今日は私だけを見て欲しいの

 ユニバンス王国・王都内鎮魂祭会場予定地



「なぁ~はっはっ~です~!」


 踏ん反り返って偉そうに平らな胸を張る馬鹿を見つけたらどうする?

 とりあえず天誅を食らわそう。チョップで十分か。


 背後から近づいて……スッと右手で作りし手刀をチビ姫に振り下ろしたら、踏ん反り返っていたこともあって豪快に後ろ向きに倒れる。これがノイエとかなら全力で支えるが、相手は馬鹿なチビ姫だ。奇麗に回避したら、奇麗にすっころんで見せた。


「うむ。見事」

「なぁ~! 納得のいかない何かしらの理由で攻撃されたです~!」

「馬鹿者め!」


 これは説教が必要である。


 ジタバタと暴れるチビ姫を捕まえ脇に抱えて、躾を2回。

 ぐったりとしたチビ姫は僕の話を聞く気になったらしい。


「分かるかねチビ姫」

「何がです?」

「今日の天気だよ」


 朝から燦燦と太陽が全力で仕事しているおかげで気温上昇が止まらない。湿度がそれほど無いからカラッとした感じで暑い。そう暑いのだ。


「こんな暑い中で仕事をしてくれている職人さんたちに対し、気配りが出来る王妃様にならなければ駄目なのです」

「でもです~。ちゃんと日当を払っているです~」

「それでも気配りが出来るのが真の良い女なのです。まあ見た目は子供なチビ姫には無理な話か」

「失礼です~。おにーちゃんは今、とんでもない失礼なことを言ったです~」


 また憤慨し暴れたので躾を2回ほど追加した。

 ぐったりとして再度話を聞く気になったチビ姫に語る。


「人間とは優しくされたり親切にされたりすれば、してくれた人の為に頑張ろうと思うものです」

「つまり計算して支配しろと言うことです~?」


 もう2回躾を追加した。


「発言に気を付けなさい。過去の偉大なる魔女はこう言ってました。飴と鞭と」

「何です~?」

「必要に応じて甘い物で釣ったり鞭で叩いたりと……それを判断する目が必要なのだと!」

「分かったです~」


 その言葉に理解を示したらしいチビ姫は、僕の脇から抜け出そうとする。が、相手はお馬鹿なチビ姫だ。信じるな……コイツはやらかすタイプだ。


「で、君はこれから何をするべきだと?」

「鞭の扱い方を学ぶです~」


 躾を5回ほどしてやった。


 やはりコイツは馬鹿の子か? こんな暑い日に鞭は要らないのだよ。


「今日は鞭ではなくて飴の日なのだよ」

「飴です~?」

「そうです。だからまずは」




「皆さま~。お疲れ様です~!」


 元気な声が舞台準備を進める会場に響き渡る。

 質素だが手の込んだ白いドレスを身に纏い、これまた白い帽子を被ったチビ姫……現王妃キャミリーは、運び込んだ果物の傍で声を張り上げる。


「これは陛下からの心ばかりの品です~。少し木陰で休憩してくださいです~」


 元気に明るく……それを厳命されていたが、基本キャミリーは元気で明るい。

 何よりその愛らしい振る舞いに、彼女が王妃だと気付かない者たちは果実が山積みにされている荷車に集まった。


「そっちのはよく冷えてるです~」

「こっちのは?」

「味は変わらないです~」

「冷えてないってことか」


 軽い会話のやり取りでその場に笑いの花が咲く。


 今日も中々に暑いが、果実を齧り休憩した者たちは……休んだ分はと働きだす。

 その日のノルマは夕方ごろには終え、翌日分の準備を進めるところまで進んだという。


 数日データを取った王妃は、どうすればより効率が良くなるか調べ上げ……工期内に会場準備を見事に終えた。


 ただ1人……とある貴族家の普段メイドとして働いている令嬢が、力の使い過ぎで空腹に目を回す日々を過ごすことになったとか。




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「ヤバいな~」

「なに?」


 愛くるしいお嫁さんの膝枕を堪能しつつ現実と言うハードルに僕のハートはブレイク寸前さ。

 ぶっちゃけよう……会場の建設は進んでいるが、まだレニーラが踊るかどうかが決まっていない。


 当初は既存の舞台を使用するはずだったが、僕がスポンサーとなった時点で新しい舞台が作られることとなった。厳密には移築され増築される流れだ。

 場所はファシーがその昔にやってしまった場所だ。前回僕らが暴れた場所ともいう。


 新しい舞台だと言い張ってレニーラと交渉しても良いはずだ。

 問題はあの悪友が全く出て来ない。


