閑話 10

「ん~。流石、我が弟子」

「はい」

「あとはあっちも掃除しておいて」

「わかりました」


 甲斐甲斐しくお掃除をするポーラ様の姿に心の奥底が熱くなります。

 もう掃除に関しては教えることがありません。本当に優秀で……うかうかしていたら先輩と呼ばれる私がポーラ様の後塵を拝することになりかねません。負けないように精進しなければ。


 魔法の師であるイーリナ様のお部屋掃除を終えたポーラ様は、その足で次の『仕事』へと向かいます。成長途中ですが現時点では小柄なポーラ様は普通のメイドでは入って行けないような狭い場所など苦も無く入り込むことが出来ます。

 ですからこうして女性騎士たち向けの寮に来ると寮母様から仕事を依頼されるのです。


 私もメイドですから仕事を頼まれれば断りませんが、寮母様がポーラ様にお願いする仕事……それは害虫駆除なのです。黒いカサカサした虫を中心に駆除を頼まれます。


 正直に言えば私もあれを見ると一瞬怯みます。けれどポーラ様はやはり先生が見初めた逸材。表情一つ変えずに駆除して回るのです。

 余りにも怯まない様子から一度『気持ち悪くないのですか?』とお聞きしたら『ただのむしです』との返事が。


 何でもポーラ様が生まれ育った集落の周りには違う種類の黒い虫がたくさん居て、この時期になると木の表面で樹液を舐めているとか。それを見て育ったので怖くないとの話でした。

 そう言われれば私も虫はダメですがネズミなどは苦になりません。スラムにはネズミがたくさん居たので見慣れていることもあるのでしょう。慣れとは人の武器なのだと学びました。


 ポーラ様は黒い虫を前に怯むことなく戦いを挑みます。武器として祝福の氷を駆使します。

 虫を氷漬けにして回収して回るので作業が恐ろしいほど早いのです。集めた氷は最終的に焼却処分です。氷が解けた頃にその袋ごと火に投げ込んで終了です。


 本日もポーラ様の圧勝で終了しました。


「本当に助かるよ」

「めいどのしごとですから」

「あはは。こんな仕事を喜んでするメイドなんて居ないよ」


 報告に訪れた私たちに恰幅の良い寮母様はそう言いながら笑い、チラリとこちらを見ながらポーラ様の頭を撫でます。

 私が黒いカサカサが苦手なことに気づいているのでしょう。何よりあれを愛せる人など普通居ないと思いますが。


「おチビちゃんのおかげで虫が減って大助かりだよ。お腹が空いてるだろう? 残り物たけど食べて行っておくれ」

「ありがとうございます」


 深々と一礼をしポーラ様は寮母様と一緒に寮の食堂に向かいます。


 時刻は昼過ぎ……このような時刻に寮に残っている人は休暇か月のあれで苦しんでいる人ぐらいでしょうか。ポーラ様の師であるイーリナ様も月のあれが酷いのか良く休むと伺っています。


 ほとんど人の居ない食堂でポーラ様は寮母様に盛っていただいた料理をお盆にのせて運びます。


「そこの澄ましたメイドさんにもだよ」

「ですが私は仕事をしておりません」

「していただろう? あの子の御守りをね」


 軽く肩目を瞑ってみせる寮母様に食事を押し付けられて、私もポーラ様と一緒にいただくこととしました。


 2人で向き合うように座り一緒に食べ始めます。


 量としてはポーラ様が2人前と言ったところでしょうか……小柄なのによく食べるのは祝福を使うと急激に空腹になるのだとか。先生も良く『これが厄介なのですよ』と愚痴っていました。


 美味しそうに食事をいただくポーラ様を見てて思います。

 基本ドラグナイト家の人々は大食漢です。筆頭は国の英雄でもあるノイエ様ですが、彼女は基本5人前が普通です。下手をするとおかわりしてきます。


 アルグスタ様も2人前が基本です。ポーラ様は2人前か3人前ぐらいお食べになります。

 稼ぎの多い貴族の家なので食費に困ることはないご様子ですが……毎月の食費はドラグナイト家の財政管理まで任された私から見て異常です。普通なら考えられません。材料費が破格なのです。


