まあ知っていたのだけれどもね

「ねえアルグスタ?」


 ヒタッヒタッと歩いて来る義母さんは室内履きのままだ。

 スリッパのような物ではなく、そこが分厚い靴下のような物を履いている。


 ただどうしてホラー映画的な効果音がこの耳に届くのだろうか?

 こうなれば最終手段だ。神器……ノイエの盾!


 僕にヒシッと抱き付いているノイエを引き剥がそうとして失敗した。


 ノイエさん? 抱き付くならまだしも若干僕を義母さんの方に押してませんか?

 そこまで義母さんが怖いか? ああ。僕は怖いぞ!


「ディアは何処に居るのかしら?」


 少し傾いた義母さんの顔がこちらを見る。


 どうして薄っすら笑っているの? どうして薄っすらその目は光っているの?

 もうただのホラーじゃんか!


「……言えません」

「んん?」

「言えないんです!」


 恐怖で思わず叫んでいた。


「……どうして?」


 ヒタヒタと迫って来ていた義母さんが一気にベッドの横にっ!

 端に手を掛けて這う感じで足元までっ!


 ここは逃走だ。もうそれしか無い。


 ノイエさん! 僕を抱えて逃走するんだ!


「ノイエっ!」

「……」


 返事がない。顔を向けたらフリーズしていた。


 あの~? ノイエさん? ちょっと?


 軽く彼女を揺すってみたら、目を開いたままでノイエがパタンと倒れた。


 まさかのブラックアウト!

 ノイエってホラーダメなの? 義母さんだから?

 それはそれで失礼だから!


 両肩を掴んでグワングワンと激しく揺す振るがノイエは起きない。


「寝るなノイエっ!」

「……」

「仕方ない。ちゃんとベッドで」


 ここが寝室だけれどもベッドは他の部屋にもある。


 ノイエを抱きかかえて逃げ出そうとしたら、義母さんが僕とノイエの足を掴んで来た。


「何処に行くの?」

「ひぅっ!」


 気絶していたはずのノイエが悲鳴を上げた。やはり寝た振りだったか。

 ノイエ……夫婦って病める時も苦しい時も一緒なんだよ!


 ズルズルとシーツの上を滑り、義母さんの方へと引き寄せられる。

 相手が相手なだけに足蹴りで逃れるという選択肢も選べない。


 ガシッと僕とノイエの腰を掴んだ義母さんが……一気にノイエを引き寄せて頬ずりし始めた。


「あの~義母さん?」

「……はっ!」


 一瞬無抵抗なノイエに我を忘れたか?

 そのまま全てを忘れてノイエを愛でてて良いと思います。


 おやノイエ君? どうして『私を見捨てるの?』的な視線を向けて来るかな?

 先に気絶した振りをして逃れようとした裏切りを僕は忘れません。あとで膝枕だな。顔を太ももに押し当ててスリスリしてやる。


「ねえアルグスタ? ディアは何処に居るの?」

「言えません」

「どうして?」

「どうしてもです」

「……」


 薄っすらと笑う義母さんの手がノイエの服の中に……何をする気だ?


「そこは……んっ」


 何故か無表情でノイエが艶めかしい声を。


「ノイエはディアの変装じゃないのね?」

「んっ! んんっ!」

「おい待て義理の母よ? 確認を終えたんじゃなかったのか?」

「はっ! ついっ!」


 ついでそんなにガッツリと胸を揉むのか?


「前に確認した時よりも成長したような気がして……」

「やっぱり成長してるの?」


 やはりか? 最近ノイエの腰回りが増々引き締まって胸とお尻が大きくなった気がする。


 一時休戦して義母さんとノイエの成長を確認し、最後はシェイクハンドで終了した。

 実に良い夜を過ごせた。あとは部屋に戻って平和な睡眠を得よう。


「ならお風呂入って寝るんで」

「ノイエはこのまま私と一緒に」

「じゃ!」


 ベッドを降りて立ち去ろうとしたら、ガシッと肩を掴まれた。


「危ないわ。アルグスタは気をつけないと話を誤魔化して逃げるから」

「ちっ!」


 僕の完璧回避がっ! この世界に来てから磨き上げたスルースキルでも逃げられないかっ!


「ねえ? どうして言えないの?」

「……陛下に口止めされてまして」

「シュニットに? なら平気よ。あとでお願いしておくから」

「……」


 この状態の義母さんがお願いに来たら絶対に『アルグスタに一任してある』とか言って僕に振り逃げするだろうな。

 つまり言っても良い訳か? 良いのか?


「どうして?」

「……実は一方通行なので」

「一方?」

「はい。いつも向こうから連絡して来るんです。住んで居る場所も知りません」

「……へ~」


 片腕でも完全に脱力して人形のようになっているノイエを抱き締めながら、義母さんが僕の顔を覗き込んで来る。


「嘘ね?」

「くっ!」


 何故気づいた。


「本当のことを言いなさい」

「……言えません」

「どうしても?」

「はい」

「なら仕方ないわね」

「何を?」


 義母さんが僕の顎に手をかけ、ガチッと掴んで来る。


「余り使いたくないのよね……」

「何を?」


 僕の目を覗き込む義母さんの目は爬虫類のようにも見える竜眼だ。

 それがジッと覗き込んで来て……あれ? どうして僕は何も言わないんだっけ? 別に言っても良いよね? 義母さんは味方なんだし……


 スッと白い物が僕の顔に触れた。


「本当に馬鹿ね。もう少し上手く誤魔化しなさいよ」

「んあ?」

「ファシーが飛んで来て何かと思えば本当に……」


 グイッと顔を、目の辺りを押される。

 義母さんの顔が離れて……ああ。ノイエの手か。


「ノイエ?」


 キョトンとした様子で義母さんがノイエを見る。


「お久しぶりです。リア様」

「……」


 自身が抱きしめていたノイエがノイエらしくない言葉を口にする様子に……義母さんはそっと彼女の額に手を置いた。


「熱はないみたいね」

「この体は病気と無縁です」

「そうよね」


 頬に指をあてて義母さんが首を傾ける。


「なら……貴女は誰なのかしら?」

「もう、リア義母様は……本当に変わらないですね」

「だって人はそう簡単に変わったりしないですもの」

「そうですね」

「そうよ」


 ノイエを見つめていた義母さんが、両手を伸ばしそっと彼女を抱きしめる。


「知らない間にノイエになってしまったの?」

「この体はノイエの物よ。今は色々とあって少しだけ借りているの」

「そうなのね」


 ギュッと抱きしめている様子はいつも通りの義母さんだ。

 ただ普段嫌がっているノイエが素振りすら見せない。

 むしろ進んで手を伸ばし……たぶん従姉であろう彼女が抱きしめ返す。


「まあ知っていたのだけれどもね」

「「はい?」」


『てへっ』とばかりに義母さんが舌を出して笑う。

 見学に回っていた僕も思わず声が出て、グローディアとハモったよ。


 今この人は何て言いましたか? ねえ?


「うふふ。2人を驚かせることが出来て嬉しいわ~」


 笑えないよ? ねえ?




~あとがき~


 ホラーチックで迫る義母さんに防戦一方の2人。

 実はファシーは緊急脱出してグローディアを呼びに行ってました。


 で、天然で爆弾発言する義母さんが居るのです




(C) 2021 甲斐八雲

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