せんぱい。しょうぶです!
時は来た。
今日の為に死人に鞭打ち……コリーさんにお願いしてあの衣装を完成させた。
彼女は頑張ってくれた。完全に燃え尽きバックヤードの服の中で満足げな笑みを浮かべて埋もれていったらしいけど。
介抱は弟さんに任せたからそのうち生き返るでしょう。たぶん。
「にいさま?」
「うむ」
ハンガーで吊るした先生用の衣装を見るポーラの目が切なげだ。特にスカートのスリット部分に手を伸ばしては、ヒラヒラと捲ってから自分の足をメイド服越しに見ている。
足を見せることに特化している先生の服だからそのスリットは仕方ないのだ。必要なのだ。
問題はこれほど足を見せる服をあの先生が素直に着るだろうか?
どうにかするのが僕の仕事らしいがぶっちゃけ無理ゲーだと理解している。頑張っても叶えられない夢もあるんだな。
「さてポーラ」
「はい」
「その服を鞄にしまって外出の準備を」
「……かしこまりました」
メイドらしく一礼してポーラがテキパキと服を畳んで鞄に収める。
「できました」
「良し。なら行くよ~」
「はい」
まずはお仕事からだ。
本日は久しぶりに現場仕事だ。
現場にはよく出ている気がするが、僕が対ドラゴン戦をするなんていつ以来だろう?
いつかのなんちゃってドラゴン戦を抜きにすると……結構前だな。
遠方でノイエが跳ねてはドラゴンを殴り飛ばしている様子が見えるけれど、あくまであれは王都から遠い場所のドラゴンだ。近場のドラゴンは同族を食らう習性の元、良い感じで焼かれているドラゴンの丸焼きを餌に呼び寄せている。
ワラワラとはいかないまでもそれなりの数が集まって来た。
「普通……魔法学院に行くからってこんなことをしますか?」
「するよ。僕は目的の為なら手段を選びません」
キリッとポーズを決めた。
呆れ果てた様子でルッテが黙って僕に矢筒を突き出してくる。
これこれ部下よ。それが上司に向ける動作かね?
「婚約者が出来ると態度も身長も胸も大きくなるらしいな。揉まれて育ったかね?」
「もまっ……彼とはまだそんなことなんかしてませんからっ! 私たちはとっても清い交際をしているんです!」
弓を脇に抱えて顔を真っ赤にしたルッテが胸をガードした。
「何処に行っても『昨日はしたのか?』とか『子供はまだか?』とか『胸がまた大きくなった?』とかそんなことばかり!」
「おっおう」
ルッテの圧に一歩下がった。
魂の叫びを聞いた。と言うか内容はセクハラだけど。
「私たちはまだ結婚してないんですから、そんなことをするわけないじゃないですかっ!」
大絶叫だ。ルッテらしくないほど大きな声を張り上げ……少し離れた場所でドラゴンを切り捨てたモミジさんが胸を押さえて蹲った。
ルッテさんや? 人それぞれだと僕は思うぞ?
「盛った犬じゃないんですから、もっとこう2人の時間を大切にするべきなんです!」
「具体的に?」
「……2人で王都の広場で手を繋いでお散歩とか?」
体は超大人なのに恋愛感覚は超子供なのね。見なさいあっちの性欲の塊を。地面に対してピーンと直立不動な状態になってるよ? 自分の汚れを痛感したのかもね。
確かに清いけどそれで良いのか? メッツェ君?
