あいてがいるはなしですから
「こう?」
「は、い」
ファシーに求められるまま、ベッドの上に移動して背後から彼女を抱きしめる。
前はこうしてよくノイエの頭を撫でてたな。
最近は気づけばマウントポジションだ。安易にエッチに逃げるのは良くない。
明日からはこうして夫婦の密着時間を増やして語らうことも増やそう。
そうすればノイエも落ち着くはずだ。落ち着いて下さい。お願いします。
「……暖か、い」
「寒いの?」
フルフルと頭を振って背中を押し付けて来るファシーが視線を彷徨わせる。
「抱き、しめて、貰え、なかった、から。ずっと……」
「そっか。なら今度からファシーが出て来たら挨拶代わりにギュッて抱きしめてあげるからね」
「嬉し、い」
泣きそうな顔をして甘えて来る。
うん可愛い。何この可愛い生き物は?
今日もウリウリと顎の下を撫でて可愛がってあげる。
目を細めてされるがままのファシーだが、別に遊んでいる訳じゃない。
リスが王都内の王弟屋敷に向かって疾走中なだけだ。
瞬間移動的な能力なんて無いリスの移動速度はたかが知れていると思ったが、あのリスはファシーの魔力で強化されている。
普通のリスの3倍程度の速度を出せるっぽい。赤く無いのに生意気な。
「見えた、よ」
「なら壁を昇って侵入できる?」
「は、い」
主人であるファシーの命令を受けて、リスが馬鹿兄貴の屋敷へと忍び込んだらしい。
ただファシーを抱きしめている僕には何も分からない。
モジモジと甘えて来る彼女を撫でたりするのが仕事なのだ。
「窓の近く、居た」
「何をしてる?」
「……女性と、話して、ます」
あっさりと発見するとは素晴らしい。あとはリスに持たせた脱出計画をポーラに手渡して貰えばどうにかなる。内容は『フレアさんを頼れ』だ。
今まで色々と彼女には貸しがあるような気がするからそれを一括で返済して貰おう。
貸してるよね? 借りてる方が多いか?
なら負債を増やせば良いだけだ。問題は無い。
「窓が」
「それは強敵だね」
「待って、て」
一周懸命に頑張ってくれるファシーを撫でて愛情を注ぐ。
ノイエの体なのに子供をあやしている気分になるのは仕方ない。
「ポーラを呼べない?」
「……赤ちゃんを、抱いて、こっちを、見ない」
「おい。あの妹は……」
赤ちゃんとはフレアさんの娘のエクレアかな?
何故洋菓子の名前なのかは結構謎だが、悪くない名前な気はする。
最後の『レア』な部分が母親と一緒なのが特に良い。
「って、ポーラと話しているのはフレアさん?」
「は、い」
「……義母さんは?」
あの義母さんが孫とポーラが居る幸せ空間に居ないとか考えられない。
両方を抱え込んで頬ずりしていてもおかしく無いはずだ。
「居ない、です。あっ」
「あっ?」
ビクッとノイエの体が震えた。
「セシ、リーンが……本当?」
「ファシー?」
ゆっくりとファシーがこちらに振り返る。
「アルグ、スタ、様」
「はい」
「逃げ、て」
「はい?」
スッと色が抜けて普段のノイエに戻る。
と言うか逃げてって何事ですか?
ノイエに戻った彼女が……フワフワと揺らしていたアホ毛をピンと立てて警戒態勢になる。
「アルグ様」
「えっと何?」
「逃げよう」
「はい?」
だからどうして逃げるのかを……あれ? 窓の外に誰か居る?
リスを出すために鍵をかけていない寝室の窓が開かれる。
大きな窓でベランダへと行き来できるサイズなので、静かに歩いて入って来る相手の全身像が見えた。
黒っぽく見えるドレスを纏った女性だ。女性だよね。
俯き加減に大きなツバのドレスと同じ色の帽子を被っているからその顔は見えない。
ただ何故かノイエが逃げ出そうとして僕の腕の中で身を捩っている。
暴れるな。そんなに胸を押し付けられると興奮するぞ?