 けれどアルグスタ様は『ノイエには美味しい物を食べて欲しいしね』と言ってケチりません。

 良い材料が仕入れられたら構わずに持って来いと出入りの商人たちに言ってますし『ケチケチするな。お前たちの限界の向こう側が見たいんだ。奮い立て!』などと意味の分からない発破をかけて料理人たちに更なる味の探求を求めます。


 ドラグナイト家に来てからまず私が得た物は、崩れ行く常識でした。


「せんぱい」

「何でしょうか?」


 食後のお茶の準備をしようとしたらポーラ様が声をかけて来ました。


「これをあずかってください」

「畏まりました」


 受け取り中身を確認すれば少なくない銀貨が詰まっていました。


 寮母様から頂いたお掃除に対する手間賃です。

 本来ならメイドであるポーラ様としてはこの手の賃金は受け取りたくないご様子ですが、彼女はあくまで兄姉であるアルグスタ様とノイエ様の専属メイド。

 他の者から仕事を受けたのであれば賃金を得ることは必要なのです。それを拒否して無償で仕事を受けてしまうと他の者に被害が及びます。

 曰く『あの小さなメイドは無料でしてくれたのに……』と。


 不満は悪評になりかねないので、渋るポーラ様を説得しちゃんと金銭を得ることを承諾していただきました。まあ最後は『アルグスタ様への悪評につながりますが?』と告げたら今までの抵抗は何だったのかと思うほどにあっさりと受け入れてくれましたが。


「確かに受け取りました」


 枚数の確認は後で良いでしょう。ポーラ様は余り金銭にご執着がありませんから。


 エプロンの後ろに受け取った小袋を隠し、私は紅茶の準備をします。

 ドラグナイト家のご息女であるポーラ様は普段お使いになるお金は、全て兄となるアルグスタ様がご負担しています。一度幾らまでお使いになって良いのか確認したところ『ノイエの鎧より高くなければ良いよ』と返事をいただきました。


 ノイエ様が現在使っている鎧は、何でもこの国の1年の国家予算に匹敵するとか。

 そのような金額をおいそれと扱えることはなく、何よりポーラ様は贅沢を好みません。

 最近唯一の散財はアルグスタ様が運営するお店で衣服などを仕立てて貰うぐらいですが、それも大半は兄であるアルグスタ様がポーラ様に頼んでいるご様子。


 しいて言えばポーラ様が最近した贅沢は、私にプレゼントしてくれたカチューシャぐらいでしょうか? そう思うと胸の奥底から暖かな感情が溢れて止まりません。

 私は本当に素晴らしい主人を得たのだと思います。


「ポーラ様。本日これからのご予定は?」

「はい。ねえさまのたいきじょにいって……」


 師であるイーリナ様から郊外にある待機所の個室の清掃も頼まれたとか。


 それを終えてからお城へ戻り、鍛錬をしてから王妃様のお部屋でこれまた秘密裏にお掃除を。

 陛下に見つかると凄く怒られる物を掃除したいとかでポーラ様に白羽の矢が立ったそうです。ですが私はそんな行いは許せません。後で先生にご報告します。


 追加の掃除依頼などが無ければアルグスタ様が居る執務室に戻り、彼の仕事が終わるまで付き従うことでしょう。

 本当にまだ幼く小さいのに立派なお方です。


「ポーラ様。紅茶をどうぞ」

「はい」


 受け取ったカップの湯気越しに見えるポーラ様の笑みに……私は至福の幸せを得ました。




「何か久しぶりに戻ってきたら……ウチの可愛い同居人たちが減ったな~」


 自室の様子をクルっと見渡しミシュはポリポリと頭を掻いた。

 部屋に放置されている食いかけのゴミに群がってた黒いカサカサした虫たちの数が激減しているのだ。


「まっ良いか。そのうち勝手に増える奴らだしね。うんうん」


 頷き湿ったベッドに横になり……そのまま急速潜航し深い眠りにつくのだった。




~あとがき~


 実はお掃除などで小銭を稼いでいるポーラなのです。

 虫を恐れない彼女は氷結の祝福まで操ります。瞬間凍結でカサカサした虫を退治して回るのは、ノイエがあの黒い虫が嫌いだからです。見つけたらドラゴンを殴り殺せるほどの力を発揮します。お屋敷大ピンチですw


 黒い虫を同居人にしているミシュは…ある意味何処でも生きていけそうだな。本当に




(C) 2021 甲斐八雲

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