召喚の魔女の遺産があるのだよ
「……赤ちゃん?」
フルフルとベッドの上で頭を振って辺りを見渡したノイエが僕を見つめて来る。
結果として先生の行動は正しい。あのままエクレアが居たらノイエが抱きしめて手を離さなかっただろう。
けれど先生だったからあっさりと終わった。あっさり……まあそうしておこう。
「赤ちゃん?」
「またの機会にね」
「……」
ムスッと頬を膨らませたノイエの機嫌が悪くなる。
仕方ない。可愛いエクレアは母親が抱えて帰った。先生が書いた手紙と一緒にだ。
だがノイエは納得いかないらしい。もしかしてノイエの奴……エクレアなら抱いてても大丈夫だと学習したか? そんな訳はないはずだ。そうだろう?
「うおっ」
一瞬で目の前に移動して来たノイエに抱えられ僕はベッドに運ばれる。
「赤ちゃん」
分かってるよノイエ。エクレアが居ないなら自分で生むからって言いたいんだろう? このまま何回か搾られるんだろう?
安定の馬乗り状態なノイエを見上げる。
「作る」
「だろうね」
「だから」
「はい?」
気のせいか一瞬ノイエの目が怪しく光った気がする。
「今夜は眠らせない」
「絶対にホリーだろ!」
本当に眠らせてくれなかった。
「ホリーは~凄いぞ~」
「だね」
ようやく腹の穴が塞がったレニーラは、軽く腰を振りながらシュシュの声に反応する。
一晩中彼を味わったホリーはホクホク顔で去って行った。
恐ろしいほどに満足そうなのに、終わってから『やっぱりあれを作ってもっと更なる高みよね』と言っていた。
あれとは何だろうと2人は首を傾げたが質問する勇気はなかった。
質問などせずに使うところを見れば良いのだから。
「よ~し。腰の動きも絶好調!」
「お腹の~穴と~腰は~関係~無いぞ~?」
「気分よ気分」
軽い足取りでクルっと踊ってレニーラは足を止めた。
怠そうに両手で胸を抱えて歩いて来た存在に、何とも言えない感情を向けてしまったのだ。
「リグ。自慢?」
「抱えてないとこぼれるだけ」
「やはり自慢か」
「自慢じゃない」
両手で胸を押さえたリグは、そのまま歌姫の元へ行くと彼女の太ももを枕にする。
「大丈夫?」
「歩くと胸が重さで取れる」
「……少し言葉に気を付けましょう?」
若干イラっとしたセシリーンが、らしくないほど言葉の節々に怒りを見せた。察したリグは黙って胸を押さえて身を丸くする。
先日ホリーに追われて両の胸を削がれたのだ。痛い思いをしたけれどただ久しぶりに重さから解放された。
ギュッと自分の胸を押し付けてリグは軽く欠伸をする。痛みから眠気が湧いてこない。
だからコロッと転がりそれに気づく。大きな猫が居た。
歌姫から離れて身を丸くして寝ている。たぶんファシーだ。でも猫だ。
「知らない間にファシーが猫になってる」
「……にゃ~」
「鳴くんだ」
「にゃん」
猫化しているらしいファシーが猫の動きで顔を撫でる。
「可愛いでしょう? 彼がファシーの為に作ったのよ」
「うん。可愛い」
「……にゃん」
照れた猫は可愛く鳴くと恥ずかしそうに頬を赤くして身を丸めた。
「みんな服を新しくしてて……羨ましいわ」
「セシリーンは?」
「まだ完成してないみたい。厳密に言うと絵が出来がっていないから作ってもいないみたい」
「そうなんだ」
猫から歌姫へと視線を動かしたリグは彼女を見る。
話に聞く限り歌姫は舞台上でドレス姿が多かったらしい。けれど安易にドレスなど作らなそうなのが彼だ。なら何が似合うのか?
