償いをしていくしかないのね

「旦那さん」

「ん?」


 腕の中に居る黄色の目が僕の顔を覗き込んでくる。


 いつものように現れるとフワフワし始めた彼女を抱きしめてベッドの上に引きずり上げた。

 軽く抵抗する割にはベッドの上に座ると暴れたりしなくなるから可愛らしい。


「グローディアがドレスを準備しておけって騒いでたぞ」

「……本当に自分勝手な王女様だな」

「だぞ」


 告げて、ノイエの体を使って出て来たシュシュが甘えてくる。


 シュシュはノイエの中の人たちに比べると比較的大人しい。

 スリスリと抱きついてくるシュシュは猫のようで可愛らしい。ノイエの体だけど。


「誰かグローディアを一発殴っておいてくれないかな?」

「ホリーなら喜んでするぞ」

「あ~。壮絶な殺し合いになると思うぞ」


 シュシュに釣られて語尾が『ぞ』になってしまった。


「真似するな。旦那君」

「真似なんてしてないんだぞ?」

「もうっ」


 怒ったシュシュがムッと膨れて僕の耳を引っ張る。

 こんな風にじゃれてくるシュシュは本当に可愛らしい。


「痛いって」

「罰なんだから」

「はいはい」


 怒った振りをするシュシュの頭を撫でてやると、ふくれっ面から笑顔に変わる。


「それであの2人は?」

「グローディアは宝玉が使えるようになるまで休むって。アイルローゼは通路にこもって『うふうふ』と笑ってるね」


 あのアイルローゼが? 想像もできません。


「あの先生がそんな下品な笑みを浮かべないでしょう?」


 何故かシュシュが『何を言ってるの君は?』と言いたげな目を向けてきた。


「旦那ちゃんはアイルローゼを神聖視しすぎ」

「そうかな?」

「アイルローゼだって人間なんだから」

「そう言われればそうだな」

「だよ~」


 うんうんと頷きシュシュが僕の頬にキスしてきた。


 ただ語尾から『ぞ』が消えた。からかわれて意識したか?


「アイルローゼは自分じゃ掃除もできないんだから」

「そうなの?」

「うん。寮の自室はリグに掃除させて、研究室は弟子たちに掃除させていたんだよ」

「……リグが一番可哀想な気がしてきた」


 弟子たちが掃除するのは何となく分かるけど、リグは関係ないよね?


「リグはアイルローゼに懐いていたからね~」

「そうなんだ」


 あの巨乳と貧乳が……でも先生には美貌と完璧な足があるから引き分けだな。


「弟子はフレアさんたち?」

「だぞ……よ」


 訂正するくらいなら無理をするなと言いたい。

 軽くシュシュの耳元に唇を寄せて『ぞ、でも良いよ。可愛いから』と言って軽く彼女の耳を甘噛みする。

 顔を真っ赤にしたシュシュが嬉しそうに眼を弓にして甘えてくる。


 これぞ癒しだと僕は思うのです。

 肉食はたまにで良い。普段はみんなこうであって欲しい。


 と、甘えていたシュシュが僕から少し体を離して顔を見つめてくる。

 少し寂しそうな表情に変化していた。


「アイルローゼの残りの2人の弟子は、ソフィーアとミローテと言うの。知ってる?」

「名前だけはね」


 ノイエの中に居るであろう人たちの現存する全ての資料には目を通しているので、先生の弟子の名前はもちろん知っている。


 ソフィーアさんは夫だった人の手にかかり殺害され、ミローテさんはあの日先生に……だから先生はあの時あんなことを口走っていたのか。

 自分の弟子を手に掛けたのなら、先生でも自暴自棄になりえるのか。


 何故かシュシュが軽く唇にキスしてきた。


「確認のしようが無いのだけど……ミローテには母親違いの妹が居るの」

「妹?」


 それは初耳だ。もしあの日の被害者なら探してみて、


「ファシーらしいの」

「……」


 僕の首に腕を回してシュシュが抱きついてくる。


「先生はそのことを?」

「知ってる」

「そっか……」


 よしよしとシュシュの頭を撫でると、ギュッと彼女が抱きつく力を強めた。

 甘えるように……縋りつくように。


「分かってるの。私たちは全部知ってグローディアの謝罪を受け入れた。けどね……時折言いようのない怒りが胸の中に溢れるの。私って酷い女だよね? 許したと言いながら許しきれてないんだもの」


