Main Story 18
どんな手を使ってでもだ!
ユニバンス王国内・??
「そうか……あの問題児がな」
届けられた手紙を読んで彼は大きく息をついた。
処刑されても死ぬような存在ではないと思っていたが……本当に死んでいないとは驚きでもあった。
「ならばあれらが必要になるかもしれんな」
現状この国は平和なのかもしれない。
けれどそれは王都近郊のみだ。新しく得た土地では争いが続いているともいう。
だからこそ必要になるのかもしれない。
「老いて死する身が預かっていては無駄になりかねない」
何より“あれ”は遠慮を知らない。必要となればどんな魔法を使うか分かったものではない。
「やれやれ。本当に厄介な弟子であるな」
老骨に鞭打ち……彼は支度を始めた。旅支度をだ。
ユニバンス王国・北部
「なはぁ~」
これが命の洗濯だ。
やはり温泉とは日本人からすれば切っても切れない何かで繋がっているのだ。
湯船に浸かり空を見上げる。
漆黒の空には満天の星だ。キラキラと砂金のように光り輝いている。
僕も結構な田舎で暮らしていたけれど、ここまでの星空は見たことが無い。流石は異世界だ。
お湯を手で掬って顔を洗いまた星空を見る。
湯船の周りにはランプが置かれ淡い光を醸し出している。この暖かな感じも捨てがたい。
本来ならこの季節に温泉とか自殺行為らしいけれど、この場所にはユニバンスが誇る最強のドラゴンスレイヤーとその夫が居るのです。
今ドラゴンが湧いてきたら絞ってランプの燃料に変換してやる。主にノイエがだけど。
「にしても遅いな……」
先行して温泉でのんびりして居る僕とは違い、前線から戻って来たノイエは即本来の仕事に復帰した。絶妙な感じで王都近郊にドラゴンが迫って来たからだ。
運の無いドラゴンたちである。若干元気のないアホ毛をフリフリさせてノイエがドラゴンを殴り飛ばしに行った。通常運転だ。
僕は報告やら報告書やら貯まった書類やら……いつも通りに机に嚙り付くこととなり、ようやくそれらを終えて一念発起した。ノイエと約束した温泉に来たのだ。
2人きりで……というのは流石に無理があるので、何人かメイドさんにも来てもらった。
ただ今回に限りポーラはお留守番です。ウキウキと洗面器にアヒルの玩具まで準備していた馬鹿賢者にそれを告げたら世界が終わったような顔をしていたが、それでも今回は夫婦水入らずを優先したのです。
きっと人殺しをしたのであろう元気の無いノイエを存分に楽しませて愛でると僕は何かに誓ったのだから!
それに最近ノイエの中の人たちがとても静かだ。
たまにファシーが出て来るけれど、『みんな、床で、寝てる』と言ってた。
ノイエが無理をした余波なのか、どうやら主だった人たちは皆して寝ているらしい。
おかげでとても平和です。ノイエも静かになって2日に1回しか襲って来ないしね。
「アルグ様」
「ん? おおっ!」
空を眺めてぼんやりしていたら、ようやくノイエがやって来た。
その姿を見て……ヤバい。涙が出て来た。完璧だよノイエさん!
ブロイドワン帝国帝都ブロイデンブルク
「あひ……ひうっ」
「あらあら帝国の皇帝ともあろうお方が……情けない声を上げて。そんなに私の具合は良いのかしら?」
クスクスと淫靡に響く声音に生々しい水の音がかぶさる。
場所は帝国皇帝モルローテ・フォン・ブロイドワンが普段使っているベッドの上からだ。
その純白なシーツの上で……腕を足を拘束された皇帝は、大の字になっていた。
年の頃は中年の域を出て初老に手が届いているようにも見える。だが年の割には鍛えられた彼の体は筋肉が覆っている。何も身に着けていない胸板などは本当に厚く若々しい。
けれど今の彼はその筋肉の大半を弛緩させていた。
威厳溢れると部下たちに言わせている表情もまた弛緩しきっている。
目は虚ろで半開きの口からは舌が垂れている。溢れる涎は顎を伝っていた。
正気ではない。一目見れば誰もがそう思うことだろう。
その原因となっている存在が彼の傍に居る。
彼の上に跨って居る……人と呼んで良いのか分からない存在だ。
頭部は人の形をしている。美しい顔立ちの美女だ。
流れる黒髪は長く白いベッドシーツを染めるかのように広がっている。
ただ普通なのはそこまでだ。
彼女の首から下は異質である。
木々と血肉と鉱物が混ざったような……それが女性らしい凹凸のある肉体を作っている。
