やっぱりお前は敵だ~(です~)
ユニバンス王国・王城内控室
紅茶で喉を潤したスィークが口を開く。
「ヒルスイット家が何をしたのか王弟様も存じているでしょう?」
「ああ。知っている」
「ならばどうしてそれを今更調べるのですか?」
「……」
今更『実は知らなかった』とは言えない。
相手の言葉から知っているのが当然だという雰囲気が伝わって来るからだ。
子供の頃は東部で暮らしていた。だから王都の裏で繰り広げられた争いをハーフレンは知らない。王家を打倒しようとしたヒルスイット家のことなど全く知らなかった。
処刑を免れた人物が1人だけ居るという事実もだ。
「お袋が関わっているからな」
「それだけですか?」
「ああ。それに南部の方では関係者の中から亡霊が発生した。それがヒルスイット家でも起きないとも限らない。疑う余地があるのなら調べるのが俺の仕事だ」
スッとスィークの目が細まる。
「それでラインリア様の過去を、心の傷を抉ることになろうとも?」
「分かっている。が、それでもだ」
ユニバンス王国・王都上空
空中の埃を踏んでは浮遊を維持し、ノイエはクククと首を傾げていく。
最初は大きな子の姿が見えた。あの子は分かりやすい。大きいから。バルンバルンと歩くと揺れる。あれはズルい。私も欲しい。そうしたら挟んで叩いて……あとはまた教えてもらう。
それはいい。あとで大きくする方法を聞けばいい。
ただどうして今日はみんな“嘘”を言い合っているのか良く分からない。
彼はいつも通りだ。『覚悟しろレニーラ! お前を舞台に上げて全力で踊らせてやる! 俺にお前の全力を見せてみろよ! 少しでも手を抜こうものなら、あの我が儘娘にはノイエに鍛えられた僕の実力を遺憾なく発揮してやる!』と叫んでいる。
言葉の意味は分からない。何故か朱色の姉が羨ましく思えた。
ノイエとしては朱色のお姉ちゃんの踊りは見たい。凄く見たい。
だってみんなが言っていた。奇麗だと思って見ていた姉の踊りはもっともっと凄いのだと。
見たい。お姉ちゃんの踊りを見たい。彼が手伝ってと“言って”いるから手伝う。そうしたら見れる。見たい。
ただ彼の周りは嘘ばかりだ。みんなが嘘を言っている。良く分からない。
「ん~」
首を傾げてノイエは埃を踏む。
上空で状態を維持しつつ……ゾクッと背筋に冷たい物が走り、ノイエは視線を巡らせた。
正面から見つめ合った。あの難しい人だ。難しい人がこっちを見ている。
口が動く度に『ノイエちゃ~ん。お義母さんの所にいらっしゃ~い』という“声”が聞こえる。
行きたくない。あの人は色々と難しい。難しいはずだ。難しいって何だろう? 良く分からない。本当に言葉は難しい。だから難しいって何だろう?
言いようの無い恐怖から思考がループし、ノイエはしばらくフリーズする。
それでもちゃんと足踏みを続けて状態の維持に努めた。
『来なさい。ノイエ』
「いや」
言葉を口にしてノイエは拒絶する。
ガクッと難しい人が床に崩れ落ちたが……やっぱりダメだ。あまり触れたくない。難しい。
「……お仕事」
現実逃避から仕事に戻ることを選択したノイエは、また空を蹴って移動を開始した。
ユニバンス王国・王城内大浴場
燃え尽きた3人が湯船の中に浮かんでいた。
「良い戦いだったわ」
「です~」
「……」
どこの何が良い戦いだったのか分からなかったが、ヒリヒリとする胸を庇いながらリグは湯船の中で立ち上がる。片腕で下から両方を支えるように持ち上げると、いつも通りこぼれ落ちる。
本当に大きくて重くて邪魔だ。
視線を感じた。嫌な気配の物だ。
「なに?」
「「やっぱりお前は敵だ~(です~)」」
たわわな存在に憤慨した2人がまた飛び掛かって来て……リグたちは湯船の中に沈んでいった。
ユニバンス王国・王城内尖塔
「もう本当にノイエったら……お母さんを弄ぶ悪い子なんだから……」
ラインリアはいじいじと指先で床の石を抉っていく。
本気を出せば瞬く間に貫通するが、今は抉る程度で我慢する。
それをぼんやりと眺めるミネルバは、大きく息を吐いてから衝立の奥から姿を現した。
「ラインリア様。取り乱してしまい申し訳ございません」
「あら~。もう大丈夫なの?」
「はい」
取り乱し尖塔から飛び降りようとし、結果転がり落ちそうになったミネルバを、ラインリアが片腕で引き戻してくれた。
その際に服が破れてしまい、控えていたメイドに替えを持って来て貰った。
準備して貰ったメイド服に着替え直したミネルバは、頭の上のカチューシャを正す。
カチューシャは主人から頂いた大切な物だ。
一つだと替えが利かないと気付いた主人が複数用意してくれた。だから日々交代で使用している。仕事で使い寝る時は枕の傍に置いて居る。何となく体が火照る時はカチューシャを抱いて落ち着くまで過ごす。落ち着かない場合は翌日の洗濯にカチューシャが加わることもある。
