人なんか食っても旨くないんだよ

 ユニバンス王国軍・右翼



「はっはは……」


 笑い声なのか、ただ息を吐いただけなのか……オーガであるトリスシアは自分の胸に刺さる矢をまとめて掴むと前方の弓兵に向かい投げつけた。


 もうどれほどの仲間が生きているのか分からない。

 少しでも多くの敵を減らそうと1人で突出し金棒を振るい続けた。

 けれど馬鹿者たちが後を付いて来る。ついて来ては消えていく。


 足元に転がるのは物言わぬ屍だ。

 生きることを終えた人の死体だ。

 もう二度と馬鹿話などできない仲間たちだ。


 煩わしそうに死体を踏んでオーガは口を開いた。


「まだまだ、だよ」


 ジロリと敵兵を睨みつける。


「アタシはまだ……生きているよ……」


 ニヤリと笑いオーガは歩みを止めない。


 顔を汚す血や肉片を舌で舐めとり嚥下する。

 いつ以来か……思い出そうとすれば言いようの無い思いが溢れて来た。


 胃液が上がり、ブッとトリスシアはそれを吐き出した。


「嫌になるね」


 苦い思い出にトリスシアは顔を歪めた。


「不味いんだよ……人間は、ね!」


 だから視線を背ける。

 仲間の死体から視線を背ける。


 見続ければ激しく欲してしまう。

 魂が、オーガが生まれ持つ本能が。


 金棒を振りかざしオーガは敵陣に向かい突進した。

 新たなる“肉”を作り出すために。




 ユニバンス王国軍・中央



「まだ抜けないのか?」


 キシャーラは剣を振るって近くに居る部下に問う。

 彼もまた剣を振るい前へと進もうとしていた。


「敵の壁が厚く」

「泣き言は終わった後で酒を片手に言うがいい」


 剣を振るってキシャーラは前を睨みつけた。


「ならば相手の壁を削って進むのみ! 突撃!」


 前に立つ敵兵を縦に割いてキシャーラは前進を継続した。




 ユニバンス王国軍・左翼



「この化け物がっ!」


 剣を振るって突進して来た帝国兵の頭に棒の先を向ける。

 捩じるように抉るように放たれた一撃に帝国兵の顔が弾けて中身を全てまき散らす。

 生温かな汚物の雨を受けた兵たちが顔色を蒼くして思わず仰け反った。


 恐怖と死がその場を支配していた。


 帝国軍に属する者は、今まで味わったことのない恐怖に飲まれていた。

 それを知るのは共和国の者とユニバンス王国に仕える古参ぐらいだ。

 戦争時、パーシャル砦の近郊に居た彼女は悪名ばかりが有名だった。


 串刺し……それが彼女を指し示す名だ。


 男物のズボンとシャツを着たスラリとしたその容姿は、あのオーガのような恐怖を与えない。

 けれど彼女は恐怖の象徴としてその場にいた。


 立ち向かう者は確実に殺される。

 恐ろしいまでに無慈悲な一撃で。

 歯向かう者は全て殺すとその様子から伺え知れる。


 だがカミーラを知らぬ帝国兵は覚悟を決めて突進してくる。相手は1人だからと侮って。


「つまらないね」


 舌を動かし上唇を舐めたカミーラは、プッと口の物を吐き出す。

 浴びた返り血かと思ったら肉片のおまけ付きだったのだ。


「嫌になるね……こんな弱い雑魚ばかり相手でさ」


 薄っすらと笑いカミーラは敵を見た。


「少しは私を本気にさせなよ?」


 笑い突進してくるカミーラの一閃で、また血しぶきが上がった。




 ブロイドワン帝国軍・本隊



「左翼はそろそろ終わりそうね? 損耗率は?」

「3割程度かと」

「そう。でも確実にあのオーガを殺しなさい」


 命じてセミリアは視線を向ける。

 机の上の地図には駒が置かれ、その駒をセミリアは手にしている杖で押す。


「中央を軽く押して敵の動きを一時的に止めて」

「ですがそれでは」

「返事は了承だけで良いのよ」

「……分かりました」


 話を聞いている軍団長は自分の娘ほどの相手に冷や汗を浮かべ首を垂れる。

 軍師である彼女は本当に狂っているのだ。それを知るだけに逆らえば死ぬと理解している。

 故に逆らえない。帝国軍師はそれほどに恐ろしい存在なのだ。


「問題は右翼よ」


 少しイラついた声で軍師は手にする杖で地図の右翼の駒を殴り飛ばす。


