 もう1人の方は何故液体にされているのか良く分からない。相対した猫との受け答えなど普通だった。


「何かまだまだ隠れた人材が居て……本当に楽しいわね」


 もう一度笑いメイドはそれを見つけた。

 本日の仕事を終えた最強のドラゴンスレイヤーだ。


「まあ今日は暴力じゃなくてちゃんとした音楽と芸術を見せて欲しいけど」


 そう言って彼女はまたマントを羽織り姿を消した。




~あとがき~


 本日は仕事の都合、30分の一発勝負で書き上げました。

 読み返しも何もしていないので色々とあれ~をしてたらごめんなさい。


 コリーとホリーの話です。

 刻印さんはやられたことは忘れない女ですのでw




(C) 2021 甲斐八雲

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