面白い理論ね

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



『何を仰っているのですかご主人様? 日々あれほどベッドをお汚しになって……奥様だけを相手にと言われる方が驚きなのですが?』


 ミネルバさんが来るまで屋敷を取り仕切っていたベテランメイドさんの言葉がそれだった。


 いや違うんだ。聞いて欲しい。毎度毎度僕は複数プレイなどしていない。時にはノイエだけを相手にしてあれぐらいベッドが乱れることがあったんだ。

 あの頃はちょいちょいノイエの体を使って出て来た姉たちを相手にしていたから、ノイエ1人が相手だと言う僕の主張は間違っていないはずだ。


『完璧主義なミネルバ様ですが唯一疎いのが男女の関りなので……その部分はポーラ様がどうにか誤魔化しているのでお任せしておけば宜しいかと』


 追い打ちがそれだった。


 ちょっと待て? ミネルバさんより動じないポーラの方が問題な気がするんですけど?


 ただメイドさんたちは全員知っていたらしい。

 僕が関係を持っていないのはグローディアだけだと。


 ちょっと待て? アイルローゼとも関係は持ってないからね? 後はカミーラもエウリンカも!


 知らされた事実に絶望の味を思い出していたら、ご飯を食べてエネルギー補給して来たレニーラが……ソファーに座り紅茶を味わっている。その横にはセシリーンが居る。


 あら不思議? 伝説の共演が我が屋敷で発生しているよ。


「これでセシリーンが歌ってレニーラが踊ったら、僕はこの国の人たちから恨まれそうだな」

「ん~? 踊る?」


 ひょいっと立ち上がりレニーラが僕の前に立つ。

 前屈みになって胸の谷間に視線を移している隙に額にキスされた。


「食後だから軽くだよ~」


 ふわりと舞いだしたレニーラの踊りは相変わらず奇麗だ。


「あら? 食後に踊ると体に良くないわよ?」

「大丈夫。お腹を動かして中身を出さないとね!」

「女性としてその発言はどうかと思うけど……」


 見えない目を遠くに向けてセシリーンが呆れ果てる。

 気持ちは分かるがレニーラだから仕方ない。クルクルと回っているレニーラが、左右に動きながらも視線をセシリーンに向ける。


「音を頂戴」

「だから私は」

「歌じゃなくて」

「……はいはい」


 軽い手拍子を始めたセシリーンの音にレニーラの動きが鋭くなる。

『そんなに動いて大丈夫なのか?』と不安になるほど手足を動かし、そしてピタリとポーズを決めて止まった。


「旦那君」

「何よ?」

「お手洗いに案内して。何か出る」

「行って出して来い」


 壁際で待機し、レニーラの踊りを見つめていたメイドさんに案内を丸投げする。

 大人しく付いて行った彼女を見送り、僕は見えない目を両手に向けている舞姫を見た。


「どうかしたの?」

「手拍子でも音は作れるのね」

「古来から人が音を奏でるために使う術は、手拍子と足踏みじゃないの?」

「そうね」


 柔らかく笑いセシリーンが静かに立ち上がる。

 一度舌打ちをすると、真っすぐ僕の元へと歩いて来た。


「旦那様」

「はい?」


 そっと僕の肩に手を置いてセシリーンが膝の上に座る。


「私は歌えるようになるんでしょうか?」

「心配無用。僕とノイエで歌えるようにするから」


 これは決定事項です。


「……舞台の準備で緊張している人の言葉とは思えないですね」

「そうかな?」

「そうですよ」


 クスリと笑ってセシリーンが僕の頭を優しく抱きしめる。


「歌いたいんです。本当に」

「大丈夫。歌えるから」

「本当に?」

「僕を信じなさい」

「はい」


 そっと腕を離してセシリーンが僕の頬に手を当てる。

 ゆっくりと探すように顔を寄せて来るので僕からキスをした。


「う~。上から全部出た」

「お前は一回恥じらいを学んで来いっ!」


 お腹を摩りながら戻って来たレニーラに全力でハリセンを叩きつけてやった。




 王都内・鎮魂祭会場



「間に合ったわね」


 呟き立てた膝を抱き寄せて頬を預ける。


 舞台は完成した。そして今日は本番だ。

 後は特等席で舞姫と呼ばれているあの踊り子の踊りを見るだけだ。

 頑張ったご褒美は欲しい。


「準備が忙しいんじゃないの?」

「忙しいわよ。だからさっさと済ませたいの」

「あっそう」


 壁の上で座り見学していた小柄なメイドは、座り直して両足を降ろした。