不気味に蠢く腕を動かし乳房のように見える膨らみを揉みながら、その美女は腰を動かす。
「この大陸に覇を唱えていた皇帝様もこうなってしまえばただの人ね?」
嗤う美女は蛇のような動きを見せる長い舌で皇帝の頬を舐める。
自分が今玩具にしている存在は、皇帝だった者だ。
腰を震わせ美女はクツクツと喉の奥で笑う。
ここに来るのは簡単だった。
やはりあの軍師の知識を得たのは吉と出た。
皇帝の愛妾の1人を襲い食らった。
その人物に変装すれば……勝手に向こうが呼んでくれたのだ。
あとは相手を縛り食らうのみ。その中身を……皇帝という服を得れば良いのだ。
必要な物さえ得ればこの場所には用など無いのだから。
「残り少ない生を楽しみなさい。皇帝」
クスクスと笑い魔女はその舌で彼の耳を舐める。
「もうすぐ貴方は終わるのだから」
ガクガクと震えながら彼はそれを見ていた。
どうしてもあの化け物と化した魔女が手放してくれないのだ。
魔女マリスアンが人を辞めて化け物と化してから……彼はずっと彼女の傍に居た。鼻の曲がった冴えない男だ。
今の彼はベッドの上で行われている行為と、自分の足元に転がっている魔女が内から食らい外皮だけとなっいる皇帝の愛妾だった女の抜け殻を交互に見ていた。
気が狂いそうだった。でも狂えない。もう狂っているのかもしれないが残念ながら生きている。
「もう嫌だ……」
口癖になっている言葉を吐き出し彼は震え続けた。
セルスウィン共和国・中央都市ドルランゼ
国家元首となったハルツェンは終始頭を抱える日々を過ごしていた。
就任前は余裕綽々とし気品溢れる立ち振る舞いを見せていたが、現在の彼にその面影はない。
酷い過労からか目は窪み頬はこけ……病人のように見えるほど肌の色は悪い。
けれどそれは仕方がない。共和国は現在建国以来の大惨事に見舞われているからだ。
主だった農地の土が腐り使用できない。農作業をしている者たちに言わせれば、山々の土を運びよく混ぜて数年も待てば前よりも優れた土地が出来上がると言っている。
けれどその数年が耐えられないのだ。
商人たちは残っている穀物を買い漁り、国民たちからは跳ね上がり続ける物価に対して不満の声が高まる一方だ。建国以来最低の国家元首……そうハルツェンは呼ばれ蔑まれている。
何も知らない国民たちは『国家元首を殺して他の者にしろ!』と言われている。
だが現状誰もこの国の主人を引き受ける者はいない。泥船の船長に進んでなろうとする者など皆無なのだ。
「ハルツェン様」
「……何だ」
文官の1人が報告の為に会議室へとやって来た。
疲れ切り大半が頭を抱える場所で、若い文官は不安に顔色を悪くしながらも口を開いた。
「ポルクの街を含む一帯が……ウシェルツェル派に同調し離反いたしました」
「……」
事務的に報告することに徹し文官は一礼すると会議室を後にした。
残された国を動かす主だった者たちは身動き一つできずにいる。
次から次へと起こる離反や独立を止めることが出来ないのだ。
このままではこの国は無くなってしまう。
「ふざけるな……」
おどろおどろしい声が会議室の最も奥の場所から響いてきた。
声を発しているのはハルツェンだ。
「ふざけるなよ!」
叫び彼は立ち上がった。
その目は窪んでいるが、ここ最近では見たことがないほど強い力が宿っていた。
狂気にも似た悪しき力であるが。
「許せるか……許せるものか!」
叫び物にあたり……彼は怒りに肩を震わせながら立ち止まった。
「ヤーンの一族を呼べ」
淀みなく告げられた言葉に会議室に居る者たちはその身を震わせた。
それは禁忌に等しい名称だからだ。
「あの国を滅ぼしてやる……どんな手を使ってでもだ!」
もう一度椅子を蹴りハルツェンは全身を震わせ笑い出した。
彼の精神は……もう取り返しのつかない所まで堕ちていたのだ。
~あとがき~
新章です。特に何かが変わることなく平常運転です。
だってあの主人公ですから。
アルグスタたちは約束の地…温泉にやって来てました。
ポーラは留守番です。ってアヒルの玩具ってw
帝国の皇帝様はマリスアンのご馳走となっています。
美味しく美味しく頂かれている最中ですね。
で…遂にハルツェンが動きました。
全ての垣根を取っ払って、ただ復讐するためにです
(C) 2021 甲斐八雲
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