追憶 グローディア ①
スヤスヤと寝ている少女は、ある日を境に表情を失った。
愛くるしくて可愛らしかった存在は……今では人形のようだ。
そっと手を伸ばしグローディアはノイエを撫でる。
髪の色も瞳の色も自分と同じ。
『お姉ちゃん』と呼んで慕ってくれたのは本当に嬉しかった。救われた。
荒んでいた心に涼風を流し込んでくれた少女をグロ―ディアは溺愛した。
だけども知らなかった。
代わりに少女の心の中には絶望が垂れ込め……純白の心を壊していたことを。
「ごめんなさいね。ノイエ」
撫でながらグローディアはポロポロと涙を落とす。
「私はずっと間違えてばかりだわ」
務めって何だろう?
物心ついた頃から私にはその言葉が付きまとった。
王族……国王の血を引く者の務めらしい。
『あの子が男だったら……』
その言葉も結構多く聞いて来た。
ただ思う。『その苦情は産まれた本人では無く産んだ人に言って欲しい』と。
王妹である母には直接苦情が言えないから陰口で私に伝えるのだ。
本当に嫌な世界だ。何も面白くない。
責任ばかり押し付けられて、期待ばかり押し付けられて、子供の自分に何を求めているのだろう?
自宅には安らぎなんてない。私の安らぎは別の場所にあった。
「おうひさま」
「まあまあグローディア。今日はどうしたの?」
「はい。おうひさまにあいにきました」
わたしは笑って彼女に抱き付く。
相手はユニバンス王国王妃であるラインリア妃。
普段の表情が笑顔だと思うほどにいつも優しく笑っている人だ。
駆け寄るわたしを正面から抱きしめてくれる。だからわたしはいつも迷わず王妃様の胸に飛び込める。
だけど今日は怖い人が居た。グイッとドレスの背中部分を掴まれて王妃様が遠ざかる。
「王妃様。まだ体調の方が宜しく無いのでご無理をなさらず」
「平気よスィーク。私は元気いっぱいよ」
ずっとお逢いできなかった王妃様は出産をなさったと聞いた。
だから母親たちは国王様に挨拶しに行き、きっと第二王子とやらとお逢いしているはずだ。乳飲み子の王子様に挨拶とか大人の考えは良く分からない。
「だからディアを、ディアを抱かせて~」
「黙って下さい王妃様。王女様が暴れます」
王妃様が呼んでいるから駆け寄りたいわたしは必死に手足を動かす。
背後に立つメイド長の拘束が外れない。代わりに王妃様が駆け寄って来たけれど、気づくとわたしの位置が変わっていた。王妃様から逃れるようにメイド長が移動したのだ。
「もうスィークっ !貴女まで私から子供を取り上げようとするのっ!」
「それが王妃と言うものです」
「むきぃ~!」
悲鳴を上げて王妃様が突撃して来る。
ひらりひらりと回避するメイド長だけど……王妃様の体調の話は何処にいったのだろう?
「メイドちょう」
「何でしょうか王女様?」
「おうひさまのたいちょうは?」
「……いたた。お腹が」
何かを思い出した様子で王妃様がその場に蹲った。
両手でお腹を押さえてチラチラとこちらを見ながら『お腹痛い』と言っている。
背後に居るメイド長から『ハッ』と呆れたように鼻で笑う様子が聞こえて来た。
「でしたら王妃様はそのままベッドに。グローディア王女はこのままお引き取りを」
「いや~!」
腹痛を忘れた王妃様が立ち上がって突進して来た。
「シュニットを取り上げられて、ハーフレンにも会えない今、私のこの張りに張った母乳を誰が吸ってくれると言うのよ~」
「自分で搾ってお捨てください」
メイド長はひらりと交わした。
「嫌よ~! きっとディアだって飲んでみたいと思うはずよ~!」
必死にわたしに視線を向けて来る王妃様の思いは分かった。
「……おうひさま」
「なに? ディア?」
「……のみたくないです」
「何でぇ~!」
王妃様が頭を抱える様子を、わたしはメイド長と2人で何とも言えない顔で見つめた。
『あの人なら飲んでくれるのに……』とブツブツ言いながら王妃様が衝立の向こうに姿を隠す。
部屋の中に何とも言えない甘い香りがするような? 母乳って匂うのかと思ったら、メイド長がお花の入った紅茶を淹れていた。うん。ここまで匂う訳が無いはず。
ティーカップを受け取りわたしはそれに口を付ける。甘い香りが心地良い。
「おいしいです」
「そうですか」
こうしているとメイド長はとても真面目で格好良い。
背筋を伸ばしたシュッとした立ち姿勢なんて微塵の隙も無い。紅茶の淹れ方も上手だし、何より博学で色々なことを知っている。恥ずかしいけれど実はちょっと尊敬している。
「う~。胸が痛いわ」
ドレスの胸元を直しながら、こちらに来た王妃様がわたしの隣に椅子を置くと並んで座った。
自然な動きで抱きしめられると、やはり王妃様から甘い香りがした。
「ん~。やっぱり子供は娘よね~」
「……」
「次は頑張って女の子を産むわ」
「……がんばってください」
「うん。私頑張るわ~」
むぎゅ~っとわたしを抱いて、ラインリア様がそう決意表明をする。
本当に暖かで優しい空間の中で、王妃様は頬を緩めていつまでも笑顔を見せる。
この空間がわたしにとって幸せの全てなのだ。
自分の家でも味わうことの出来ない最良で最高の時間なのだ。
「おうひさま」
「何かしら?」
「だいすきです」
「ん~。私もよ」
互いに頬を寄せて甘え合う。
自宅や家族の前ですら決して見せられない……本来のわたしの甘える姿。
本当に親子のように甘える2人をメイド長は呆れながら見つめていた。
「これじゃあダメなのよ」
多くの魔法書に埋まりグローディアは爪を噛んで必死に模索する。
自分が愛する伯母であるラインリアが大怪我を負い、それからずっと体調を崩したままなのだ。
その寿命は決して長くないと聞いている。
そんなことなど認められない。
認めたくないから必死に足掻く。
毎日のように魔法書を漁り、必死に魔法の知識をほじくり返して……必死に必死に細い糸を掴むかのように天に向かい手を伸ばし続ける。
その糸の先に何があるのかを彼女は考えていなかった。
考える余裕も無かった。
必死に、ただ必死に大切な人を救いたかったのだ。
~あとがき~
グローディアの過去ってぶっちゃけあの日に集約されるんだよね。
大体過去編で語っているし…
(c) 甲斐八雲
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