閑話 9

「じゃまをしないでくださいね」

「「……」」


 フワリと姿を現したメイド服姿の少女に、その場に居た全員が凍り付いた。


 今やって来た少女は横にした箒に腰かけ“宙を浮いて飛んできた”のだ。

 多くの魔道具を抱える帝国に於いてもこれほどの道具は話にも聞かない。

 そして恐ろしいことに……少女はその箒を手に掃除を始めた。


「これでよしです」

「「……」」


 またも言葉を失う。


 小さな少女メイドは、自分がまき上げた木の葉を端に除けてのだ。本当に掃除したのだ。


「えっと……ここにこれくらいのたまがあるはずです」


 身振り手振りで説明をして、ニコリと笑い少女は辺りを見渡した。


「それをください」


 お菓子でも強請るように右手を差し出し少女が告げる。が、


「冗談を言うな!」


 護衛の為に残った騎士が叫んだ。


「お前こそ、その魔道具を渡すが良い!」


 手を伸ばし少女に襲い掛かる騎士だったが、慌てる様子もなく少女はクルっと箒を回すとそれを手近な木に立てかける。

 そして……騎士が吹き飛び地面を転がった。


「けいこくです」


 何処から取り出したのか分からない。けれど少女はその手に銀色の棒を持って静かに構えていた。


「こうげきするならてかげんしません」

「調子に乗るな!」


 残っている騎士たちが全員剣を抜いて少女に殺到した。




「ほこりまみれです」


 パンパンと埃を叩き落とし、少女は銀色の棒をクルっと回すそれを手の中に戻した。

 卵ぐらいの大きさとなった魔道具をエプロンの裏に隠し、立て掛けてある箒を手にする。


 向ける視線の先には……怪我を負って蹲る騎士たちが居た。

 全員が少女に挑みそして簡単にあしらわれたのだ。


「しつもんです」


 騎士たちから視線を外し、少女はメイドたちに目を向ける。


 怯えるように身を寄せ合うメイドたちは……近寄る少女に戦慄した。

 自分の主人も恐ろしい存在だが、それ以上に恐ろしい存在が目の前に居るのだ。


「これくらいのおおきさのたまはどこですか?」


 ニッコリと愛らしく笑いかける存在に、メイドたちは我先にと彼女を宝玉の元へと案内した。




「ししょう」


『本物ね』


「はい」


 物語などで描かれる宝箱のような入れ物に入っている物を確認し、少女はその箱を閉じて確保した。


「ししょう」


『何よ?』


「にいさまにおこられませんか?」


 今朝のことを思い出し、少女は内に居る“師匠”と呼んでいる存在に声をかけた。


 兄と呼んで慕う相手には今朝、『屋敷に居なさい。危なくなったら空を飛んで逃げなさい』と命じられた。でもやはり付いて行きたいと本心を告げたら……ロープで縛られてベッドの上に置かれてしまった。


 でも心配だった。凄く強い姉が傍に居ても心配なのだ。


 兄たちが出かけてから直ぐにロープから抜け出し箒に座り前線に来た。

 この事実を知られれば絶対に叱られるはずだ。


 連日叱られるのはいけないことだと少女は理解している。

 出来たら叱られるよりも褒められたい。


『大丈夫よ』


「ほんとうですか?」


『ええ。本当よ』


 悠然と頷く感じで師匠は言葉を続ける。


『男が女性を叱る時は興味があるからなのよ。だから叱るの。でも叱りながらも男はそこで自分が上の存在だと相手に知らしめようとする下心があるのよ。だから貴女はたまにこんな風に言われたことを無視して勝手をしてあげれば良いの。すれば彼は自分を大きく見せようとして貴女を叱り満足するのだから』


「……しかられるのはいいことですか?」


『ええ。そうなのよ。そうやって彼の興味を得るの。できる?』


「がんばります」


 ギュッと拳を握り少女は強いやる気を見せる。

 素直な弟子の様子に満足し、師である存在は少女の体を支配すると辺りを見渡した。


 自分の内側に存在を移した少女は、師匠の行動を見守る。

 師匠は助言などしてくれるが基本何も教えてはくれない。だから魔法に関しては別に先生が居る。けれどそっちもあまり教えてくれない。疑問に思い師匠に問えば、魔法とは基本を学びあとは応用なのだとか。今は徹底して基礎を学んでいれば良いらしい。


