動く死体が墓に戻るだけだろう?
今日もまた壊れてしまった少女をどうにかしようと舞姫が馬鹿なことをしている。
そんな様子を眺めながら……カミューは対戦相手であった者を殴り倒して勝利を得た。
見ていて辛くなる。
感情と表情を失った少女では無く、それをどうにかしようとしている舞姫にだ。
ユーリカが残した話が正しければ、少女を壊したのは舞姫が抱いていた絶望の欠片だ。
全員が抱いていた絶望の欠片で少女は壊れることを望んでしまった。
きっと辛かったのだろう。
自分の知らない感情をずっと押し付けられ、それを理解出来ない内にどんどんと押し寄せ押し潰されて行くのだから。
「隙だらけだな?」
「そうね」
背後からやって来た監視に胸を揉まれたが、カミューは特に反応しなかった。
正直気が抜けてしまった。周りの者たちの大半がそうだ。
ノイエは自分たちの"希望"だった。けれどそれが絶望になってしまったのだ。
「何か用?」
「ああ」
苦笑し頭を掻く監視がカミューに目を向けた。
「何人か主だった者を集めて欲しい」
「それで?」
「……ここから逃げ出す算段を付ける。あの少女を連れてここから逃げろ」
「あと僅かでここの存在が露呈する?」
「そう言うことだ」
呆れた様子でグローディアが肩を竦めた。
主だった者と言われ、カミューは3人に声をかけた。
元王女であるグローディア。
術式の魔女であるアイルローゼ。
最後は串刺しとして有名なカミーラだ。
カミューを含めて4人と向き合った監視……アルフレットと名乗った彼はそう告げた。
「理由は?」
「……密告だ」
「そう」
理解しグローディアはまた肩を竦める。
全員が彼の一瞬の躊躇で理解したのだ。誰が密告するのかを。
「それで私たちに逃げろと? こんな首輪をして?」
「それだって魔女が居れば外せるだろう?」
2人の視線を受けて魔女は軽く頷く。
「言われた通りの道具を作るだなんて私がするわけないでしょ?」
「なら外せるな?」
「ええ。でも私は応じられない」
協力を拒絶する魔女に監視は苦笑する。
「喧嘩でもしてあの子をこっちに呼べば良い」
「怪我人を作れと?」
「死ぬのよりかは良いはずだが?」
「私たちはもう一度死んでいる身よ」
鼻で笑いアイルローゼは口を閉じる。
「意味は違うが私も魔女と同じだ」
やる気が無さそうに木に寄りかかり、話を聞いていたカミーラが口を開く。
「逃げてどうなる? この国に居る限りは追われる身だ」
「だが東部のクロストパージュ家に逃れれば」
「私はあそこの出身だ。何より恩人の家に厄介事を持って行く気にはなれない」
ビシャッと話を断ち切りカミーラは監視に鋭い目を向ける。
「仮に逃れ匿われたとする。王家や貴族は納得する者も居よう……だけど自分の家族を殺された者たちの恨みは決して消えていない。何かの弾みで私たちが生きていると知れば、その者たちの牙が一斉に襲いかかって来るかもしれない。そうすればこの国は身内同士で殺し合う国と化す」
寄りかかっていた木から離れ、カミーラは背を向けた。
「だったら大人しくここで死を迎えるさ。私たちは死んだ身だ。動く死体が墓に戻るだけだろう?」
離れて行く彼女の言葉は最もだった。
それを理解しつつも監視は元王女を見た。
「けれど全員が死にたい訳では無いだろう?」
「そうね。何人かはここを出たいと思っている」
「だったら」
「それだってやり残したことがあるからよ。それを終えれば墓に戻るわ」
「……」
冷たく言い切るグローディアの目に迷いわない。
「けれど」
監視は言葉を続けようとして口を閉じた。
「ならノイエはどうする?」
沈黙した監視に替わり、言葉を発したのはカミューだった。
「あの子は私たちと違って咎人では無い。罪は犯していない」
王女と魔女にカミューはその目を向ける。
「あの子だけでも逃がすべきだろう?」
「……無理よ」
返事を寄こしたのは魔女だった。
「今のあの子は1人で生きていけない。色々と失ってしまった彼女がどうやって外で生きるの? 着替えることも出来ないあの子が?」
「そんなのは出会った頃から変わってない」
本当の姉が甘やかしすぎていたのか、姉を失ったショックで何かが焼き切れたのか……人であれば普通に出来ることがノイエは出来ない。
何より物を覚えることが苦手なのだ。
自分が興味を覚えた物だけは必死に覚えるが、基本彼女は興味を覚えない。
「私はあの子に約束した。守るって」
「「……」」
王女と魔女が苦々しい表情を浮かべる。
「約束をしたのであれば守るべきだ。違うか?」
「ならここから逃げろと?」
「ああ。別に長生きする必要はない。あの子を預けられる人物を探し出して預ければ良い。誰とは言わないが心当たりはあるだろう?」
カミューの視線にグローディアは苦笑した。
心当たりなどあり過ぎる。きっと彼女であればあの少女を匿い保護してくれるだろう。
底抜けに優しく子供を慈しむことにおいては、この国でも有数な王妃なのだから。
「なら決まりだ」
カミューはその目を監視に向けた。
「墓に戻るが長くは無い時を外で生きよう。全員とは限らないけれど」
「……分かった。それで良い」
監視は覚悟を決めて願った。
彼女たちが外に出ることで心変わりをすることをだ。
《問題は無事に王都に辿り着くことだ》
主人が秘密裏に作った協力者の存在がこうなった時に厄介でしかない。
山道を走る監視……アルフレットは心底苦々しく思っていた。
何処に敵味方が居るのか分からない状況だ。そんな状況で"隠し施設"のことを報告でもすれば、問題が上へ届く前に握り潰されかねない。
それを阻止するには、
ビシッと何かが頭の横を過ぎ背後に存在して立木に穴を穿った。
咄嗟に身を隠すが……敵は見えない。
《まさかここで現れるのかよ?》
全身を冷や汗で濡らしアルフレットは唾を飲み込んだ。
見覚えのある攻撃だ。彼はブシャール砦でその名を馳せた。
《魔弾……ムルイト!》
~あとがき~
動く死体が墓に戻るだけ…ノイエという希望失い全員の心に影が差す。
ただ監視アルフレットは諦めない。
絶望の底に何かあると…この子たちならそれを掴み取ると信じて…けれど彼の前に立ちはだかるは魔弾ムルイトだった。
ムルイトを忘れた人は、ルーセフルト家の一件を読み返せば思い出せますw
(c) 甲斐八雲
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