だからこの義姉妹は~!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「拙いわね」


『どうかしたのですか? ししょう?』


「ちょっとね」


 ちょっとと言うには致命的だ。計算がズレている。

 このままだと鎮魂祭当日までに宝玉の回復が間に合わない。


 どうしてこうなった?


 ちょいちょい出て来ては、あれを襲っている馬鹿が多いからだ。


 夫婦寝室のベッドサイドに置かれている宝玉と呼ばれる存在を見つめ……刻印の魔女は思考する。

 やはり間に合わない。2日分ほど魔力が足らない。


「ん~。最終手段ね」


『ししょう?』


 問いかけた内なるポーラは、体の支配権が自分に戻ったことを感じた。


「ししょう?」


『ちょっと泣きなさい』


「……はい?」


『良いから泣きなさい』


 泣けと言われてもそう簡単に泣けるわけがない。

 目を閉じないように瞼を開いたままで手で煽いで風を送る。目が乾いて……でも泣けない。


『靴を脱ぎなさい』


「はい」


 命じられままに室内履きを脱いでポーラは次の指示を待つ。


『そこの棚の角に、全力で足の小指をぶつけなさい』


「ししょう?」


『やりなさい』


「……」


 無茶な命令にウルッと来たが零れるまでにはいかない。

 諦めてギュッと目を閉じてポーラは自ら足を振るって角に小指を打ち付けた。


 目を閉じているのに目の前で火花が散った気がした。

 言葉に出来ないジンジンとした痛みに蹲って全身を震わせる。瞼を開けば潤んだ視界が見えた。


『あとは床を転がって……』


「……いたいです。ねえさま。たすけて」


 命じられるままに足を抱えてコロコロと床を転がると、不意に部屋の中の空気が動いた。

 兄の入浴時を見計らって襲撃に行ったはずの姉が全裸で居た。


「なに?」

「いたいです。ねえさま」

「……」


 入浴するために体を洗っていたので全身が濡れている。けれどノイエはそんな些細なことなど気にしない。自分を呼ぶ声がした。小さい子が自分に『助けて』と言った。それで十分だ。

 文字通り飛んできたノイエは部屋に入り痛がるポーラを抱きかかえる。


「大丈夫?」

「……だめです」

「待ってて。大きい子を呼ぶ」


 ポーラをベッドに運んでそっと横たえる。

 次いで部屋の壁に掛けられている鏡に向かおうとして……その手を掴まれた。


 ポーラの手がギュッとノイエの手を掴んでいた。


「誰?」

「気にしない気にしない」

「……悪い人?」

「まあ正解」


 クスクスと笑いポーラは体を起こす。

 その右目には金色の模様が浮かんでいた。


「ちょっとお願いがあるの」

「嫌」

「即答ね」

「だって……」


 湿って重そうなアホ毛をグリンと回して……ノイエは小さい子の中に居る存在を見つめる。


「難しい」

「そうね。でもお願いは簡単だから」

「嫌」

「そう。なら彼が困るけど仕方ないわね」


 告げてポーラの体を動かす刻印の魔女は、ノイエを掴んでいた手を解く。

 が、今度はノイエがその手を掴んだ。


「アルグ様が困る?」

「凄く困ることになるわね」

「なに?」

「ちょっとあれに魔力を注いで欲しいのよ」

「……」


『あれ』と言って小さな子が指さす物にノイエは視線を向ける。


 専用のクッションの上に置かれているのは丸いガラス玉だ。ノイエの認識ではそうだ。

 ただあれはとても大切な物だ。あれが無いと姉たちが姿を現してくれない。それに近くに置いてないとダメだ。そう彼が言っていた。


「どうするの?」

「両手で持って魔力を注いで。少し前にしたでしょう?」

「はい」


 コクンとノイエは頷いた。


 ファを呼んだ時だ。いくら叩いても出て来てくれなかったから、強く叩こうと思って両手で掴んでドラゴンを殴る時に使うあれ~なヤツをしたら、ファが出て来た。きっとそれだ。