 シュシュらしからぬ真面目な言葉だ。

 けれどそれは彼女の本心なのだろうな。


「それが普通だと思うよ」

「……本当?」


 腕を緩めてシュシュが僕の顔を覗き込む。

 涙で潤んだ瞳が今にも決壊しそうだ。


「グローディアが後先考えずに異世界召喚をしたのは事実だ。それにシュシュたちは巻き込まれた。やりたくない人殺しを強制させられたのも事実だしね」

「……うん」


 コクンと頷いた衝撃で、ポロポロと涙がシュシュの頬を転げ落ちた。


「けれどこうも考えられる」

「どう?」

「グローディアが呼び出した魔竜って存在が何もしていなければ?」

「……」


 ぶっちゃけ論点のすり替えだ。

『武器を作る人が悪いのではない。使う人が悪いのだ』的な理論だ。


「だからシュシュも手伝ってよ」

「手伝う?」

「うん。あの刻印の魔女の言葉は聞いてるでしょ?」

「一応」


 シュシュが知ってるなら全員知ってるかな?

 あの馬鹿賢者は『中の人たちの協力? 全員1回絞めたから絶対服従よ』とかしか言わなかったから不安だったんだけど。


「だから魔竜を一緒に殴り飛ばしてやろう」


 グローディアに罰を与えたのだから、次は魔竜とか言う存在を殴れば良いはずだ。

 その後のことはその時に考えれば良い。まだシュシュがグローディアに対して怒りを覚えるというなら、僕も一緒にあの馬鹿王女に罰を与えてもいい。

 可愛いシュシュと憎たらしいグローディアなら手助けするのはシュシュの方だ。


 と、泣きながらシュシュは笑う。


「うん。いいね」

「でしょ?」

「それならグローディアを相手にイライラしないで済むね」


 またシュシュは僕にキスしてくると抱きついてきた。

 フワフワしていないシュシュは意外と甘えん坊でキスが好きらしい。可愛いから許す。


「分かった旦那様。一緒に魔竜を殴り飛ばそうね!」

「おう。そうしよう」


 笑顔になったシュシュが増々甘えてくる。

 と、何故か彼女は俯き……耳まで真っ赤になった。


「あのね。旦那さん」

「ん?」

「……して欲しいなって……ダメ?」


 ゆっくりと顔を上げたシュシュはトマトのように真っ赤だ。

 ただこんな風に恥じらいながら誘われると男性としては食指が動くわけです。




「良かったわねグローディア」


 クスクスと笑う歌姫に、グローディアは何とも言えない渋い表情を浮かべた。

 謝り罰を受けて回ったが……シュシュのように割り切れない人物の方が多いはずだ。

 それを知り、目の当たりにして言葉を失った。


 けれどグローディアとしては何も言えない。シュシュが正しいのだ。


「少しはアルグスタ様に感謝したら?」

「冗談」


 フンっと鼻を鳴らしてグローディアは踵を返す。


 外の様子を確認するために魔眼の中枢にやって来たが……深くため息を吐く。


「歌姫」

「私も多少思うことはあるけれど……シュシュほどじゃないわよ」

「そう」


 セシリーンの返事を受けてグローディアは今一度あの言葉を思い出した。

 今後の自分の在り方を示してくれたラインリアの言葉をだ。


「私は消えてなくなるまで……償いをしていくしかないのね」


 大変だけれどやるしかないのだ。


 苦笑しグローディアは足を動かす。

 まず最初の一歩は……馬鹿な従弟と大切なノイエを転移させることだ。

 それが全ての始まりとなるはずだから。




~あとがき~


 アイルローゼがあの日自暴自棄になった理由は…まあそんな感じです。


 シュシュが代弁してくれましたがグローディアの謝罪を受け入れても割り切れない部分はあります。それが人だと思うので。

 だからアルグスタはそんな人たちの思いを聞いて前を進むことでしょう。


 グローディアも決して立ち止まりません。だって償い続けると決めたのですから




(C) 2021 甲斐八雲

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