娼婦にでも身を落としたのかと

「おや?」


 猫可愛がりされているノイエから視線を窓の外に向けたら気づいた。

 王城へとやって来た僕らの馬車を物々しい人たちが取り囲むというか、左右に張り付いたのだ。

 鎧に付けられている紋章や形状からして近衛の正規兵だ。精鋭と呼ばれる体力ゴリラたちだね。


「私が怖いようね」

「というか先生が乗っているのは秘密なんですけどね」

「ならあっちに物々しく警備したい人物が居るんでしょう」


 クスリと笑い先生がノイエに起きるように促す。だがウチのお嫁さんを舐めるな。ガシッとアイルローゼの足に抱き着いて離れる気配は微塵もない。


「ノイエ? ちょっとどこに手を回しているの? 止めなさい?」

「嫌。この枕いい」

「良いってそこは……んっ! んんっ!」


 必死に枕に抱き着くノイエさんが、先生の先生な場所を触れているらしい。


 紳士な僕は目を向けたりしない。そっと視線を外して耳に対して全力集中だ。

 声だけでもご飯が美味しく食べられそうな気がします!


「ダメ……。もうっ!」

「む~」


 どうやら引き剥がしに成功したらしい先生とノイエの不満げな声が聞こえて来た。

 もう少し頑張って欲しかったぞノイエ。艶めかしい先生の声とか超レアだからな。


 ゆっくりと近衛騎士たちの案内を受け移動する馬車は中庭の一角で停止した。

 スッとポーラが立ち上がると戸を開いて外に出る。


「どうぞ。にいさま。ねえさま」

「おっおう」


 妹が安全確認のためにと最初に馬車から出るってどうなの? 絶対に間違っているのに護衛としては満点とか……あの叔母様はポーラをどう育てたいのか聞きたいです。

 ただ実際に聞いたら『最強の~』とか言い出しそうで怖い。


 まずは僕が馬車から降りてそっと入り口に手を差し出す。ノイエがその手を取ってフワっと馬車から飛び降りる。

 色々と残念な所作だけど元気で美人なノイエなら映えるから許す。


 地面に立った僕らに対して近衛の人たちは列を作り待機状態だ。

 と、左右に分かれ人垣から馬鹿兄貴が姿を現した。


「今日ぐらいは連絡を寄こせ」

「だが無理だ。こっちもドラゴン退治をしてからという流動的な流れだからだ」

「確かにな」


 やれやれと頭を掻く馬鹿兄貴の背後からメイドさんが1人姿を現す。言わずもがなフレアさんだ。

 エクレアの授乳が終わるまで産休のはずなのに……本当に不幸が向こうから寄って来る体質だな。


「赤ちゃん」

「今日はお屋敷の方です。ノイエ様」

「……」


 こらこらノイエ。馬車に戻ろうとしないの。

 さては元気に飛び出してきたのはエクレアを抱けると思ったからか?


「それでメイド長と一緒に行けばいいの?」

「そんなわけないだろう?」

「ですよね~」


 と、軽口を叩く僕の視界が一瞬グラッと揺れた。

 左膝の力も抜けかけ崩れ落ちそうになったけれど、サッとノイエが支えてくれたから問題は無い。


「……」

「大丈夫だよノイエ」


 やんわりとノイエのアホ毛が攻撃的に震えだしたから、そっと頭を撫でて暴走を止める。

 本当に殴りでもしたら……全ての罪は馬鹿兄貴に押し付けよう。


「ほほう。この魔法を堪えるとは……なかなか王家の血を引く者も侮れないご様子で」

「あまり遊ばないでくれますか? ウチのお嫁さんは冗談が通じない時があるんで」

「それはそれは……もっとも有名なドラゴンスレイヤーに敵対するつもりはありませんぞ」


 馬鹿兄貴の隣、フレアさんとは逆の方からそれは姿を現す。

 何と言うか視界に入っているのに姿を認識できない。全体的にモザイクと言うか、人型の液体が歩いているような何とも言えない感じだ。


「ですがこれはお見えにならないと?」

「無理ですね。だけど気をつけた方が良いですよ」

「何がでしょうか?」


 警告は必要ないかな?


