一族の秘儀よ
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
これは戦略的撤退であって決して逃げているわけではない。
ブンブンと腕を振りの回して僕を追いかけて来る巨躯の亡者から……あら? 気づけば数が増えた?
足が遅いから逃げられ続けられるけど。
腐ったドラゴンゾンビが多数合流して僕を追い回すのです。
だから全力で逃げ……撤退です。義姉の前で情けない姿は見せられないのです。
「アルグ様」
「ノイエ~」
僕を呼ぶ声に足の向きを変える。
全力で彼女が居る方に向かうと、何故かノイエがやる気を失った感じで右腕をグルグルと回していた。
「殴る」
「あぶっ」
瞬間移動じみた動きでノイエが僕の真横に拳を放った。
追いかけて来ていたドラゴンゾンビの胴体に大穴が!
「違う」
「何が?」
ただ大穴が開いてもドラゴンは動く。
慌てて撤退を再開した僕の横を、ノイエが軽い足取りで並びながら握った右の拳を見つめていた。
「もっとこう……パン?」
「頑張れノイエ~!」
パンが食べたいなら後でたくさん食べさせてあげる。
何ならパンが無ければケーキを食べても良い。
「お肉」
「牛一頭準備しましょう」
「ならもう一回」
やる気が復活したらしいノイエが振り向きざまに拳を振るう。
今度は頭部が吹っ飛んで……頭が無くても追っかけて来る理論の説明を求む!
「違う」
「何が?」
「こう……ドン?」
丼物が食べたいならまずはイネ科の植物を捜索することから始めようか?
この世界にお米ってモミジさんの故郷で少しだけ取れるぐらいっぽいんだよな~。地産地消で外部に流通してないっぽいけど。
「何がしたいの? ノイエ?」
「おまじない?」
答えが疑問形なのはいつものことだけど、今日は保護者が居ますので!
「義姉~!」
抗議を込めて向かう先を待機している義姉たちへと向けた。
「巻き込まないでくれる?」
「だったら妹が何したいのか説明求む」
「全く……」
僕らに合流して一緒に逃げ……撤退を開始した姉が、横で首を傾げる妹に目を向けた。
「ノイエ」
「はい」
「殴る時に足は?」
「分かった」
何かを悟ったらしいノイエが振り向きざまに拳を放つ。
ドラゴンの頭部が首から引き千切れて、逃げずに隠れていたユーリカの傍で爆散した。
『きゃ~』とか悲鳴を上げているユーリカも女性らしい部分が残って居たっぽい。
「違う」
「……完全に忘れてるでしょう?」
「大丈夫。そろそろ出来る」
頑固な一面をフルで発揮し、ノイエがまた拳を振るう。
何がしたいのでしょうか? この姉妹は?
「もっと腕を捩じって」
「はい」
「もっと小さく鋭く」
「はい」
「足は常に大地を掴んで」
「掴めない」
「気持ちよ気持ち」
姉の教えで拳を振るい続けるノイエ。
ただその教育が思いっきり感覚的な何かに見えるのは僕の錯覚だろうか?
「だからもっとこう、グッて感じで」
「こう?」
「そうじゃ無くて、こうググッて感じ」
「難しい」
うん。分かるよノイエ。
身振り手振りとその内容だけで全部を把握したら、僕はノイエを尊敬する。
「何か私の教え方が悪いって聞こえるんだけど?」
「迂回しつつも全力でそう思ってますが?」
「……あとで絶対に殴る」
新たなる殺意が増えたので撤退を継続する。
何よりドラゴンゾンビが増えすぎだろう? どれほど数が実体化したんだ?
「お姉ちゃん」
「何かしら?」
「教えるの……下手」
ガチっと凍り付いた義姉がそのまま急停止する。
ってばかぁ~! ここで止まったらドラゴンゾンビに轢かれてミンチになっちゃうから!
慌てて彼女を担ぎ上げて……意外と重いんですけど? あと胸とお尻が良い感じで、とても良い感じなんですけど?
「アルグ様」
「ふぁい!」
また撤退を再開した僕にノイエが冷たい目を向けて来る。
「今夜は寝させない」
「君はいつも寝させてくれないよね?」
「大丈夫。今日は本気出す」
「いつものが本気じゃなかったの? 僕の何かが枯渇するから!」
「平気」
「……その心は?」
「出なくても出来る」
何がでしょうか!
色々な恐怖に苛まれつつも癒しを求めて担いだ義姉のお尻を撫でる。
安産型の素晴らしいお尻です。
今ならパパンの言葉が理解できそうだ。女性はお尻なのかもしれない。
「アルグ様」
「ふぁい」
「椅子にするから」
誰の何を椅子にするのでしょうか?
