面倒なのでお早くどうぞ
ユニバンス王国・王都内下町
「暗殺者ではないみたいですね?」
「そウ言ウお前ハ本当にメイドか?」
「失礼です。この格好が分かりませんか?」
「……こノ国ノ暗殺者ノ衣装カ」
フッと目の前に居たメイドが消え、レミーは頭を下げてその攻撃を回避した。
一瞬で間合いを詰めて来たメイドが迷うことなく拳を放ってきたのだ。
その威力は、顔に受ければ首から上が全て木っ端微塵となりそうに思える。
「本当に失礼ですね。私ほどメイドらしいメイドを前にして」
間合いを取り直しミネルバは軽くスカートの埃を払う。
余裕にも見える行動だが実際は微塵の余裕などない。相手が思いの外強いのだ。
「それほどの腕があるのなら士官などいくらでも出来たでしょうに? 何故暗殺者など?」
答えなど無いと思っていた。けれどレミーは自分の口を開いた。
「……私ハ失敗しタのダ」
「失敗?」
「そウだ」
短剣を構え自分を人形と呼ぶ存在は身構えた。
「やってるみたいだねぇ~」
ふらりと姿を現した存在に対し、一瞬その場に居る全員の視線が向けられ元に戻る。
あからさまな様子にティナーは苦笑した。
ノイエの視界には……夫の顔が映っている。
今は彼女は食事中なのか、夫の横でパンを食べていた。
「シュシュ~。ズルいぞ~」
「あは~。早い者~勝ち~だぞ~」
レニーラとシュシュは何故かじゃれ合い追いかけっこをしていた。
歌姫は床に座り、その足を枕にしているのリグだ。そして珍しい存在が横になって寝ている。
「エウリンカって存在していたんだねぇ~」
「……酷い言われような気がするね」
「それほど珍しいってことだねぇ~」
苦笑しながら顔を向けて来たのは本当に珍しい人物だ。
ティナーとしてはこの魔眼に入ってから初めて見た気がするほどだ。
「ねえティナー」
「何かなぁ~?」
歌姫であるセシリーンの問いに、ティナーは顔を向けた。
肌の面積が多くなった服と言うか下着のような物を着ているリグは、やはり小さいのに大きかった。どうしたらあれほど大きい物が胸に生じるのか聞きたくなる。
「私を見てる?」
「少し余所見をしていたねぇ~」
事実を認めティナーは改めて歌姫の顔を見た。
「一つ聞きたいのだけれど良いかしら?」
「……外の話かなぁ~?」
「ええ。そうよ」
ニコリと笑う歌姫の様子にティナーは頭を掻いた。
「つまらない話だよ。本当にねぇ~」
「でも聞かせてちょうだい」
「……分かったよぉ~」
通路の邪魔にならないようにと場所を移し、床に座ったティナーは外の様子に目を向けた。
「ヤーンの一族はネクロマンサーと呼ばれている。そして異世界の魔法を使うんだよぉ~」
共和国の北側。大陸の北に存在する諸国連合には属さない場所に彼らは隠れ住んでいる。
異世界と呼ばれる場所からこちらの世界に呼び出され、生きるために自分たちの魔法を切り売りした。結果として傭兵として扱われるようになり多額の報酬を得た。
けれどヤーンの一族は広く知られていない。その理由は簡単だ。
「私たちの魔法……ゾンビパウダーは主原料が術者の肉体なんだよぉ~」
自分の血肉を触媒に霊体となっている者に血肉を与えて亡者とする。身一つで何処へでも行って破壊の限りを尽くすことのできるこの魔法は権力者たちから求められ……そして嫌われた。
血肉を与えられた亡者たちをコントロールする方法が無いのだ。
肉体を得たそれらは群れを成して生者を襲う。
襲い続け、自分の体が腐り維持できなくなるまで破壊し続ける。
制圧するべき土地が不毛の土地となってしまうのだ。だから嫌われた。
召喚された当初は重宝されたが、次第に嫌われ大陸の隅へと追いやられたのだ。
何度か捲土重来とばかりに行動を起こしたことはある。ただ行動を起こすたびに問題が生じる。特殊な術が仇になるのだ。
一族の秘術のおかげでヤーンの一族は大きく繫栄することが出来ない。大小に関わらず仕事を受ければ、身内から必ず欠落者が生じるからだ。
それは最早呪いとも呼べた。
こっそりと隠れるように過ごす彼らの中に、1人の天才が生まれ出でた。
彼は問題を解決するために行動を起こした。
孤児を集め……その子供たちを道具として育てて使い捨てにする方法だ。