「ノイエ」

「はい」

「助けて」

「……」


 クルンとアホ毛が一周した。


「誰を殴れば良いの?」

「どうしてそうなった?」


 助けを求めたらお嫁さんが大変攻撃的なことを。


「……お姉ちゃんが」

「ノイエに暴力を教えるのは悪い姉だな。誰だ?」

「紫の人」

「よし忘れよう」


 たぶんジャルスだ。あれはダメだ。怖い。


「アルグ様」

「ん?」


 僕の頬を撫でながらノイエが瞳を覗き込んでくる。


「どうしたら良いの?」

「ん~。誰かがレニーラを引きずり出してくれれば」

「……誰?」

「踊りの人」

「……分かった」


 何が分かったのかが謎だが、ノイエの顔が僕の視界から消える。ただ上半身を起こしただけで、顔の代わりに形の良い胸が見える。実に素晴らしい胸だ。


「黄色いお姉ちゃん。出て来て」

「はい?」


 ポツリとノイエが呟いたと思ったら、フワっと彼女の色が変わった。

 まさかノイエさん……お姉ちゃんの呼び出しとか出来たんですか? ねえ?


「旦那君だ」

「シュシュだよね?」

「そうだぞ」


 正座して僕に膝枕しているせいでシュシュはフワフワ出来ない。

 おかげでいつもの間延びした口調ではない。


 普通のはずだ。普通だよね? どうしてそんなにその目が熱っぽいの? どうしてそんなに頬を赤らめているの?


「旦那ちゃん」

「何かな?」


 らしくないほどシュシュが色っぽい。どうした?


「ごめんね。今日だけだから」

「このパターンかいっ!」


 ノイエが落ち着いたと思ったら、シュシュが肉食獣化したよ!




 たっぷり搾られた。いつものシュシュなら1回で終了なのに、今夜の彼女は止まらなかった。

 2回3回と回数が増え、5回を超えたぐらいで本当にシュシュなのか疑ってしまったぐらいだ。


 ただそこで燃え尽きてポテッとベッドに突っ伏して彼女は動けなくなった。

 本当にシュシュだったらしい。ホリーならそこからがある意味スタートだ。

『ようやく体が温まったわアルグちゃん』とか言い出すのがホリーだしね。


「で、シュシュさんや」

「ん~」

「気怠そうにしない。こっちを見なさい」

「む~り~」


 仕方ないので腕を伸ばして無理矢理相手を抱き寄せる。

 脱力したままのシュシュは僕に抱き着いてくると首にキスして来た。


「ファシーの真似は止めなさい」

「……もうっ」


 少し頬を膨らませてシュシュが甘えて来た。


「で、何か用?」

「そうだった」


 相手に襲われ本題を忘れていたよ。


「レニーラに確認を取りたいんだけど……踊る気はあるのかな?」

「舞台次第だってずっと言ってるぞ」


 あんにゃろ~。少しはその気になれよ。


「すっごい舞台だから踊って欲しいんだけどね」


 と言うか日々ノイエの目で見てるでしょう?


「見てないよ」

「はい?」


 シュシュに問うたらまさかの返答がっ!


「見てないの?」

「うん。見たら楽しみが減るって」

「……それでどう舞台が凄いのかを判断するの?」

「さあ?」


 肩を竦めるシュシュの反応は正しい。これ以上ないほど正確な返事だろう。


「そろそろあの馬鹿を呼び出して……なぁ~」


 シュシュが抱き着いて来て押し倒してきた。


「もう。私が居るのにレニーラの話ばかりして」


 嫉妬ですか? シュシュっぽくない反応だな。

 馬乗りして来たシュシュが僕の顔を覗き込んでくる。


「ねえ旦那様」

「何かな~?」

「今日は私だけを見て欲しいの。お願い」

「全く……」


 手を伸ばして相手を抱きしめた。

 耳元に唇を寄せてそっとシュシュに囁きかける。


「声に出して甘えてくれるのなら……僕はそれに応えます」

「そっか」


 抱きしめている相手の体温が上昇した気がした。


「なら今夜は旦那君を独り占めさせて」

「了解です。シュシュ様」

「もうっ」


 怒りながらもシュシュは僕にキスして来た。



 結果として……レニーラへの問い合わせが遅れました。




~あとがき~


 飴と鞭は大切です。

 その使い方を学んだ王妃様は…無事に新舞台の移築&増築を急ぎます。


 で、レニーラとの交渉が滞っていたアルグスタさんは大ピンチです。

 舞台が出来上がりそうな勢いなのに…どうする? 交渉しろよw




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る