 楽し気な老人の声に対して馬車の中から鈴の音のような声が朗々と響く。

 淀みなく躊躇の無い魔法語に、フレアさんが目を見開いて震えだした。


「偽りを消せ。『真実』」


 力強い言葉に人型の何かがはっきりと姿を現す。

 ローブ姿の老人だ。ただしその顔には驚愕の表情が浮かんでいた。


「僕が魔道具の鑑定を出来る者を連れずに来ると思いましたか?」


 まだ暴れる可能性のあるノイエを腕に抱き着かせ、もう片方の腕を動かしを馬車の入口へと手を差し出す。

 少し冷たく感じる手が置かれ……黒と赤の二色で形作られているような美人が静かに馬車の外へと出た。


 どれほど訓練を受けている近衛の騎士たちでもその姿を見て震えだす。

 術式の魔女は、この国において天才と死の象徴だ。


「……アイルローゼか?」


 どうにか立ち直ったらしい馬鹿兄貴が引き攣った顔で言葉を絞り出した。


「ええ。王弟閣下」


 クスリと笑いアイルローゼは軽く、スカートというか一応スカートを摘まんで頭を下げる。


「術式の魔女アイルローゼ……今回はアルグスタ様の配慮により同行させていただきます」


 先生ってこんな風に挨拶とか出来たんだな。

 というか馬鹿兄貴の斜め後ろに居る2人が……なんであんなに血の気の無い顔をしているのか僕としてはそっちの理由を聞きたいです。




『シュニット王とお会いできなかったのが残念です。宜しくお伝えください』とか挨拶をして先生はさっさと馬車の中に戻る。

 それに続いてノイエも馬車の中に戻るので、僕としては厄介ごとを押し付けられるいつもの構図だ。


「バローズ様。それとメイド長……僕は魔法学院内のことは不慣れですので、本日はご案内のほどよろしくお願いします」

「「……」」


 少し皮肉っぽくなってしまったが、本心からそう言った。


 前回の時はシュシュがフワフワとしながら一応案内してくれた。ただ自分が見たかった場所を回っていた気もするけれど案内はされた。

 今回の案内先は知る人ぞ知る魔法学院の地下だ。ちゃんとした案内役が居た方が助かる。


「では御二人ともこちらに」


 スッと乗車を促すとバローズ氏とフレアさんはガチガチに緊張しながら乗り込んだ。

 何故ここまで緊張しているのだろうか? あれほど会いたがっていた先生を連れて来たのだ。感謝こそされてもこのリアクションは想定外だ。


「では近衛団長様。終わったらまたお城の方に寄らせていただきます」

「……それで頼む」


 と、ガシガシと頭を掻いた馬鹿が近づいて来た。


「呼ぶなら呼ぶと言っておけ」

「向こうの気分次第なんで」

「……ったく。あとで兄貴を挟んで話し合いだからな」

「へいへい」


 肩を竦めて逃げるように僕も馬車に乗る。

 最後にポーラが乗って扉を閉めると、馬車は静かに移動を開始した。




 向かい合う形で僕らは座っていた。

 こちらは僕と真ん中にアイルローゼ。その隣にノイエだ。

 一応今回の中心人物というか、向かい側に座る人たちが会いたかったのであろう人物を真ん中に据えてみた。


 対するという言い方も変だけど、反対側にはバローズさんを真ん中に左右をメイド……フレアさんとポーラが座っている。

 ただし2人はまだ緊張しているのか変な汗をかいている。


「それで私に会いたがっていたようだけど……何か用かしら? 元学院長」


 最初に口を開いたのはアイルローゼだ。悠然と足を組んで相手が元師匠でも関係ないらしい。


「ああ」


 引き攣った様子でバローズさんも口を開くと、何故か懐からハンカチを取り出した。

 額の汗でも拭くのかと思ったら……そっと目頭を押さえた。


「すまなかったなアイルローゼ。否、我が弟子よ」

「……何かしら?」


 相手の反応に戸惑った先生が上ずった声を発する。


「お前がそんな恰好をして……そこまで苦労しているとは知らなかった」

「……」

「最初見た時はお前が娼婦にでも身を落としたのかと思ってな。何も言えなかった。本当にすまん。許してくれ」

「……そう」


 底冷えのする先生の返事に、僕とノイエがほぼ同時に先生の腕に抱き着いて彼女が立ち上がるのを阻止したのは言うまでもない。

 確かに足を出しすぎているから……そんな風に見られても仕方ないよね。うん。




~あとがき~


バローズ 《アイルローゼが、あのアイルローゼがあのような格好を…何たる不憫。私は弟子に対しこんなにも苦労を押し付けてしまったのか》

フレア 《これは悪い夢です。先生がこんな格好をするわけがありません。あんな娼婦のような格好をするだなんて…悪い夢です》


 フリーズした2人の心情でしたw


 ことが済んだらまたお城に寄ると言うのは…まあ対応を丸投げするアルグスタの悪い癖ですね




(C) 2021 甲斐八雲

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