主人から頂いた大切なカチューシャなのだ。
キリッと一人前のメイドに戻り、ミネルバは立ち上がり椅子に座ったラインリアを見た。
普段から何を考えているのか分からない人だが、今日は本当に良く分からない。
師であるスィークの命令が無ければ、前王妃である彼女がお忍びでこの場所に訪れているなど気づきもしなかった。
「ん~。嫌な話よね」
「……」
独り言なのか質問なのか分からない。だからミネルバは沈黙する。
「ねえミネルバ」
「はい。ラインリア様」
「どうして人って嘘を吐くのかしらね?」
「嘘……ですか?」
唐突な質問にミネルバは思考する。
師に拾われてから必死に色々と学んだ。学ばなければ生き残れない場所だったこともある。
学び……師であるスィークからは合格点を貰っている。だがそれでも相手の質問に対する答えがミネルバには思いつかない。
だから視点を変える。
自分がどんな時に嘘を吐くか……それは主人であるポーラを守る時だ。
「私はポーラ様の為であれば迷うことなく嘘を吐きます」
「それはどうして?」
「はい。主人を守りたいからです」
「つまり相手の為に自分が傷つくと?」
「……はい」
自分が傷つくぐらいで主人が救えるのなら何も迷わない。
ただラインリアは苦しそうな笑みを浮かべた。
「貴女もやっぱりスィークの弟子なのね」
「はい。私は先生の弟子です」
「そうね」
顔を、視線を、遠くに向けてラインリアは笑う。寂しそうに、苦しそうにだ。
「だからスィークも同じことをする。本当に馬鹿なんだから」
分かっている。彼女が最後に“主人”より受けた命令は『王妃ラインリアを守り抜くこと』なのだ。故に彼女はそれを実行し続けている。
どれほどの対価を支払うことになったとしてもスィークは己が信念を決して曲げない。
「ヒルスイット家ね……」
囁きラインリアは深く息を吐いた。
「今更そんな名前が出てくるだなんて……言い出したのは誰かしら? 見つけたら絶対に許さないんだから」
ユニバンス王国・王城内国王政務室
「クシュンッ!」
「風邪かアルグスタ? この時期の風邪は長引くと言うぞ?」
「あ~。何か鼻がムズムズとしまして……誰か噂でもしているのかな?」
「何だそれは?」
この世界にはその手の話は無いらしい。
「昔居た場所だと、誰かが噂をしているとクシャミが出るって言うのがありまして」
「増々分からんな」
真面目な話をして居る最中に、あの馬鹿な子はリグを連れてどこに行った? この城の貧乳同盟が行きそうな場所は……大浴場辺りか?
チビ姫には後で説明すると言うことで、陛下と一気に話を詰める。
舞台の担当は僕だ。こっちに関してはチビ姫の意見など聞かん。何か言おうものならアイツの白い尻が真っ赤になるまで躾けてやるまでだ。
「で、馬鹿兄貴が戻ってこないですな」
あの馬鹿は叔母様に対し宣戦布告でもしたのか?
いい加減にしないと本当にちょん切られるよ?
まあ実際この場にあれが居た所で役には立たない。基本茶々入れ係だ。
「スィークの相手をしているのだろう」
「命知らずな」
「そう言うな。あれでもこの国を思う気持ちであれば我ら兄弟の中で一番かもしれん」
「あれが?」
フレアさんの時のことをちゃんと覚えていますか? あの馬鹿がこの国を思っているとか……少なくとも僕よりかは忠実か。
僕が一番守りたいのは家族だしね。うん。必要に応じて国だって守ります。
「ただ今回はヒルスイット家の件を調査していると聞いている」
「……」
それって僕が頼んだ一件ですかね?
「陛下」
「何だ?」
サラサラと書類にサインをしたお兄様が顔を上げる。
「その家って何かしたんですか?」
「……そうか。アルグスタは知らないか」
はい知りません。自分異世界人ですから。
「ヒルスイット家は王家打倒を志し処刑された貴族である」
「……」
あちゃ~。ノイエさんノイエさん? 貴女は血筋から問題を抱えている子なのですか? 僕を追い込んで楽しんでいますか?
だが絶対に屈しない。僕はノイエの全てを受け入れて愛すると誓ってますから。
「そしてスィークの生家でもある」
ごめんノイエ。僕の中で何かが途切れそうになったよ!
~あとがき~
各所で過去を語る…それを繋げてストーリーを展開する。
前からやってみたくて技術的に避けていた手法に挑戦!
そして遂に明かされたヒルスイット家の謎…はい。スィークの生家ですが何か? ラインリアの生家だと思った? そう思うように誘導で来てたらいいな~。
にしても…大浴場組は平和だな。本当にw
(C) 2021 甲斐八雲
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