 スッと移動しノイエは宝玉を掴むとそれを両手で挟むように持つ。


「ドラゴンを3回ぐらい殴る感じで」

「はい」


 言われるままにノイエは宝玉を持つ両腕を動かす。

 ブンッブンッブンッと振り回して、『これで良いの?』と言いたげにポーラの顔を見る。


「十分十分。本当に貴女の魔力は底なしね」


 魔女からしても羨ましくなるほどの力だ。

 だからこそこんな『魔法使い殺し』とも言える魔道具を傍らに置いて居ても問題が起きない。

 普通の人間なら抱えて魔力を注げば卒倒物だ。下手に今したことを真似れば絶命するかもしれない。


『この後は?』と言いたげな雰囲気で首を傾げる無表情な義姉に、ポーラの姿をした魔女は軽く首を振って両手を差し出した。


「お風呂に戻りなさい。貴女の大切な人がピンチのはずよ」

「はい」


 宝玉を預けノイエは来た道を戻る。

 その後ろ姿を見送った魔女は……そっと両手を降ろす。


「戻しておいて」


 足元に来ていたリスに宝玉を預け、魔女は軽く頭を掻いた。


「これで宝玉の問題は解決した」


『もんだいはもうないのですか?』


「色々とあるわよ。最大の問題がね」


『さいだい?』


「ええ」


 クスリと笑い魔女は軽く指をパチリと鳴らす。

 絨毯を濡らしていた水が集まり大きな水滴になった。


「凍らせて捨てといて」


『わかりました』


 入れ替わり水滴を自分の祝福で凍らせ、ポーラは氷を両手で持った。


「ほしい?」


 自分を見ているリスに気づいて手にしている氷を差し出すと、リスはそれを両手で持って走って行った。

 その姿を見送り……ポーラはそっと口を開く。


「ししょう」


『最大の問題ね?』


「はい」


 知りたがることは悪いことではない。そう思う魔女は、弟子の問いに返事をする。


『思っていた以上に舞台と踊りが良すぎたのよ』


「わるいことですか?」


『ええ。このままだと音が悪くなってしまう』


 良すぎる2つのせいで音が死んでしまう。


『歌姫が使えれば問題無かったのだけど……難しそうよね』


 精神的な症状で歌えない歌姫を歌わせるようにする方法など無い。魔法でも無理だ。


『舞姫と英雄の踊りを企画していたけど……ここに来ての見直しは想定してなかったわ』


「ししょう?」


 不安げな弟子の声に魔女は鼻で笑う。


『この私がこれぐらいの苦境で投げ出すとでも思っているの? 見くびらないで。私は魔女……刻印の魔女と呼ばれる三大魔女の1人よ』


「ししょう。すごいです」


『褒めなさい褒めなさい。ついでに讃えても良いわよ』


 笑う魔女にポーラは素直に拍手を送る。

 ただ笑う魔女は……打つ手の無い状況に内心泣きそうになっているのは、秘密のままに。




「旦那君~!」

「おまっ! いい加減にしろって!」

「え~? 知らないし~?」

「寄るな触れるな今すぐ出てけ!」

「え~。折角ノイエが誘ってくれたのに~」

「そのノイエが居ないよね?」

「きっとお手洗いだよ」

「絶対に違うから!」


 のんびり湯船に浸かっていたら、ノイエとレニーラが襲撃して来た。

 体と髪を洗ったら……何故かノイエが消えてレニーラだけが残る。不思議だ。


 一応レニーラとの関係は非公開だ。秘密だ。なのにこのお馬鹿は全力で抱き着いてこようとする。

 ウチのメイドさんに見られる分には問題無い。主人として口外を禁ずれば良い。ただこの屋敷には叔母様の部下であるミネルバさんが居る。それだけは僕にもどうにもできない。


「僕が出るから!」

「逃がさんっ!」

「のあ~!」


 抱き着かれてまた湯船の中に。


「離せっ!」

「断るっ!」

「……2人でズルい」


 ふと感情の無い奇麗な声が……助けてお嫁さん!

 だがノイエは抱き着いてくると、レニーラと一緒に僕を湯船に引きずり込む。


「2人で遊ぶのはズルい」

「遊んでないから!」

「すっごく楽しいよ!」

「レニーラ!」

「ズルい」


 怒ったノイエが……のあ~!


 ノイエに抱えられて湯船の中に。


 逃げられないのか?


「アルグ様」

「落ち着いてくれたか? ノイエさん」

「……お腹空いた」

「流石ノイエ!」


 だからこの義姉妹は~!



 結局3人で馬鹿騒ぎをして何故か食堂に移動となった。

 本日2度目の晩御飯……それを全て食べてしまうノイエにビックリだ。




~あとがき~


 何となく確認したら宝玉の回復が間に合いません。

 と言うことで刻印さんはノイエに命じて魔力を直接注がせます。

 この方法は余り推奨していません。だって自分が使う分の魔力がノイエの中から無くなってしまいからw


 で、お風呂場では…いつも通りだな。馬鹿なのか?




(C) 2021 甲斐八雲

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