俺の出世のために全員頑張ってくれ

「はぁ? ジーグナントの当主が死んだ?」


 届けられた報告書に彼……ユニバンス王国の王弟にして近衛団長のハーフレンは眉間に皺を寄せた。

 まだ南部の一件も終えていないのに、南部に属する中級貴族家の当主が亡くなったという。

 死因は自然死。ただ彼の年齢はまだ30も半ばだ。


「誰かこれを調べてる奴は居るか?」


 掴んだ報告書をピラピラと振って、彼は自室に居るメイドたちに質問を飛ばす。


「自然死との報告でしたので……調査なさいますか?」

「つまり報告時点で怪しい点は無かったと言うことか」

「はい。届け出に不備はありませんでした。ちゃんと医師も死亡を確認していますし、毒等の反応も見られなかったということです」


 スラスラと返事をしてくるメイドにハーフレンは摘まんでいた紙をもう一度見る。

 おかしな点はない。


「南部の資料ばかり見ているから全部が怪しく見えているみたいだな」


 笑って彼は摘まんでいた報告書を『確認済み』の書類を置いている山に置いた。


「さてと……いい加減南部のこの資料をどうにかせんとな」


 従兄弟であるイールアムが大半を引き受けてくれているとは言え、それでも数か月は机に嚙り付けるほどの書類を前に……ハーフレンはやれやれと頭を掻いた。




 何度目か分からない会合。


 最初は不満のはけ口を求めての集まりだったはずだ。

 けれどいつからか話の内容が変化し……そして遂に死者が出た。


 彼は確かに王家に恨みを抱いていた。


 王弟ハーフレンの南部調査で自分たちが隠していた不正の数々が露見した。

 以後不正をせず、余計に得た金銭に関しては税として国庫に納めれば今回に限り罪に問われない。多くの者たちが罪から逃れるために国庫に税を納めた。


 それは急の出費だ。思いもしない出費だ。一時的にと……今まで使って来た手法は『不正』と判断されて使うことはできない。出来ないのだ。


 故に誰もが借金をする。

 王家お抱えの商会が今回に限り金利を引き下げして貸し出してくれるのだ。

 真綿で首を絞めるような行為に南部に属する貴族たちの恨みは深まった。


 そんな貴族の1人に彼……ジーグナント家の当主も居た。

 彼は今回多額の借金をする羽目になり、憤りもひとしおだった。この集まりの度に彼はワイン片手に王家への不満を口にしていた。反王家の急先鋒と思われていた。


 けれど彼のそれはポーズだった。


 不満を口にしながらも彼はどうにか自分の借金を減らす方法を考えていた。そして思いついたのが、この場での会話を王家へと流すことで金銭を得ることだった。

 だから話の中心に立ち彼は不満を、周りの不満を自分に集まるように仕向けていた。


 皆が口々に彼に不満を言う。人によっては『不正』と認定された行いをしていると告げる者まで現れだした。不満がある程度集まったら報告をしようと目論んでいた矢先に……彼は死んだ。

 呆気ないほど簡単にだ。誰もが自然死だと思うほどにだ。


「我々は全員で協力してユニバンス王家に復讐する同志である。だがジーグナントは我々を裏切り自己の利益ばかりを追求した。許される行為ではない」


 ジーグナントが居なくなった集まりで彼は急速に支持を集めだした中級貴族の当主である。

 場所は上級貴族の屋敷であるが、彼らは場所の提供をするぐらいで深く関わろうとはしてこない。失敗した時の自分たちに及ぶ被害を極力抑えたいのだ。

 だから成功が確実にならなければ進んで協力してこない。


「ジーグナントは我々を売って金銭を得ようとした。だから彼はこの場から居なくなった」


 悠然と語る彼はそれほど優秀な男ではなかった。

 中級貴族であるが収入は少ない。国から支給される手当で生きている1人だ。


 けれどこの場で彼は確実に存在感を増して中心人物になりつつあった。

 何より彼は自信があった。


 得たのだ。王家を転覆させる方法を……そして選ばれたのだ。その方法を扱う権利を。

 普通なら彼はその他大勢の1人だった。目立つことはなく泡沫の存在だ。


 だが今は違う。彼は選ばれたのだ。


 共和国からの使いが訪れた時は心臓が止まるかと思った。けれどその使いは彼に勝てる方法を授けてくれた。最初から最後までその通りに実行すれば……この国をひっくり返せる方法だ。

 ただ彼とて国が亡ぶようなことは望んでいない。今後王家の力が強大になる前に釘を刺し、自分たちの利益が守られる環境を維持するのが使命だと思っていた。


 だから共和国からの申し出を最初は断り続けた。けれど彼らは何度も足を運び口説いてくる。

『国が亡ぶようなことはありません』『王家の力を削ぐだけです』『貴方たちは貴族です。息苦しい生活を送るべきではない』などと連日のように囁かれ続け彼の気持ちは傾いてしまった。

 安全が確保されているならばと……応じてしまったのだ。


 それからは命じられるままにこの集まりに参加している貴族たちの情報を流し続けた。

 ジーグナントの裏切りは共和国の使者が教えてくれた。震えた。中心人物と目されていた彼が裏切りを企んでいたのだ。何より露見すれば自分たちの身が危うい。


『大丈夫です。でしたら我々の切り札を使いお見せしましょう』


 使者はそう告げると数日後にはジーグナントが自然死した。

 毒も魔法も使わずに彼らはまだ若く健康なジーグナント家の当主を殺して見せたのだ。


『我々の力があれば、王家の矛たるドラゴンスレイヤーも怖くはありません』


 殺せるというのだ。あの最強たるこの国の英雄すらも。

 だが殺す必要はない。彼女はこれからこの国の為に馬車馬のようにドラゴンを狩る存在となる人物である。故に狙うは彼女の夫だ。出来れば無傷で捕らえ監禁し、あの凶悪なドラゴンスレイヤーを意のままに操れる環境を作り出したい。


『可能ですとも。我々が最後まで協力しますのでご心配なく』


 笑みを浮かべて語る使者に彼は絶大なる信頼を寄せた。




《滑稽だな》


 ユニバンス貴族たちの会合に招かれた彼……ヘイリーは偉そうに語る馬鹿貴族を内心蔑み嘲り笑っていた。

 彼に白羽の矢が立ったのは、ただ話術が巧みであるからという点のみだ。

 他に達者な者が居ればそっちが選ばれていた。


《でもこれが成功すれば俺も地位を得られる》


 国内はボロボロな状況ではあるが、セルスウィン共和国はまだ弱体化しただけだ。

 これから巻き返すことは可能であり、そして今回の計画が成功した暁にはヘイリーは領地として街を1つ与えられることとなっていた。

 それを得られればあとの余生は遊んで暮らせる。


《問題はヤーンの一族だが……まあどうにかなるだろう》


 忌み嫌われし一族はこの場には居ない。

 彼らは金銭で自分たちの力を売る傭兵と呼ばれる存在だ。

 ただ扱う術はこの世界の物でなく異なる世界の力だと聞く。


《何にせよ。俺の出世のために全員頑張ってくれ》


 クツクツと笑いヘイリーは哀れな道化師を見つめた。




~あとがき~


 会合を続ける貴族たちは仲間の死を目の当たりにします。

 彼は仲間を裏切り知り、増々結束を固めていく…全てはシナリオ通りに。


 で、ヤーンの一族って何なんでしょうね?




(C) 2021 甲斐八雲

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