こちらを見ているノイエさんの気配が危ないのです。
普段の彼女なら『一緒に』とか言うはずが、実の姉が相手だと普段の積極性は失せるのですか?
「むっ」
「どうした?」
一緒に走るノイエの表情が変わった。
無表情のままだけど、僕の目から見れば明らかに雰囲気が変わった。
「呼吸」
「はい」
少し唇を尖らせノイエが鋭く息を吸う。ピィーっと音がするほどに鋭く。
そして振り向きざまに放った拳は、ドラゴンの頭部を捕らえて粉砕する。
パーンっという音が響いて頭部を失ったドラゴンが、ゆっくりと倒れ後続の仲間たちに踏まれていった。
「どう?」
「良く分からないけど凄いぞノイエ!」
「はい」
嬉しそうにアホ毛を振ってノイエがまた一緒に駆けだす。
あの~ノイエさん? 何故一緒に? ここは立ち止まってちょっと頑張るところでは?
「アルグ様」
「はい?」
「疲れるから嫌」
「思いっきり本音が駄々洩れしたな!」
「楽は大切」
「分かるけど~!」
普段僕が言ってる言葉を言わないで!
ってまさか僕が普段言っているからノイエが真似をして? そんな馬鹿なっ!
「ノイエ~」
「はい」
「ノイエはやれば出来る子だよね!」
信じています。僕は貴女を信じています。
ノイエは普段からやれる子だって信じていますから!
「……アルグ様」
「何だいノイエ?」
「無理もある」
悟った感じで哲学しないで~!
お願いだからノイエ。結構この担いでいる荷物が重いんです。
具体的には人一人分? 捨てていい? そろそろ僕の体力と気力も限界です。
「アルグ様」
「なに?」
「お姉ちゃん起きてる」
「……今までの言葉は全て秘書の発言ですから!」
だが許されるわけもなく脇腹を殴られて足が止まる。
サッと立ち上がった義姉が、僕に対してとても冷ややかな目を向けて来た。
「何かその股にぶら下げている物を完全破壊した方が良さそうね?」
「どっちを!」
「2つある方?」
「それが無くなるとドラグナイト家が滅びますから~!」
痛むわき腹に目を回しつつも僕らはまた駆けだす。
延々と校庭を走るかのように円を描きつつ走る僕らは……いつまでこのマラソンを続けるのでしょうか?
「ノイエ」
「はい」
「お願いだから真面目に!」
「はい」
心の底からお願いしたら一緒に走るノイエが足を止めた。
静かに立ち尽くし迫りくるドラゴンたちを前にしても狼狽えたりしない。
そっと拳を握ると……彼女の姿が消えた。
「今となればノイエを守るために鍛えていた自分が馬鹿らしく思えるわね」
同じように足を止めた義姉が苦笑する。
さっきまでの攻撃と違いノイエの拳が確実にドラゴンゾンビたちの動きを止める。
「あれって何なんですか?」
「一族の秘儀よ」
静かに語りながら彼女は軽く乱れた髪を手櫛で整える。
「良く分からないのだけれど『正しい流れ』って言うのかしら? 宙に、地面に、あらゆる場所を流れる力を引き出して、あんな風に正しくない流れの中に存在する物を消滅させることが出来るのよ。悪しき存在だったり幽霊だったりにしか使えないけれど」
「へ~」
つまりはゴーストバスターな感じかな?
「ノイエは才能が有り余っているのだけど不器用だから……あんな風に殴ることしかできないんだけど」
「たぶん義姉さんに憧れて真似した方に賭けておきます」
「……何よそれ?」
苦笑しながらも彼女の表情は柔らかい。
「本来ならこの周辺すべてに力を広げて……そうか。本当に馬鹿な子よね」
「でもそれがノイエの優しさで可愛い所ですけどね」
「言ってなさいよ全く」
少し拗ねて義姉が苦笑する。
義姉の言う通りの使い方をすればノイエが大切に思っている存在が2人も消えてしまう。それが分かっているからノイエは使わない。どんなに疲れることになっても拳を振るう。
「で、義弟君?」
「はい?」
「私のお尻を散々撫で回した無礼に対する謝罪はいつ聞けるのかしら?」
どうやら僕の全力謝罪を見せる時が来たようだな。
~あとがき~
戦略的撤退を繰り返すアルグスタにノイエが合流。
彼女は一族の秘儀を…どうにか思い出したのですw
本当なら周辺を全て包んで滅する疲れる方法もありますが、それを嫌うノイエはもっと疲れる方法を選択して殴り飛ばします。
で、この主人公は…やりたい放題だな?
(C) 2021 甲斐八雲
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