私が頭脳戦で負けることは無いから

 ユニバンス王国王都・アルグスタ執務室



「のほほ~!」


 ハイテンションで一気に書類にサインを入れていく。

 もちろんハンコ型のサインをパンパン押していく感じだ。


 速い! 速すぎる! 驚きの速さだ! これで僕は天下を取れる!


 あっという間に出かけていた間に溜まった書類を処理して終えた。


「これにて終了!」

「ありゅぐしゅたしゃま~」

「何かねクレア君?」


 間抜けな声に顔を向けると、ロープで椅子に縛り付け糸を駆使して変顔にしたクレアがマジ泣きしていた。


 僕が秘密兵器のサインハンコを預けたというのに……このメンタルよわよわな人妻は1回も使わなかったのだ。おかげで仕事が山積みである。


「ごめんにゃらい~」

「ダメです。これは罰が必要です」

「いら~」


 ジタバタと暴れるクレアの横には呆れ果てた様子のミネルバさんが立っている。

 彼女が手に持っているのは病人に飲み水を与える時に使うガラス容器の水差しだ。それで定期的にクレアに水を飲ませている。


「で、クレア君。そろそろお花を摘みたい感じかね?」

「ごめんにゃらい~」

「ほほう。やはり限界かね」


 ジタバタと暴れるクレアは必死だ。たぶん自分の膀胱が反抗期なのだろう。


「それで次からは言うことを聞いてくれるね?」

「はひぃ~」

「それは絶対かね?」

「はひぃ~」


 ブンブンと頭を縦に振ってクレアが懇願してくる。


 ならば許そう。


 ミネルバさんに視線を向けると、彼女は深くため息を吐いてクレアを拘束している縄を解く。するとクレアは全速力で部屋を出て行った。

 変顔のまま出ていくとは流石クレアだ。メンタルが弱い割には進んで生き恥を晒しに行くな。


 と、クレアの椅子を片付け終えたミネルバさんが僕に対して冷たい視線を向けて来た。


 最初はポーラに頼んだんだけど、それを見ていたミネルバさんが自ら進んで仕事を変わった。

 その様子から『ポーラ様にはこんなことはさせません』と言う姿が見て取れた。


 代わりにポーラはソファーに座りチビ姫の相手をしている。

 何でも茶巾袋の姿で来客中の陛下の部屋に登場するという高度な生き恥を晒す行為をして……毎日反省文を書いて提出しているとか。


 きっとそれは神が与えた試練なのだろう。この世界に神様は居ないって話だけど。


「おうひさま。そのぶぶんはきのうとおなじです」

「うな~。毎日毎日反省文とか無理です~」

「だからおなじことをかいてもやりなおしをうけるだけです」

「うな~。です~!」


 どうやらチビ姫は前日と同じ文章を書いて行数を稼いでいるらしい。

 その手の小細工はお兄様に通じないよ?