「ねえ? アルグスタ?」
「……」
夜の闇を背負い入って来た女性の声に僕も震えだした。
間違いない。と言うかどうしてここに居る?
静かに歩み寄る相手がゆっくりと顔を上げる。
見間違いようもない。その顔は間違いなく……義母さんだった。
「ちょっ! お屋敷を出たらダメでしょう!」
「……何を言ってるの? 呼んでも来てくれない貴方が悪いのでしょう?」
地を這うような冷たい声に僕とノイエが同時に震え上がる。
良く分からないが本能が訴えかける。『怖い。怖すぎる。今直ぐ逃げろ』と。
「ねえアルグスタ?」
「ふぁい!」
恐怖で舌が凍り付く。上手く声が出ない。
ベッドの傍に来た義母さんが足を止めてこっちを見る。
「ディアは何処に居るの? 言いなさい」
「……」
まさかの襲撃イベントは想定外なんですけど!
「あ~」
「かわいいです」
両手で我が子を抱いて全身を動かしてあやす様子をフレアはそっと見つめる。
隊長であったノイエと色の良く似た少女だ。何故かメイドの姿をしているが。
あのドラグナイト家の一員であり、あのドラゴンスレイヤーの義理とは言え妹だ。
魔法は勉強中であるが、知識や礼儀作法などの教養は凄い勢いで身に着けているとか。
『天才』
そう呼ばれた人物の弟子であったフレアから見ると、どうも不安を覚える。
背伸びをし過ぎているように見えるからだ。
昔は師である人物がどれ程無理をしていたのかは理解出来なかった。
でも今はそれなりの経験を積み、痛いほどに『背伸び』の反動を理解しているつもりだ。
「ポーラさん」
「はい。めいどちょうさま」
「様など要りません」
「でもおばさまのあとをついだひとですから」
我が子を抱いて背筋を伸ばし返事をして来る少女の様子は危なげだ。
「ポーラさんはどうしてそんなに頑張るのですか?」
「はい。にいさまとねえさまのやくにたちたいのです」
「役にですか」
彼女は義理の兄であるアルグスタが田舎の集落から救い出して来たと、フレアも報告を受けた。
奴隷のような扱いを受け救われた時は酷い状況だったらしい。
けれどあのお人好しな金持ちは、義理の妹に容赦ないほど可愛がった。
結果として皮と骨だけだったポーラの体は、脂肪と筋肉を得て丸みを帯びている。
話によれば王都に来た頃よりも身長も伸びているとか。
どうやらあの元上司は、敵を作るのと同じくらい子供を育てるのも上手いらしい。
「なら貴女は何を目指すのですか?」
「なにを……?」
首を傾げる少女の顔に幼子が手を伸ばす。
頬をペチペチと叩く無礼を働いているが、ポーラは優しい笑顔を浮かべたままだ。
まるで子供はこうするのが仕事だと……メイド以上にメイドのような存在だ。
「いまはめいどです」
「今は?」
「はい」
とびきりの笑みを浮かべてポーラは答える。
「そのあとは……まだわかりません」
「分からない? どうして?」
フレアの問いにポーラは頬を赤らめる。
「あいてがいるはなしですから」
「相手?」
「はい」
完全に顔を真っ赤にしてポーラは若干恥じらう。
その様子をどうも理解出来ず……フレアは質問しようとする口を閉じた。
言いようの無い不安を感じたからだ。
幼子を抱いてあやし続けるポーラは、抱く子に対し我が子を見つめるような目を向ける。
いつか本当に"我が子"を抱きたいとそう思ったからだ。
《にいさまとなら……やんっ!》
フルフルと頭を振って上機嫌なままで……ポーラはその夜、王弟屋敷に泊まることとなった。
~あとがき~
頑張るファシーだがセシリーンの警告で緊急脱出。
残されたアルグスタとノイエはある意味最強の襲撃に遭遇する。
王弟屋敷ではフレアとポーラが語り合う。
天才過ぎるポーラを不安視するフレアですが…兄様ラブな彼女は妄想に頬を赤くしてます。
ポーラの夢は可能のだろうか?
(C) 2021 甲斐八雲
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