貴女の意志は私が継ぎましょう

「にゃん」

「あら? どうしたの?」


 不意に消えていた猫が戻って来た。

 猫は自由な生き物らしいが、この猫は定期的に通っている場所がある。

 それを知る歌姫は、一度意識を向けていた場所から足にすり寄る猫に手を伸ばした。


 いつも通り頭を撫でるはずが、彼女が何やら硬い物を掌に押し付けて来る。掴み両手で挟んで思考する。

 この魔眼内に於いて小さくて硬い物は少ない。大きくて硬い物を砕けば簡単に手に入るが。


「どこの骨かしら?」

「魔女、の」

「……置いてきなさい」


 どうやら掌の中の骨は術式の魔女の物らしい。触っている限りどこの骨かまでは分からないが。


「知り、たい」

「何を?」

「セシ、リーンは、他人の、頭の中を、覗ける、って」

「……」


 となると持たされたのは頭蓋骨の一部だろうか?


「ゴメンなさいね。私の力だと骨からは無理なの」

「出来ない、の?」

「ええ」


 そっと相手に手に持っていた骨を返す。

 頭蓋骨の一部が生じるほど魔女が現在回復しているのだと歌姫は初めて知った。


「どこなら、見れる?」

「えっと……」

「頭の、中? 全部、掬えない、けど……頑張る」


 頑張る方向が違うので、足から離れて駆けだそうとする猫を慌ててセシリーンは掴んだ。


「いゃん」


 慌てた様子で猫が足を止めて抵抗する。

 とても掴みやすかった物は、どうやら彼女の尻尾らしい。


「脱げる、から」

「なら座りなさい」

「は、い」


 尻尾から手を離すと猫はちょこんと座った。


 彼女もまた仲間内の何人かが患っている病を得てしまったらしい。

 彼以外に裸を見られることを極力嫌うのだ。かく言うセシリーンもその内の1人である。


 同性ならば耐えられなくも無いが、仮に異性に見られようものなら何をしてしまうか分からない。少なくとも目の前の猫にお願いして相手の記憶が無くなるまで頭を刻んで潰してもらうだろう。


「ファシー」

「は、い」

「私の力は生きた人でないと使えないの。死体では無理なの」

「……生きた、頭、なら?」


 難しい質問だ。実験はしていないが、この場所だと頭部だけで生存は可能だ。

 その理論で言えば頭部だけならどうだ? 生きてはいるから可能だろう。


「話せる状態にまで回復している頭部なら、たぶん出来ると思うわ」

「分かった」


 うんうんと頷いた猫は、そのまま足にすり寄って来る。

 直行しないのはたぶんまで色々と足らないのだろう。頭の中身を掬うと言っていたことだし。


「ねぇファシー?」

「なに?」

「アイルはどんな感じなの?」

「……」


 首を傾げているのか考えているのか……ファシーは沈黙した。


「言葉に、出来な、い?」

「まだそんな状態なのね」


 つまりまだ大半が液体なのだろう。


 彼女の腐海はとにかく色々と不快にする魔法らしい。

 食らった者は最悪だし、見ていた者も最悪を感じるとか。

 そんな魔法を作り出し、自分自身に使って自殺した魔女は……ある意味凄いとセシリーンは思う。


「話せるようになったらちゃんと言いきかせないと」

「どう、して?」

「また自殺されたら大変でしょう? 王女様じゃないけど八つ当たりしたくなるわよ」

「……にゃ~」


 昨日の荒れ狂ったグローディアの話を思い出した猫は、現実逃避がてらに鳴いた。


 どこかに移動していたらしいグローディアは、外と中の出来事をレニーラから聞くと、それはそれは大変元気よく暴れた。

 シュシュが居たから大事には至らなかったが、それでも彼女の怒りは静まっていない。今も普段使いしている通路の一角で……呪い言葉を吐き出しながら、壁に爪を立てて怒り狂っている。


 出来たら彼にはもう少し玩具にする相手を考えて欲しくなる。

 自分はアイルという最高の玩具が居るが、グローディアは玩具にしてはいけないタイプなのだ。


「あら?」

「衛生兵~!」


 思考するあまりセシリーンの反応が遅れた。

 何やら荷物を抱えて飛び込んできたのはレニーラだ。荷物は人のようで、呼吸と心音からシュシュだと分かる。


「リグは?」

「さっきまで足を枕にしていたけど?」


 枕にされたセシリーンがリグに対して彼とのことを色々と聞きすぎたのが悪かったのか、質問を煩わしくなって怒ってどこかへ行ってしまった。


「それでどうしたの?」

「シュシュが変なんだよ!」

「シュシュは元々でしょ?」

「そうだけど!」


 誰も否定しない事実に、猫が悲しそうに『なぁ~』と鳴いた。


「なんか変なの! ずっとお腹を抱えて震えてるの!」

「病気?」


 あり得ない。魔眼の中で無縁なのが病気と死だ。


「リグは……」


 仕方なく耳を澄ましてリグを探す。

 音の反射の都合、床で寝ていると見つけにくい。


「知って、る」


 立ち上がったファシーがトコトコと歩いていく。しばらくすると手を繋いで2人は戻って来た。


「なに?」

「シュシュが変なんだよ!」


 吠えるレニーラに対し、リグは鷹揚に頷いた。


「元々だから」

「なぁ~」


 セシリーンの足と言う定位置に戻った猫がまた鳴いた。




「叔母様」

「何かしらアルグスタ?」

「……その前に前回の報酬を支払いたいのですが? あとにします?」

「いいえ。受け取りましょう」


 周りの武器は下がらない。

 ヒルスイット家のことは聞いているが、本当に根深い問題らしい。


「支払いますが少しばかり雑談をしても宜しいでしょうか?」

「構いません」


 だから武器を下げて! こっちにはポーラの盾しかないんだから!