彼としたら婚約までこぎつけたルッテを手放したくないんだろうな。何せあのエバーヘッケ家の後継ぎだしな。
「ところで相手の実家に挨拶は?」
「はい。今回の長雨で行きたかったんですけど……ミシュ先輩を近衛に奪われて長期休みが取れなかったんです。でも彼を私の家族に紹介したりして頑張りました」
「あっうん。頑張ったね」
つまりあの売れ残りは間接的に弟の何かを救ったわけか……ちょっと涙が出て来たよ。
受け取っていた矢筒に丸ごと祝福を与えて、何故か頬を赤くして『今日も帰ったら彼と屋台巡りをする約束なんです~』としているお花畑なルッテに差し出す。
「遊ぶ前に確りと働け」
「……いつも働いてるんですけどね」
ブーブーと文句を言いながら受け取った矢筒を腰に下げ、ルッテが軽く矢を弓に番えるとそれを放つ。適当に撃った感じなのに真っすぐ飛んだ矢がドラゴンの頭を粉砕していた。
とてもエグイ描写だ。モザイクがあっても放送できない酷さ加減だ。
「惨いわ~」
「誰の祝福ですか?」
「だからって頭を狙って脳しょうをブチ撒けるとかルッテの闇を感じるわ~」
「闇って何ですか!」
「その胸に蓄えたドロドロとした性欲交じりなヤツ?」
「ドロドロなんてしてませんからっ! 性欲交じりって何ですかっ!」
プンスカ怒りながらルッテは時折矢を番えてはそれを放つ。どれも頭を確実に捉えて脳しょうを散らす。
「ウチのポーラには見せられないわ~」
清く正しいポーラには、常に奇麗なお花畑を見ていて欲しいのです。兄として。
「アルグスタ様? あっちをちゃんと見てますか?」
現実を直視させるなこの巨乳。指をさすな。
「……モミジさんは凄いね~」
あっちと言われた方を見る。若干視線をずらして。
復活した性欲の権現たる高性能なのにその能力を全く生かせていないモミジさんが、一刀でドラゴンを切り伏せていた。
小型相手なら本当に敵無しだ。サムライガールといった感じでカッコイイでござる。
ただ悲しいことに視界に入ってしまった。
その横でウチの妹さんが真似してドラゴンを殴り飛ばそうとしているのだ。
銀色の棒を振りかざして小型ドラゴンに立ち向かおうとするのです。
流石にそのような暴挙は許されないのでミネルバさんがスッと移動しては、先にドラゴンの頭に蹴りを放って遠ざけている。
僕が現実逃避をしているわけではない。この国のメイドは何かがおかしいのだ。
「まあポーラは頑張り屋さんだしあの行動は仕方ないけど……ミネルバさんの蹴りはおかしくない? どうしたらドラゴンを躊躇なく蹴れるの?」
「あの怖いメイドさんに鍛えられれば……」
言いながらルッテはキョロキョロと辺りを見渡し、祝福まで使って何かを確認する。
気持ちは分かる。あの叔母様が自分の悪口を見逃すとは思えない。
ポーラが頑張りすぎるからモミジさん+ミネルバさんを配置して守ってもらっているのだけれど……やはりウチの妹は育成方針を間違っている気がして来たよ。
何もしないで深窓の令嬢っぽく引きこもるのも困るんだけどさ。
「それよりも、アイツは本当に仕事をしないな」
「あはは……もう慣れました」
慣れるなよ? 同じ副隊長なら注意しろよな。全く。
ノイエ小隊に左遷して来たイーリナは、ゴロゴロしながら本を読んでいる。
何処に居ても引きこもり体質の抜けない奴だ。
ただアイツが魔法を使う時はモミジさんの祝福と同じで最終手段な状況だとも言える。
ぶっちゃけここがピンチになったらノイエを呼べば解決だし、何より本日は僕も居るのだ。
「出番が無いのを理解しててのゴロゴロか。許せんな」
嫌がらせに石を投げたらゴロゴロと転がって回避しやがった。ムカつく奴だ。
「にいさま」
「どうした?」
イーリナで遊んでいたら泣き出しそうな顔をしたポーラがやって来た。
「せんぱいがじゃまをします」
「……」
ポーラの安全のためにドラゴンを蹴り飛ばしている人を邪魔者扱いとか。ふとポーラの背後に立つ彼女を見たら……死んだ魚のような目をしていた。
気持ちは分かる。貴女は間違っていない。
「違うぞポーラ」
「ちがう?」
「そう。違うのです」
ここでポーラの暴言を認めたらミネルバさんが可哀そうすぎる。
「ポーラがミネルバさんより遅いから攻撃が当たらないのです。つまりまだ修行が足らないのです」
「っ!」
目を見開いてポーラが慄いた。
適当に言ったんだけど、何となく当たりだったらしい。
「ミネルバさんよりも早く動けるようになったらドラゴンを殴れるのです」
「がんばります」
「頑張れ」
ギュッと銀色の棒を握りしめ、ポーラがやる気満々で背後に立つ先輩へと体を向けた。
「せんぱい。しょうぶです!」
「……手加減など一切しませんので」
「あたりまえです」
やる気を見せるポーラ以上に足取り軽くドラゴンを蹴り飛ばしに行くミネルバさん……まあ彼女が楽しそうだから良いんだろうけど。
「ルッテ~」
「はい?」
矢筒に矢を補充していたルッテがこっちを見る。
「とりあえず昼前から学院に行きたいんで、どこまで倒せばいいかザックリと判断してちょ」
「本当に難しいことを言う人ですね……」
ため息を吐きながらルッテが祝福を使い始めた。
~あとがき~
先生用の衣装が完成しました。結果コリーさんは燃え尽きましたw
ですが出来上がったのです。足見せ専用の魔女の服が。
学院に行くためにドラゴンを乱獲です。
ルッテは甘い感じに、モミジさんは性欲のままに…それぞれ進展しています。
一生懸命殴ろうとするポーラの邪魔をするミネルバさん。ポーラの為ならドラゴンだって迷わず蹴っちゃうミネルバさんは怖いもの知らずなのか?
(C) 2021 甲斐八雲
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