舞姫の説得が終わってないのよね

 ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室



「どうです~? 私が考えて配置したです~。褒めるです~。讃えるです~。誠意はケーキで見せるです~」

「ウザい」

「むぎゅ~」


 キャンキャンと騒ぐ子犬が床石と熱い口づけを交わしだした。

 流石チビ姫だ。ギャグに生きる女だな。


 慌てるポーラに後始末を任せ、僕は最終案と銘打たれた書類に目を通す。

 馬鹿賢者とホリーが作り上げた物が……実現できるとはビックリだ。


「にいさま。まほうをといてあげてください」


 だがこの金額は何だ? 二重にビックリだ。

 イラっとした挙句に重力魔法を強くしても良い気がする。


 僕は優しいお兄ちゃんなので、妹の願いを叶えて一度魔法を解いた。


「ぬがぁ~! 何か出ちゃうです~!」


 チビ姫の頭が床から離れ、今度はお腹を狙った魔法によってアザラシのように背中を反っている。完璧だ。


「にいさま!」

「ん?」


 珍しくポーラが声を張り上げた。


「おんなのひとのおなかはだめです!」

「なるほど」

「むぎゅ~」


 魔法を解い、今度の指定は頭に戻す。

 これまた熱烈なキスを床石と交わすチビ姫に……ポーラが何かを諦めた。


 頑張れ妹よ。ただお兄ちゃんとしてはね、妹に嫌われたくないから真実を告げよう。


「これ見て」

「……はい?」


 僕が手にしていた書類をポーラに渡すと、彼女はそれに目を通し……怪訝な声を上げて読み返す。

 何度も読み返してポーラが静かに書類から顔を上げた。


「にいさま」

「何かな?」

「ごめんなさい」

「分かってくれて嬉しいよ」


 周りがギョッと目を剥いているが、そんな人たちにもこの金額を見せたい。

 どこの世に国家予算の2割に匹敵する金額を振り回し、鎮魂祭を企画する馬鹿が居るのかと聞きたい。


 馬鹿賢者に対しては金勘定など期待していない。でもホリーお姉ちゃんはその部分に気を回してくれる優しい人だ。問題は最後に待ち構えていたどこぞの王妃が天元突破しやがった。

 許せるか? 断じて無理だ。


 僕の怒りを理解してくれたポーラは、もう王妃などこの部屋には居ないかのように振る舞いだす。つまり床に邪魔なクッションがあっても問答無用で踏み越えて僕の紅茶の準備をする。

 気持ちは分かる。分かるぞ~。


「失礼します」

「おや? お久しぶり」

「はい」


 スッと姿を現し一礼したのは、武闘派メイドのミネルバさんだ。

 前の一件で怪我をしてから何故かメイドランドに帰省し、自らを鍛えていたという意味不明な行動を取っていた人だ。怪我した個所は頭だったのだろうか?


「本日より復職したいと思い挨拶にぃ~っ!」


 らしく無い声を聴いた。どうやらまだ本調子ではないらしい。

 リハビリ施設があのメイドランドとか間違っている。やはり怪我には温泉のある施設で過ごすべきだ。

 具体的に言おう。そろそろ陛下と交渉して王家が所有している温泉施設の1つをゲット出来ない物かと思うのです。


 だって先生が復活すれば転移の術式はどうにかなる。週末……何て存在しないけど、でも日が沈んでからノイエと2人で温泉に行くとか悪くない。

 今のノイエはとっても静かだから襲って来ないしね!


 と、思考が脱線してしまった。けれどミネルバさんは驚愕の表情のまま凍り付いている。

 その視線の先では、ポーラがチビ姫の背中を踏んでるね。うん。


「……ポーラ様?」

「せんぱい。おかえりなさいませ」

「あっはい。ただいま戻りました」


 とても自然に挨拶して来るポーラの様子にミネルバさんも挨拶を返す。

 ただポーラはチビ姫の背を踏んで挨拶している。


 凄いよポーラ。何となくだけどスィーク叔母様の影が重なって見えるよ。


「ポーラ様。足元におられるお方は?」


 勇者ミネルバが踏み込んだ。

 周りのメイドさんたちが『この人凄い!』と言いたげな表情をしている。


「あしもとですか?」


 キョロキョロと辺りを見渡しポーラは顔を上げた。


「なにもありません」

「……ポーラ様の足元に」

「なにもありません」

「……」


 そっと降りてポーラがミネルバさんを見上げる。


「こわいことをいうのはだめです。ねれなくなります」

「もっ申し訳ございません!」


 ウルッと瞳を潤ませるポーラの言葉にミネルバさんが負けた。

 何だろう? ポーラが知らない間に怖い子に育っているよ?