 壁に寄りかかるようにして相手が居た。上から見ると本当に大きい。もうポコッとした感じで胸が飛び出している。


「良く私がここに居るって気づいたわね?」

「貴女は特等席で一番楽しいところを見る女でしょ? 贅沢な趣味ね」

「あはは~。それがこの刻印の魔女様の趣味ですから」


 笑って刻印の魔女……ポーラの姿をした悪魔は笑う。ついでに軽く指をパチリと鳴らし、自分の右目に使っていた魔法を撃ち消す。赤い瞳に黄金色の五芒星が浮かび上った。


「小さなメイドの振りをして何を企んでいるの?」

「あら? 私はこの子の代わりにお仕事をしていただけよ? まあウチの間抜けなお兄ちゃんは、自分の妹がずっと存在を消していたことにも気づいてないけどね」


 ビシッと壁に亀裂が走る。

 即座に飛び降りた魔女は、指を走らせそれを押し出すことで魔法とした。


「本番当日に壁を破壊しないでくれるかしら? またお兄ちゃんが仕事を抱えて発狂するから」

「だったら私のアルグちゃんのことを『間抜け』などと言わないことね。全力で殺すわよ」

「あらあら怖い。お子ちゃまな私は逃げることにするわ」

「そう。なら逃げだす前に質問しても良いかしら?」

「……何よ?」


 駆けだすポーズで一時停止し、刻印の魔女は巨乳の知恵者ホリーを見つめた。


「私たちの肉体はその右目にあるのかしら?」


 スッとメイドの右目を指さしホリーは静かに笑う。


「へ~。面白い理論ね」


 ポーズを解いて刻印の魔女は直立した。


「ならその体は?」


 スッと指さす相手にホリーの笑みが深まる。


「これが偽物なのでしょう?」


 そっとホリーは自分の胸に手を置いた。


「精神はノイエの左目。肉体は貴女の右目。そしてこの体は貴女が得意としている人形。どうかしら?」

「あはは~。凄いわね。流石はこの国に2人しか居ない本物の天才の片割れね。お姉さんもビックリだ」


 お道化て笑うメイドにホリーは冷ややかな目を向けた。


「まだ足らないの?」

「あはは。でも凄いのよ? 9割近くは正解なんだから」


 笑いながらメイドはナイフを取り出した。エプロンの裏からどう取り出したのかは謎だ。


「せ~の。どんっ!」


 一瞬で間合いを詰めたメイドにホリーは反応できない。

 真っ直ぐとナイフが突き出され、ホリーは自分の腹にナイフの柄まで埋まるのを見た。


「かふっ」


 溢れて来た血液が腹と口からこぼれる。

 刺された腹を押さえて蹲るホリーに、メイドはクスクスと笑う。


「凄いでしょ? 出血もするし痛覚もある人形とか……流石の私でも無理ですってばよ~」


 ナイフを投げ捨て魔女は指を鳴らす。

 ホリーは自分の腹の傷が、痛みが消えたのを知った。出血の後も消えドレスに空いた穴も消えた。

 何事も無かったかのような状況に、ホリーは自分の背筋に冷たい汗をかきながら立ち上がる。


「つまりこの体は人形じゃないと?」

「そうね。違うと言えば違うわよ」


 クルクルと舞姫の様に踊り出したメイドに、ホリーは立ち上がりドレスに付いた埃を払う。


「貴女の大切な人ならちょっとしたヒントで理解できるんだろうけど、私の魔法は基本が違うのよ。だから他の人とは違うことができる」

「違うこと?」

「ええそうよ」


 ピタッと止まり魔女はホリーを見る。


「私の魔法は錬金術。だから『ホムンクルス』を作り出そうと一生懸命頑張ったのよね~。まあ外だけで中は無理だったけど」

「何のこと?」

「貴女の大好きな人に聞いてみなさい。そうすれば肉体的快楽と知的快楽を同時に味わえる熱い夜を過ごせるわよ。じゃあね。また後で」


 エプロンの裏からマントのような布を取り出しメイドはそれを羽織る。

 すると空気と同化するように姿を消した。


 厄介な相手を逃したホリーは大きくため息を吐いた。


「言われなくても今夜はアルグちゃんと熱い夜を過ごすわよ。ば~か」


 負け惜しみの様にホリーはそう呟いた。




~あとがき~


 姉たちが暴走すると脱線しまくる。不思議だわ~w

 そんな訳で今月中に鎮魂祭が終わりませんでした!


 アルグスタたちの関係は…ばれてーらw

 作者の印象だと女性の方がその手のあれって気づくんですよね~。


 そしてポーラの振りをして過ごしていた刻印さんはホリーに問われます。

 人形ではなくてホムンクルス…流石、ネタを愛する女だね!




(C) 2021 甲斐八雲

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