ゾンビパウダーと呼ばれる魔法ですら邪法の類なのにもかかわらず、一族と関係のない少年少女を道具とする禁忌を恐れない行動に耐えられない者が出始める。
一族内で何でも話し合いとなり、殴り合いとなり、殺し合いとなった。
男は自分の道具たちを支配し、主人と呼ばせることで支配し一族の者たちと争い続けた。
「私のお爺様はそんな身内の殺し合いが嫌になって逃げだしたんだよぉ~」
逃げて逃げて逃げ続け……ユニバンスへとたどり着いたのだと言う。
「だから私は今回だけは手伝うって決めたんだぁ~」
「それはどうしてかしら?」
ティナーの声にセシリーンは質問した。
彼女はノイエを可愛がってはいたが、溺愛していたかと言われると首を傾げる。
他の姉たちが常軌を逸した愛情を注いでいたせいもあるかもしれないが、それでもティナーが“妹”の為に行動を起こすとは思えない。
彼女は早々にこの場から消えることを望んでいたのだから。
歌姫に顔を向け、ティナーは苦笑した。
「思い出したんだよぉ~」
「何を?」
「お爺様の遺言だねぇ~」
「それは?」
「言えないよぉ~」
そう告げてティナーはドカリと床に腰かけた。
「必要になったら動くからぁ~」
軽く手を上げヒラヒラと振ると、口を閉じてノイエの視界を眺めだす。
やる気を感じさせない相手に呆れ、セシリーンはこれ以上の会話を素直に諦めた。
ユニバンス王国・王都内下町
「道具として集められたからその役目を果たすと言うのですか?」
「そウ」
相手の言葉を聞き、ミネルバは……その目を人形を自称する相手に向けた。
侮蔑を含む冷ややかな目を。
「何ダ。そノ目ハ?」
「失礼。余りにも愚かで馬鹿らしい話でしたので」
「馬鹿らしイ?」
「はい」
軽く鼻で笑いミネルバは構えを解いた。
「つまり貴女たちは道具として生きていくことに満足しその生き方を受け入れたのです。代償……ではなく対価として人を捨てることを受け入れて。その行いを愚かと言わなくて何を愚かと言いましょうか?」
「……黙レ」
「黙りません。愚かな者にははっきりと言って教えないと理解しない……それが私の先生の言葉です。それを告げて理解できないほど愚かならば、全力で殴り飛ばして分からせろとも言われましたが」
「黙レ」
「黙りません。何よりどうして人を捨てた愚かな道具の言葉を聞かなければいけないのでしょうか?」
ニヤリと笑いミネルバは正面の“人形”を見た。
「木偶の類が偉そうに人の言葉を使わないで欲しいですね」
「黙レ!」
地を蹴りレミーは一瞬で相手との間合いを詰める。
けれどミネルバはそれをあっさりと回避した。
「先ほどまでと違い動きに迷いが生じましたか? 道具でしたら狂いと言うべきでしょうか?」
「煩イ」
「それは失礼を」
鼻で笑いミネルバは軽く欠伸をする。
「今朝は早くからの仕事で少々眠くて。何より私の主人より命じられている……仕事自体は簡単なので問題はありませんね。ただ目の前の道具を壊せばいいのですから」
「……」
改めて構えた人形に対し、ミネルバは軽く両手を左右に広げる。
「面倒なのでお早くどうぞ」
「もウ勝ッタつモりか?」
「はい。道具などに負けるほど簡単な修行を受けておりませんので」
軽くスカートを摘まみミネルバは頭を下げる。何処か相手を小馬鹿にするような動作でだ。
「それに私は先生から徹底的に叩き込まれたことがあります」
顔を上げミネルバは相手を見る。
一歩間違えば自分が歩んでいたかもしれない存在をだ。
「人として生きることをです。道具にならず、人として生きることをです」
それは師である人物に徹底的に叩き込まれた生き方だ。
『人殺しの道具になるのはただの自棄です』と言われ、殺されかけながらもミネルバが学んだことだった。
~あとがき~
ミネルバとレミーの戦いは佳境へと。
ティナーは今回だけノイエたちの手伝いを申し出ました。
それはあくまで祖父の遺言を実行するために。
ミネルバはスィークから徹底的に叩き込まれました。
人であることを。道具にならないことを…
(C) 2021 甲斐八雲
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