「さてと」


 一応書類処理も終えたし、何よりお花を摘み終えたクレアが戻ってきて暴れだしたら面倒だ。


「ミネルバさん。クレアにケーキを渡しておいて」

「畏まりました」


 このまま帰ると、あの子は絶対に3日ぐらい拗ねて登城拒否するに決まっている。

 彼女に対する飴と鞭は飴を多めにしておかないとダメなのです。

 クレアの扱いにも慣れたものだな。


「僕はこれで帰るんで……ポーラはどうする?」

「これがおわったらかえります」

「そうですか」


 チビ姫の手伝いと言うか監視しているポーラがそう答えて来た。


 普段のあの子なら『にいさまとかえります』と言ってチビ姫なんて放置なのに……ウチの可愛い妹もついに反抗期ですか? 原因は僕なんだろうけど。

 でもポーラを戦場に連れていけないしね。仕方ないんだよ。


「なら帰るね」

「はい」


 顔を上げて手を振ってくるポーラに見送られ僕は執務室を出た。




《じゅんびはおわってます》


 兄の背中を見つめポーラは柔らかく笑う。


《もうはなればなれはゆるしません》


 師匠と共に作った魔道具は完璧らしい。魔力の供給は門から得られる。

 1人で飛ぶ分には問題無いらしい。


《ずっといっしょです》


 内心で笑いポーラは机に視線を向けた。


「おうひさま。それもきのうかきましたよ」


 心の内を表に微塵も出さずにポーラは微笑み続けた。




 ユニバンス王国自治領・領主屋敷



「またそれかよ?」

「ピロ~」

「何したのこれ?」


 転移して自治領に来ると、またミシュが木に縛り付けられていた。

 魔道具の警備をしている騎士に目を向ければ、彼らは目から色を失い口を開く。


「実は『毛虫に刺されて痛痒いの。薬を塗るか舐めて』と騒ぎ、男性の宿舎で大暴れしまして」

「……判決。有罪」


 地面を掘って大量のミミズを拾い集めて、それをミシュの下着の中に押し込んだ。


「ピロ~!」


 絶叫を発してミシュがビクンビクンと震える。

 もうこの馬鹿はこのまま放置で良い。


「で、ヤージュさんは?」

「直ぐに来るはずです」

「……オーガさんも?」

「たぶん直ぐにでも」


 骨付きの肉を食べていたノイエが、食べ終えた骨を握り直して投擲した。

 クルクルと直進していく骨が、建物の角を曲がって来たオーガさんの口に飛び込んだ。


「ゴミにゴミは投げてもいい」

「アタシをゴミ箱扱いとはいい根性しているね!」

「煩いゴミ」

「ちょっと1回、死にな!」


 激怒したオーガさんがノイエに飛び掛かり、肉を装備したノイエがそれを回避する。

 目まぐるしい攻防だ。漫画の世界だ。


「ファシー。見てる?」


 連れて来た僕の肩に居るリスの頭を軽く撫でてやる。


「今日もノイエは元気だよ」


 元気が有り余っているようにしか見え無いけどね。


 とりあえずヤージュさんが来るまで2人はじゃれ合っていた。




「会場は?」

「こちらとあちらの丁度中間の位置ですね」


 帝国軍師との話し合いは向こうが準備する段取りだ。

 場所はこっちが指定したけれど。


「て、どんな場所なの?」


 場所を指定したヤージュさんが口を開く。


「平坦な場所です。周りに伏兵は置きづらいですし、何よりノイエ様の足があれば十分に逃げられます」

「そうなんだ」


 言って僕は前を見る。


 今日は馬車だ。ただ箱形の物ではなくパレードとかに見るオープンなヤツだ。

 御者はヤージュさんが務め、護衛として正装姿のオーガさんが隣を歩いている。


「そんな服とか着るんだ」

「着たくないよ。ただ着ないと連れて行かないとヤージュが言うからね」

「それと帝国軍師の命を狙うのもダメですからね」

「へいへい」


 頷いているがオーガさんの目はやる気満々だ。そんな気配がプンプンする。


「近づくの拒否されるんじゃないの?」

「いいえ。向こうは人数の制限はしましたが、参加者の縛りはありませんので」

「なるほどね~」


 腕を組んで空を見上げる。


 雨期が終わって空が青いや……じゃなくてどこかきな臭い。

 仮に罠なら、帝国軍師は帝国に危ない綱を渡らせることになるぞ?


「アルグちゃん」

「ほい?」


 そっと僕に寄りかかるノイエが口を開いた。

 僕を『アルグちゃん』と呼ぶのは1人だけだ。


「なに?」

「今すぐそのオーガを戻して」

「直ぐに?」

「ええ」


 ホリーの言葉だから従うけど、たぶん帰らないよ?


「オーガさんや」

「何だい?」

「出来たら帰ってくれますかね?」

「はぁ? あの女狐を殺せる好機なんだよ! 誰が帰るか!」


 本音を口走ったか。

 まあここからが僕の腕の見せ所だけどね。


「……つまりそれって向こうも同じなんですよね」


 僕の言葉にヤージュさんも振り返った。


「今のオッサンなら無理すれば暗殺できるかも?」

「……可能性なら」

「あの女狐はっ!」


 理解したらしいオーガさんが地面を激しく蹴る。


 と、遠くで煙が立ち上るのが見えた。


「トリスシアっ!」

「分かったよ!」


 踵を返してオーガさんが走り出す。

 ヤージュさんも手綱を操り戻ろうとするので、僕は手を伸ばし彼の背を叩いた。


「あれはオーガさんを呼び寄せる帝国軍師の細工ですよ」

「……そう言うことですか」

「ええ」


 理解の早い人だから助かった。

 セミリアと言う人物は、どうやら僕らとだけ会いたいのだろう。


 座席に座り直すと、ノイエの振りをしたお姉ちゃんが甘えてくる。


「平気よアルグちゃん」

「はい?」


 クスッと彼女が笑う。


「私が頭脳戦で負けることは無いから」

「頼りにしてます」


 確かにホリーの頭脳は底抜けだ。


 ただ帝国軍師がどれほどかは……未知数なんだけどね。




~あとがき~


 ユニバンスに戻っては書類仕事をしてまた前線に…。

 準備を完了したポーラは笑みを浮かべております。


 前線では帝国軍師が仕掛けてきますが、ホリーはそれに対して何も感じません。

 だって敵の考えなど自分の想定の範囲内ですから…




(C) 2021 甲斐八雲

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