 ちなみに助けてとばかりにポーラを見たら、『死ぬ時は一緒です』と言いたげな目で抱き着いて来た。


 諦めないで! ポーラはやれば出来る子だから!


「この場にはとある3人が居て、共通事項があります」

「……祝福ですね」

「正解」


 僕の滅竜。叔母様の瞬足。ポーラの氷結だ。


「では叔母様に質問します。この祝福って……誰が僕らに与えた物なのですかね?」

「……」


 博識な叔母様の表情が曇った。


 実はこの世界に神様は居ない。と言うか本当に居ない。その昔とある三人の魔女が滅ぼしてしまったらしい。

 で、疑問だ。祝福という言葉である以上……誰かしらが僕らに与える物だ。誰が?


「答えを知っているのかしら? アルグスタは?」


 その叔母様の問いにフルフルと頭を左右に振る。


「全く見当もつきません。僕が知る話だと祝福とは神様とか言う存在が与える物らしいのです。けれど神様と言うものは宗教上の存在。この世界だと噂に聞く大陸の北に存在するごく少数の集団が崇め広めていると聞きました。現在進行形です。祝福の歴史って新しいのですか?」

「聞くに古来より伝わっているとか」

「ですか。そうなると変ですよね?」

「存在してはいけない力だと?」


 普通に考えれば神様の居ないこの世界に祝福っておかしい。

 こんな時は一度立ち止まって振り返ることをお勧めします。


「逆の発想をするのはどうでしょうか?」

「逆とは?」


 あれです。卵が先か鶏が先か……違うか?


「祝福が存在していれば、普通それを与える者の存在を考えますよね?」

「……誰かが神とやらを作り出そうとしている?」


 思考し叔母様がそう結論を出す。

 その辺の答えが正解かもね。実際僕には分かりません。


 と言うわけで叔母様が悪さする前に止めたらどうですかね? どうなんだよ? 大馬鹿者のノイエの姉様よ?



『勝手に悪さをしておいて……限りなく正解に近いとしか言えないわ』



 不意に僕の頭にその声が聞こえて来た。

 隣に座るポーラも驚いて頭を巡らし、叔母様ですらその目を見開いた。


 僕らの反応に何も聞こえないメイドさんたちは怪訝そうな表情をする。



『あれらは作り出せても運用できない。だから管理をする者が必要だった』



 お前のような鉄拳馬鹿を選ぶとか狂ってるけどね?



『それに関しては私も同意見ね。ただ波長が合ったとしか言えないけど』



 殺しの?



『お前の体で試そうかしら?』



 うわ~。優秀な叔母様の教え子がこんなことを言ってますが?



『私はただ先生の教えを歪曲しただけよ。彼女の教えは常に正しかった』



 取ってつけてません?



『今度会ったら踏み潰す!』



 どこの何を!



『お前の何を、かしら?』



 あら恐ろしや。だからポーラを抱いて癒しにします。


 ギュッと可愛らしいポーラを膝の上に移動して背後から抱く。ぬいぐるみ感覚である。



『先生。今は詳しいことは何も言えません。お許しを』



《良いのよ。貴女が少なくとも存在していることが分かれば》


 優しく笑いスィーク叔母様は息を吐いた。


《教えてカミュー。貴女は本当はあの日?》



『……先生が見て感じたことが全てです。もしそれが私の言い分と違くても、先生がそう感じたのであれば私の行いが全て悪かったのです』



《そうですか》


 静かに静かに叔母様は答えた。



『どこかの馬鹿かこうするだろうと思い準備してきましたが、そろそろ時間です。全てを語れない愚かな弟子を許してください』



《いいえ。こちらこそ……弟子を信じ切れなかった愚かな師で済みません》



『いいえ。先生は素晴らしい人です』



 お互い狂暴だけどね。


 何故か慌てたポーラが振り返り僕の口を両手で塞ぐ。でもこれって思考の垂れ流し……あっ!



『絶対に殺す』



《心配いりませんカミュー》


 スッと叔母様の目が笑えないレベルで凶悪に。


「貴女の意志は私が継ぎましょう」


 普通弟子の意志とか師匠が継がないと思います!




~あとがき~


 魔眼の中って本当に平和だなw

 病気と死が無縁な場所らしいですけど…。


 まずアルグスタが動きました。

 最初に前回の支払いをして、少しでも機嫌を良くしようと。


 ですが口は災いの元ですな~




(C) 2021 甲斐八雲

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