「だめです。ゆるしません」


 だが妹様が更なる追い打ちを!


 軽い足取りでミネルバさんに近づくと、甘えるように両手を広げて彼女に抱き着いた。

 周りのメイドさんたちの小動物を見つめるような目が……現実を受け入れ、怒りへと変貌していく様子が生々しい。


「ポーラ様?」

「だめです。こわがらせたせんぱいがわるいのです」

「……はい」


 妹様の甘えん坊ぶりにミネルバさんの表情がトロッと蕩けてから、キリッと引き締まった。

 凄いよ。他のメイドさんたちは全員蕩けているのに……よく踏ん張った。


「こんやはいっしょにおふろです。いっしょにねます」

「それは……」

「こわがらせました」

「……分かりました」


 落ちた。ミネルバさんが甘えん坊ポーラの魅力に完落ちだ。と、忘れてた。


「チビ姫のおかげで魔力が尽きそうだ」

「のが~!」


 魔法を解いたら『です~』を忘れてチビ姫が立ち上がった。何度でも蘇るチビだな。


「許さないんだから~!」


 だから『です~』を忘れているぞ?


 両腕をグルグル回して突進して来るチビ姫の前にポーラが瞬間移動かと思う動きで姿を現した。

 ペチンと……王妃の額を叩いて、小さな暴君を駆除した。


「おうひさま。か、です」


 見て見てとばかりにポーラがこっちに掌を。確かに蚊らしきものが潰れていた。


「むしよけのじゅんびをしましょう」

「だね~」


 何故かノイエを心配するよりポーラを心配するべきだと僕は思う。

 叔母様の教えがどうか我が家を汚染しませんように。




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



 上級貴族ドラグナイト邸の日中は、とても穏やかに過ぎる。


 雇い過ぎていると言われるほどメイドの数が多く、定期的に休みまで貰える職場などこの屋敷ぐらいだ。故に人気があるが雇われる条件がとても厳しい。当主であるアルグスタも知らないが、この屋敷に居るメイドはどの貴族も欲しがる優秀な者ばかりだ。


 その優秀なメイドたちが一列に並び震え上がっていた。


 当主は留守なのに……客人が来たのだ。それも当主夫妻の寝室からだ。

 優雅に紅茶を味わう彼女、グローディアは待っていた。自分の着替えと馬車の到着をだ。




 ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室



「もう少し削れないの?」

「無理です~」

「……削れ」

「不可能です~」

「チビ姫の胸並みにか?」

「絶対に無理でぇすぅ~!」


 言ってチビ姫が泣き崩れた。

 遂に自分に望みが無いと悟ったか。偉いぞ。


「と言うか、流石にこれはウチでも頭を抱える金額だよ?」

「知ってます~。でもおにーちゃんなら払えるです~」

「根拠は?」

「ノイエおねーちゃんが何日か頑張れば良いんです~」

「……」


 あら不思議。問題が解決したよ?


 それをして良いのなら問題は無い。

 市場にドラゴンの素材が大量に出て……ああそう言うことか。


「商人を広く呼び込むってか?」

「です~」


 甘々紅茶を口にしながら、チビ姫が屈託のない笑みを浮かべる。

 多くの商人が来て鎮魂祭の話を他国ですれば、ユニバンスの国内状況は良さそうに聞こえるだろうな。

 戦争し続けて疲弊しているとは思わせない、虚勢も必要ってことですか?


「誰の指示よ?」

「私です~」

「冗談は背中の足跡だけにしておけ」

「酷いです~。傷物にされたのに~です~」


 傷物にしたのはポーラであって僕ではありません。

 そんな妹様は、ミネルバさんの横に居てとても嬉しそうにしている。戻って来た先輩に甘えたい感じか?


「まあ良いんだけどね。段取りが出来ているなら問題は無い」

「なら他に問題があるんです~?」

「あるよ。一番の問題が」


 そう。避けては通れない一番の問題が。


「まだ舞姫の説得が終わってないのよね」

「……」


 流石のチビ姫も驚愕の表情だ。


 どうすっかな~。ボチボチ一回レニーラとか出て来ないかな?




~あとがき~


 レニーラの説得はまだ終わっておりませんw


 チビ姫の扱いがどんどん酷くなっていくな…でも本人は喜んでいるし、マゾか?


 そして姿を現したグローディアが…次回はバトル回か?




(C) 2021 甲斐八雲

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