 だから時折こうして師匠が自ら動く時は、その一挙手一投足を見つめ奪える物があれば見て学ぶことにしているのだ。


「次はこれね」


 帝国軍師の手荷物らしい物が収められた箱を見つめ、師はその鍵を破壊すると箱を開いた。


『ししょう?』


「平気よ。あれがここに戻って来ることは無いわ」


 末路を知っているかのように彼女はそう告げ、箱の中身を漁って一冊の本を掴み取った。

 革張りの重量感溢れる豪華な作りの本だ。ベルト止めされている金具を外して表紙を捲れば……それが本ではなく日記だと知った。


「何かあった時にそのことを書き留めていた様子ね」


 過去から今へと……ページを見つめる師の手が止まった。

 書かれた日付は12年前だ。


『……ひどいです』


「そうね」


 書かれていた内容は酷い物だった。


 初めて前線で見た光景が忘れられない……そう始まった文章は、普通に考えれば正しい言葉だろう。

 凄惨な前線を見て戦うことを嫌う……と言うことはなく、彼女はその凄惨な現場を『美しく素晴らしい』と表現していた。人が死ぬのが楽しかったとも。


 正気を疑う内容を確認し、それからまたページを進める。

 大半は『どうやって殺人を正当化するか?』の方法の考査だった。だが11年前に彼女は、自分が考えもしなかった方法で“殺人”を楽しんだ。


 突然自分と同じ年頃の少年少女が発狂し、人々を襲いだしたのだ。

 それをメイドから聞き『隠れるように』と言われた彼女は気づいた。これだと。


 まずはメイドを殺し、そして屋敷に居る者を殺す。

 次に屋敷を出て出会う者たちを手当たり次第に殺す。

 激しく“興奮”したとも書かれていた内容は、これを書いた者が狂うことなく自分の欲望のままに活動した告白文だった。


『ひどいです』


「そうね」


 自分の快楽のために手当たり次第に人を殺して回ったのだ。

 特に許せないのは自分の行いを、その犯罪を……両親や叔父に泣きついて有耶無耶にしたことだ。

 それからは味を占め、時折発作と称して人殺しをした。そして、


「あった」


 師匠である彼女はその記述を指でなぞる。


「異世界召喚で得た異世界魔法だったのね。通りで」


 自分が知らなかったドラゴンを使役する魔法は、異世界から呼び寄せた『テイム』の魔法だった。それを理解し師である存在はページを捲る。


 あとはテイムしたドラコンを使役し暴れ回った話ばかりだ。


 急激にやる気を失い適当にページを捲る……と、その手を止めた。


「フグラルブ王国か」


『なんですか?』


「……始祖の馬鹿が冗談で作った魔道具を管理していた一族が作った王国よ」


『ししょう?』


 弟子の問いに……師である存在はため息を吐いた。


「馬鹿と私の合作よ。だから強さだけは下手な魔法よりも凄いの」


 ノリと冗談で作ったただの暇潰しの作品だった。

 近隣諸国と争っていた頃に作ったから、勢いで色々と恐ろしい機能をつけた記憶がある。

 今思えばあれが敵に回るとなると……中ボスでは済まない。四天王クラスの実力がある。


「うん。良い試練よね。うん」


『ししょう?』


「平気だから。予定通りだから」


 自分と弟子に言い聞かせ、師である存在は読んでいた日記を燃やした。


 もう得られる物はないと、あとは適当に金銀財宝を袋に入れてメイドたちの前へと戻った。

 彼女たちはまだ一か所に集まり震えていた。


「もう貴女たちの主人はここに戻ることはない」


 片目を閉じて語る少女に、メイドたちは慌てて顔を見合わせる。


 少女は手にしていた袋を地面に投げ捨てる。

 バラバラと中身が零れ日の光でキラキラと輝いた。


「それを持って逃げなさい。帝国内なら帝都以外に。その気があるならユニバンスが一番安全よ」


 告げて少女は箒を手にしてそれを空中で横に置いて腰かけた。


「自分の人生は自分で決めなさい」


 フワリと浮かんだ少女はそのまま飛び去って行った。




~あとがき~


 応援ありがとうございます。記念すべき1000話目です。

 ですが特別に何かすることもなく普通に閑話とかw


 これからも2000話を目指し頑張ります。

 目指さないとたぶん終わらなそうなのでw



 帝国軍師の荷物を抱えている一団を襲撃したポーラたちは、軍師の日記を発見してその内容を知りました。

 彼女はあの日狂った振りをして暴れ回っていただけです。

 つまりはノイエの姉たちほどの才能は無かったという証拠でもあります。


 始祖と刻印の魔女が合作して作った魔道具は…四天王クラスかいっ!

 せっせと試練ばかり準備して回る刻印さんとポーラの活動はまだまだ続きますw


 次回もポーラを予定しています!




(C) 2021 甲斐八雲

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