ゆっくりと殺してあげるわ?

「お義母様っ!」


 慌てたイールアムさんが何故か逃げ出す格好を見せる。

 背中を向けて左右に人が居なかったら、そのまま逃走して行きそうなほどの勢いだ。


 もう反射的な行為なのだろう。

 気持ちは分かる。あの人が義理とは言え母親とかどんな拷問かと。


「現在話し合いの途中でございましょう? たかがメイドなどに気になさらず」

「……」


 存在感が半端無いメイド神に蒼い顔をしたイールアムさんが椅子に崩れ落ちた。


 って、僕の数少ない味方を奪うなっ! あのメイド神めっ!


 最近はドレス姿の多かったスィーク叔母様は戦闘服……メイド服姿で議場内を進む。

 彼女を知るのであろう貴族たちが一斉に視線を逸らした。


「スィークか。何か用であるか?」

「はい陛下」


 メイド長と言うのはこの国においてそれなりの地位を得ている。

 たぶんスィーク叔母様だけの特権だと思うけどそうなっている。


 よって陛下も若干顔色を悪くしつつ、やって来た叔母様に声をかけるのだ。


「何やら我が先祖の言葉を無視した話し合いをしていると聞きましてね。ヒューグラム家の参加者はまだ年若く意見するのは難しそうなので少し様子を見に来ました」

「「……」」


 叔母様の発言で議場内の風向きが変わった。

 全体的に蛇に睨まれた蛙のような感じだけど。


「メッ、メイド長」

「前任者ですが何か?」

「貴女は現在ハルムント家の者だ! その者がヒューグラム家の権利を行使するのは間違いであろう! 何より貴女はイールアム殿に家督を譲ったと聞く! この場に参加する資格すら無いはずであろう!」


 怖いもの知らずの貴族が1人吠えた。


 僕は貴方の蛮勇を決して忘れない。今夜から夜に怯えると良い。

 スィーク叔母様は月明りなんて関係なく暗殺する類の化け物だから。


「確かにそうですね。ですが今のわたくしはただのメイドにございます。問われたから返事をしたというのを罰する法は無いはずですが?」


 ああ言えばこう言うのが叔母様だな。見習おう。


 と言うか引かないで叔母様。もうこの場をどうにか出来るのは……あれ? 先生の共犯者って叔母様じゃないよね?


「ですので陛下。休憩がてら今からの言葉は前任のメイド長の戯言と思いお聞きください」

「……何か?」


 休憩と言う雰囲気じゃないけど、陛下が応じたので貴族たちが口を閉じた。


「はい。この場で発言を許される者は確か……上級貴族の当主や当主の代理代行以外では、王家王族の者とその家族ぐらいかと?」

「そうである。だが貴女は夫を喪った時にその権利を失っている」

「わたくしのことではありません」

「なに?」


 薄く笑う叔母様に陛下の顔色が悪くなる。

 そして何故かギュッと先生が僕の手を握って来た。


「確かこの国の法では……王家や王族に名を連ねる者で罪を犯した者は、死した時にその罪を許されるとか? 本当に古い法ではありますが、歴代の国王がその法を廃したという記録はございません」

「……何が言いたい?」


 ゾクッと僕の背中に冷たい物が走った。


 さっきあのリスは何を転がしてこの場を出て行った?


 カツンカツンと、石床を靴が叩く静かな足音が響いて来る。

 まるで自己主張でもするかのような音だ。


 無音で道を譲り頭を下げる叔母様の前を……紫のドレスを纏った女性が過ぎる。


 ガタッと大きな音を発して身構えたのは、陛下とやる気無さそうに置き物になっていた馬鹿兄貴だ。調査報告書作りでこんな話し合いに参加したくないのであろう馬鹿兄貴だって、彼女の姿を見れば一発で目を覚ます。


「……黙って座ってなさい」

「はい」


 震えるノイエが僕の手を掴んで放さない。


 自由気ままで何より本物の王女である彼女は止まらないのだろう。

 最悪なのは……彼女がノイエを溺愛しているという部分だ。

 妹を想い過ぎて暴走したら僕でも止められない。一度やられてるし。


 立ち止まった彼女は、悠然と議長席に座る人物に顔を向ける。


「久しいわね。シュニット? 今は国王だったかしら?」

「お前は……グローディアなのか?」


 陛下の返事に突然登場した女性に戸惑っていた貴族たちが一斉に声を失う。

 蒼い顔をして震えだす者も居る。


 当たり前だ。何せ彼女は死の象徴なのだから。


「ええそうよ」


 クスリと笑い彼女の周りの空気が弾ける。

 パリパリと纏う何かは電流かな? 雷の魔法を常時使用している?


「私は亡きグローディア・フォン・ユニバンス。確か墓標ではただのグローディアだったかしら?

 死ねば罪を許され、国王が拒絶しなければ王族に復帰する法の元……心優しいウイルモット陛下は私を王族に復帰させたけれど、その墓が壊されないようにただのグローディアとしたみたいね?

 まあ本当に破壊したければ根性据えて探せば見つけられるでしょうけれど」


 クスクスと悠然に笑う彼女に、場の空気は圧縮されて凍り付いている感じがする。


 ノイエの中で床に転がっていた面影なんて無い。

 本当に本物の王女様を僕は初めて見た気がする。


 たぶん言葉では表現できない。持って生まれた気品と言うかオーラが違う。


「さて陛下。私が幽霊となりこの場に姿を現した理由はお分かりになるかしら?」

「……派兵についてか」

「ええそうよ」


 スッと彼女は高い場所に居る陛下を指さす。


「もし国民を見捨てるような判断をすると言うならば、その椅子からその汚らしい尻を退けなさい。もし退けたくないと言うのなら……私がこの王都で何と呼ばれているのかをその目で見て、そして体験すると良い」


 グローディアはクスリと笑う。


「ゆっくりと殺してあげるわ?」


 パチンッと彼女の傍で大きな音が発せられ、焦げた匂いが辺りに広まる。


「そうそう。この魔法は私に対しての攻撃を許さない。あの術式の魔女が作り出した物だから気をつけた方が良いわよ?」


 何かしらの攻撃を防いだのであろう魔法に貴族たちの顔が増々蒼くなる。


 ただ本人が横に居るので視線を向けたら、


「……あれはあれが作った魔法よ」

「先生。心中お察しします」


 魔法に関しては国中から恐れられているアイルローゼの名を語り恐怖を増したのだろう。


 ただ先生はずっと震えている。握っている手が震えで止まらない。


「大丈夫。先生?」

「……私も馬鹿弟子に心配されるようになるなんておしまいね」


 酷い。


「馬鹿でも心配しますよ。先生はノイエの大切な人ですし、僕だって居なくなられたら困るんですから」

「……言ってなさい。馬鹿が」


 プイと先生が顔を背ける。


 あれ? 怒ったのかな?


「もう少し体を近づけなさいよ。声が周りに聞こえるでしょう」

「はい」


 注意を受けそっとノイエの体に肩を寄せる。

 フワッと先生が僕に寄りかかって来た。


「こうした方がちゃんと聞こえるでしょう?」

「ですね」


 先生の気づかいに感謝だな。




~あとがき~


 騒ぎになるからと広く伝わっていませんが、ユニバンスの法だと死んだグローディアは王族に復帰しています。

 はい。特権階級のあれです。権力者ですからね。


 ただその法を逆手に取られるとは誰が考えようか?

 グローディアとアイルローゼはこの日の為に話し合いをしてきました。完璧です。


 でも完璧なシナリオって…イレギュラーで崩壊するんですけどね




(C) 2021 甲斐八雲

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