「一騎当千なんて物語の存在だと思っていたのだけど? それともこちらが弱いのかしら?」

「……分かりません。が」

「が?」

「密偵の報告を受けた参謀たちは『バージャル砦の串刺しでは?』と申しています」

「串刺し?」


 眉間に皺を寄せセミリアは自分の記憶に思いを向ける。

 軽く探れば該当する名前があった。


「ユニバンスの化け物って話だったわね? けれど罪を犯して処刑されたとか?」

「はい。11年前のあれで」

「ああ。私と同類か」


 クスクスと笑い、セミリアは今一度杖の先で机を叩いた。


 あの日は本当に素晴らしい日だった。

 どれほど人を殺しても罪に問われなかったのだから。


 自分とは違い“狂った者たち”が暴れていた。だから一緒になって殺して回った。


「……そんな化け物を生かして飼っているなんて、ユニバンスもなかなか見どころのある国みたいね」


 ガツガツガツと机を叩いて興奮を沈めたセミリアは、ゆっくりと立ち上がった。


「貴方は部下を連れて右翼に行きなさい」

「はい。……はい?」


 再度確認して来る愚かな男にセミリアは目を向けた。

 帝国屈指の剣士だったという触れ込みの男をだ。


「貴方が行ってカミーラとか言う化け物を殺してきなさい」

「ですが」

「できないの?」


 最後通告だ。

 気配でそれを察し軍団長は下唇を噛んだ。覚悟を決めた。


「行ってきます」

「ええ。頑張って」


 作った笑みを浮かべて見送る軍師に軍団長は集められるだけの兵を集めるように命じる。

 この場所には軍師の手勢だけを残し、軍団長は右翼の援軍へと向かうのだった。


 静かになった場所でセミリアは天幕を出る。時は来た。


「準備は?」

「万全です」

「そう」


 スッと陰から生じるように護衛が姿を現した。


「あの馬鹿な夫婦は?」

「ドラゴンの元に向かっています」

「そう」


 今度は本当に楽し気にセミリアは笑った。


「なら行きましょうか」


 告げて歩き出す。


「この大陸に居るドラゴンスレイヤーの全てを殺しに」


 それがセミリアの目標だった。


 自分の武器を殺す存在が邪魔で邪魔で仕方がないのだ。

 だから殺す。ドラゴンスレイヤーは全て殺す。


《それに私にはこれがある》


 軽く腰に吊るしている袋に手を伸ばす。


 最初に得た宝玉とは別にもう1つ得た宝玉。

『以前に渡した物よりも強力なのでお気をつけてください』と司祭と名乗る者が持ってきた。

 知らない。強力であろうが制御できなかろうが、そんなことはセミリアは気にしない。

 使えるから使う。勝つために使う。そして……、


「私が描くこの世の終わりを迎えられるなら全てを殺す」


 顔を上げセミリアは歩く。

 こんな世界など滅んで無くなれば良いと……心の中で呟きながら。




 ユニバンス王国軍・右翼



「はは……アタシもこれまでかね」


 膝から崩れトリスシアは前進を止めた。

 もう自分に付き従う部下は居ない。周りに居るのは敵兵だけだ。


 全身を血で濡らし……赤い鬼と化しているオーガは空を見た。


 もう十分だ。十分に戦った。

 これだけ戦い勝ったのだから、きっと自分は『最強』と名乗ってもいいだろう。

『オーガで最も強い』と言っても良いだろう。


 想いゆっくりと目を閉じる。


「ああ。思い出した」


 軽く彼女の口角が上がる。


「嫌な娘だったな……あれも」


 包囲し間を詰めてくる敵兵にオーガは目を向けた。


「人なんか食っても旨くないんだよ。本当に」


 一斉に槍を構えた帝国兵が突進して来た。




~あとがき~


 人対人の戦いは激しく、そして削り合う。

 トリスシアは一歩でも前へと前進を続け…敵陣深くへと切り込んでいく。


 多く殺すために。少しでも敵を減らすために。


 けれどどんな最強種にだって限界はある。故に彼女は遂に足を止めた




(C) 2021 甲斐八雲

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