「セシリーンもメイド服?」
「あら? 私に似合うかしら?」
「似合うとは思うけど」
「メイド~服は~私~なのだ~」
フワフワと移動して来たシュシュがそう言って中枢から出ていく。
「私も新しいのが欲しいかな~」
レニーラも笑いながら出て行った。
最近のレニーラとシュシュは何かあれば中枢に居るが、それ以外は魔眼の中をフラフラとしている。ほとんど趣味なような気もするが、この2人が魔眼の中を徘徊するおかげでセシリーンは、何処に誰が居るのかをある程度把握できるのだ。
「ねえ歌姫」
「何かしら?」
「……」
言葉を見つけられない様子のリグに、セシリーンは柔らかく笑う。
「魔女ならいつもの所よ」
「そう」
またコロッと回ってリグは彼女を見た。
「……怒ってる?」
「怒ってはいないわ。ただまだ戸惑っているみたいだけど」
「そう」
答えてリグは目を閉じた。
そっと手を伸ばしセシリーンは彼女の頭を撫でてやる。
怒りに任せてという部分は確かにあったが、それでもリグは魔女のことが大好きなのだ。
「大丈夫よ。リグ」
「ん?」
「……アイルローゼだってきっとそのうち大人になるから」
「……」
ポッと体を熱くさせたリグは何も答えずに身を丸めた。
場所は王都内の宿屋の一角。高級では無いが老舗の宿として昔から存在している場所だ。
その昔はその口の形から若い貴族が逢引する場所として使っていたともいう。現在もその口の堅さは健在の場所だ。
「お久しぶりでございます」
「ああ。こうしてまた王都でお前に会うこととなるとはな」
「私も思いませんでした」
彼が宿泊している部屋に訪れた相手は、メイド服姿の女性と乳飲み子を抱いたメイドの2人だった。
フワリとソファーに腰を下ろしたメイドに、老人は目を細めて身を浮かべる。
彼女が何故メイドの姿をしているのか、その理由は人伝に聞いていたからだ。
「それが拾った子かね?」
「はい。門の前に捨てられていました」
そう言うこととなっている我が子をメイドより受け取り母親……フレアは柔らかく笑う。
子に向けるその表情は母親の物であり、老人……バローズは言いようの無い目を向けた。
「拾うたか」
「はい」
「何でも捨て子は元気に育つそうだ。きっとその子は元気に育つであろうな」
「そうなってくれれば嬉しい限りです」
我が子をあやすフレアは娘の頬を軽く撫で、そして小さく息を吐いた。
今日は主人……ラインリアの名代として彼の元を訪れた。そうなっている。
「こちらが“彼女”からの返事となります」
「ほう。あの面倒くさがりが手紙を書いたか」
「はい」
元の師である人物から手渡された手がをゆっくりと差し出す。
受け取った彼は、その封蝋を見て軽く目を見張った。
「王家の紋に似ているな?」
「はい。それが新設されたドラグナイト家の紋章にございます」
「そうか。現在のあれは元王子の紋章を勝手に使えるということか」
「……」
その場に居て全てを見ていたフレアとしては返事に困る。
『蝋を押す紋章が無かったわね』『そこにあるのをお好きにどうぞ』『そうね』とあの2人は深く考えずに封蝋をしていた。少しは考えて欲しかった。
これでは……もう彼がアイルローゼを隠しているのは周知された秘密になっている。そうすることで他の秘密を隠すかのように。
《シュシュやリグが居ることを伝えたら……大叔父様はどんな反応を示すのでしょうか?》
自分では抱えきれない秘密だ。出来れば秘密を共有する同志が欲しくなる。
ただ言うことはできない。言って広まればあの夫婦を敵に回すことになるからだ。
あの魔女を敵に回すなどフレアとしては恐ろしくて考えたくもない。
昔とは違い今は簡単に捨てられない命となってしまったから。
「そうかそうか。あれは“自分”に関する物は全て要らないと申すか」
手紙を読み終えてバローズは苦笑し手紙を焼いた。
あの弟子は試作品も自身の研究資料も欲さない。
分かり切っていたことだ。むしろすべてを処分して欲しいと言って来た。
「困ったな」
「困るのですか?」
「ああ困った」
軽く手で顔を覆いバローズは思案する。
弟子はあれに関しては『そのまま秘密にして封じておけばいい』と告げて来た。つまり知られれば動かざるを得ない状況に追い込まれると感じたのだろう。
もうそこを突くしかない。どうせ誰も手に入れられないのだから。
彼はその手の隙間から二代目の地位を継いだメイド長を見た。
「どうにかしてあれに会いたい。どうにかならないか?」
「……正直に言って難しいかと」
「そこは変わらんか。手の焼ける弟子であるな」
だからこそあの若き王は、馬鹿貴族の監視を命じ“彼”との関りを持つようにしたのだろう。
性格難の弟子を動かすには彼女の保護者たる元王子を動かすしかないらしい。
恩を売れと言うことだ。
「ならば言伝を頼めるかね?」
「あの人にですか?」
「元弟子であるお前にも難しいのであろう? ならばその保護者に伝えて欲しい」
「……」
冴えない表情を見せる彼女にバローズは好々爺然とした笑みを浮かべる。
「魔法学院の地下には『術式の魔女ですら手出しできない宝がある』と」
「宝ですか?」
自分が通っていた場所であるがそんな話をフレアは知らない。
だが元学院長たる大叔父は好々爺然として笑ってみせた。
「宝だとも……。その場所には召喚の魔女の遺産があるのだよ」
~あとがき~
気づけば赤ちゃんが居なくなってました。
許せません。許せないから自分の赤ちゃんを作るのです。
便乗してホリーが大暴れしましたけどw
試作品も書き残した資料も要らないと伝えたアイルローゼですが、バローズさんはさらに切り札を切ります。
そう…名前しか出て来ない召喚の魔女の遺産を
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます