ホリー、凄く、嬉し、そうだった

 戦場の上空……姿を消した小柄なメイドが箒に腰かけていた。ポーラだ。

 少女は右目に黄金色の模様を浮かべて蠢く人々の様子を眺めながら、内なる弟子に色々と説明する。

 師と呼ばれているのだから弟子に対して師匠らしいこともする。だってそっちの方が尊敬を得られるからだ。


「分かるかしら? 戦場では点ではなくて面で見るの。出来たら上からこんな風に見るのが一番ね」


『ししょうのまほうがないとむりです』


 透明になって姿を隠すなどポーラにはできない。


「そうね。でもその時は風の魔法などを使って弓矢の攻撃は防げばいいのよ」


『まほうは?』


「決まっているわ。根性よ」


『はい』


 何故か根性論を振りかざすとこの弟子は納得する。

 教育環境が良くないのか、それとも純粋に本人が努力の子なのか……一瞬悩んだ刻印の魔女だったが、あっさりと受け流した。扱い方が分かっただけ今後が楽だからだ。


 光学迷彩の魔法で姿を隠し、上空からメイド服姿の少女は戦場を見つめる。


 主な決戦場は三か所だ。

 右翼に敵が兵を集中させ、それを迎え撃つ友軍は全員が決死の攻撃をしている。

 一瞬でも守りに回れば帝国軍の圧により瓦解することを理解しているのだ。だから全員が死を覚悟している。


「あのオーガは化け物ね」


『はい』


 1人突出し金棒を振り回し吠える大女に対し、帝国軍は弓矢の攻撃を集めることで倒そうとしている。

 帝国軍師は兵の配置だけを命じて特に倒し方のレクチャーはしていない様子だ。


『ししょうならどうたおすんですか?』


「魔法で一発」


『すごいです』


 素直に尊敬の念を向けてくる弟子に刻印の魔女は気分を良くする。


「けど帝国軍だってそれぐらいの知恵は回るはず……それをしていない理由は?」


『まほうつかいがいないんですか?』


「それか別の場所に居るんでしょうね」


 ゆっくりと座っている箒を旋回させて魔女は中央に目を向ける。


「こっちは純粋に力の差ね。流石は帝国の大将軍を務めていただけのことはある。部下も精鋭ぞろいだから……帝国軍は防御に徹している」


『かてないんですか?』


「勝つわよ。ただ時間がかかるけど」


 これまた先頭に立って指揮をしているキシャーラの号令の下、その部下たちが反応し帝国兵を確実に駆逐している。ただ帝国側が防御に徹している分進軍速度は遅い。


「でもここにも魔法使いは居ないわ」


『はい』


 そして魔女は最後となる左翼を見る。


「……あれって本当に人間?」


『おーがさんよりすごいです』


「よね? 帝国兵に同情するわ」


 眼下で暴れるのはあのノイエの左目に居た宝塚チックな女性だ。

 確かにあの日最後まで生き残り自分の前まで来たことはある。あるのだが……あの時ですら手を抜いていたのかと思うほどに今の方が化け物じみている。


 土で作った棒を使い、たった1人で帝国軍3千を駆逐する勢いだ。


「なるほど。後のことは考えてないのね」


『あとですか?』


「ええ。ここでできるだけ敵を倒して戻る予定なのよ。きっとその辺にあのリスが隠れてるわ」


『りすさんよくはたらきます』


「そうね。今度少し弄ってあげようかしら?」


『ししょう?』


 弟子の問いかけに魔女は腕を組んで胸を張る。


「私はリスよりもムササビやモモンガの方が格上だと思うの。けどあのふさふさの尻尾は捨てがたいわ! だから私が手を貸すことであのリスは更なる高みに駆け上がれるはずよ!」


『……どうするんですか?』


「あの尻尾のふさふさをふっさふっさにする!」


 どうでも良い宣言だった。

 けれど強く硬い意志を持って刻印の魔女はそう宣言したのだ。


『ししょう……わたしもはやくだきたいです』


「分かってるじゃないの!」


 弟子の理解を得られて魔女は視線を動かした。


 別行動をとっている夫婦を探す。

 ただ見つけるのは簡単だ。だって彼女のもう片方の目も“自分自身”なのだから。


 木々の間を走り抜ける2人……アルグスタとノイエを魔女は千里眼で捉えた。


「作戦としては悪くないんだけどね」


『だめなんですか?』


「ダメじゃないわよ? きっと計画通りあの2人なら後方に待機しているドラゴンを倒して逃げ出せるでしょうね」


『ならにいさまたちの』


「ただし」


『……』


 弟子の勝利宣言を師である魔女はさえぎった。


《これが平和ボケした日本人の限界かな~》


 クスクスと笑い魔女は箒に命じて移動を開始した。


『どこに?』


「もう少しよく見える場所よ」


 高度を下げながら魔女はドラゴンたちが待機している広場を見渡せる位置に来た。


「これ見よがしにドラゴンたちがここに置かれていることを疑問に思わなくちゃね」


『ほりーさんがなにもいわないから、きっとだいじょうぶです』


「忘れてたわね。あの痴女なら左目の中で監禁してるわよ?」


『……』


「だって全て教えてたら成長の機会を失うでしょう?」


 クスクスと笑い魔女は改めて座っている箒に魔力を注ぐ。


「ここには帝国軍師の罠がある。あの残念な子は、ここで2人を始末する気でいるのよ。少なくとも貴女のお姉ちゃんを殺す気でいるみたいね」


『ねえさまはまけません』


「最強のドラゴンスレイヤーだから?」


『はい』


 揺るがない信念のもとポーラはそう言い切った。何故なら姉であるノイエは大陸屈指のドラゴンスレイヤーだ。自分でも倒せない大型のドラゴンだって倒せるのだから。


「そうね。確かにあの子は強いわ」


 素直に魔女もそれを認める。


「けれど古来より最強と呼ばれた人物は必ず死んでいるのよ。老いが一番の強敵でしょうけど……次いで多いのが罠や毒といった謀略の類よ」


『けどねえさまにどくは』


「効かないわよね? けれど兄様は?」


『……』


「それにあの子を封じるなら他にもやりようがあるの。それをあの軍師はもう実験し終えている。だからこそのこの罠なのでしょうけどね?」


『でも……』


 グッと何かに耐えるようにポーラは言葉を発した。


『それでもにいさまとねえさまはかちます』


「そうあって欲しいわね」


 クスクスと笑い魔女は悠然と足を組んだ。


「私だってあの2人がこの罠をどんな風に突破するのか楽しみなんだから」


 だからこそこうして弟子を連れてきて一番良い場所から見ているのだ。

 自分が想像も及ばない逆転劇をやってのけるあの夫婦を見るために。




「あは~。無理っ!」

「レニーラ~。諦め~たら~?」

「分かってるんだけど……こう束縛されたら抗いたくなるのよね!」


 言ってレニーラは魔眼の中枢に向かい駆けだす。


 部屋と呼んでも差し支えの無い場所の中心にちょこんと椅子のように突き出している突起だ。

 あそこに座り決められた魔法語を唱えて魔力を注げばノイエの体を使うことが出来る。けれど今はその場所が遠い。


 首に首輪が現れギュッと締まる。

 レニーラはリードの余裕がなくなった犬のように急停止して……軽くむせた。


「内臓が~飛び~出てる~ぞ~」

「ああ。なんか痛いと思ったら」


 慌ててお腹の中に腸を押し込んでレニーラはすごすごと戻って来る。

 最初から抵抗を止めているシュシュの横にちょこんと座った。


「無理だね」

「さっきも~同じ~ことを~言ったぞ~」

「うん。少ししたらまた行けそうな気がしてきて」

「無理だぞ~」


 何せ自分たちに理解不能な魔法を使ったのはあの刻印の魔女だ。

 フラッと現れて『貴女たちは協力しすぎだから』と告げて魔法を使われた。その結果、椅子に向かうと両手両足そして首に拘束具が姿を現し接近できなくなった。


「ただ、いま」

「ファシーは~動ける~のか~だぞ~?」

「は、い」


 コクンと頷いた少女のような存在は、ポテポテと歩いてセシリーンの隣に座る。

 そのまま寄りかかって甘える仕草を見せれば、歌姫は柔らかな表情で相手を抱きしめる。


「ホリーは~?」

「口に、こんな、塊を、入れられ、てる」


 ホリーの様子を見に行ってくれたファシーはたどたどしく語る。

 シュシュたちにそれは理解できなかったが、今のホリーはハードなMの上位者が身に着けるようなレザー製の拘束具などでガチガチに固められていた。もちろん話すこともできない。


「……痛そう~だぞ~」


 聞いて頭の中で思い浮かべたシュシュは純粋にそう思った。


「でも……ホリー、凄く、嬉し、そうだった」

「……そうなんだ」


 間の抜けた声を忘れシュシュは思わず素で返事をしていた。

 やはりあの殺人鬼は常軌を逸した変態なのだと再確認したからだ。




~あとがき~


 上空から戦場を俯瞰して見つめるポーラたちは、各戦場に魔法使いが配置されていないことに気づきます。


 ノイエの中では刻印さんが姉たちに足かせを。

 ホリーは…ドMな格好で放置されていますが、ハァハァしてますw




(C) 2021 甲斐八雲

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