小さいお姉ちゃんは?

「それで犯人は?」

「居ないユーリカでしょうね」

「そう」


 統治すれども支配せずなグローディアは、切り株に腰かけ動かしていた羽ペンを止めた。


 パタンと閉じた魔法書に自分なりの注釈を入れていたのだろうと気付いたアイルローゼだが、特に何も言わない。

 彼女はまだここを出た時のことを考え必死に"方法"を模索しているのだ。


「それでファシーは?」

「人の居ない場所に捨ててあるわ」

「……そう」


 色々と問題はありそうだが、別に縛って放り捨ててあるわけでは無いらしい。

 何が起こるか分からないから、1人きりにして誰も近寄らないようにしているのだ。


 唯一あの不可視の刃を回避できるレニーラが朝夕の食事を届けに行っている。

 それ以外は原則放置だ。


「それであと何人か連れて行かれてるわね?」

「きっと練習台でしょう」


 連れて行かれている者の特徴は戦闘に向かない性格の者だ。

 ファシーなどは特にそうだが、誰もが戦える精神を持ち合わせてなどいない。


 人殺しの咎人であったとしてもだ。


「ならあの監視たちの狙いは?」

「才能溢れる存在を武器にすることでしょう」

「よね」


 スッと目を細めてグローディアは中央の建物に目を向ける。


「全員殺す?」

「悪くないけど……この施設の何人かは特別な首輪を付けられているの」

「特別?」


 自分の首に手を当ててグローディアは魔女を見た。

 彼女も自分の首に触れながら軽く笑う。


「施設長が持つ鍵を操作するとこの首輪が弾けるわ」

「あら? それは怖いわね」


 クスリと笑いグローディアはその目を向けた。


「で、それが何だというの?」

「そうね」


 胸を張って問うてくる元王女にアイルローゼは苦笑する。

 彼女も自分も理解している。けれど監視たちは微塵も理解していない。


『弾ける首輪が何だという?』


 処刑台で終えたはずの命だ。今更失うことを何故恐れる?


 死んでいないから監視たちは死を恐れる。死を感じさせれば従うと信じている。

 けれどここに居る者の大半は『死にたい』のだ。それを望んでいるのだ。


 逆に自分の首輪にそんな仕掛けがあると知れば、わざと発動させようとする者が現れる。必ず。


「上が馬鹿だと下が苦労するわね」

「だから貴女は引き籠っていたの?」

「違うわ。全てが煩わしかっただけよ」


 髪を払いグローディアは思案する。


 相手の企みは分かった。ならそれをどう妨害するべきか……と。




《相手が悪すぎる》


 壁の隅を見つめユーリカはずっと考えていた。

 可愛いノイエを護るために……彼女に対して魔法を使うしかない。


 実験台となった者たち全員が、『あの子の為なら』と笑って壊れて行った。


 もうこれ以上の失敗は出来ない。

 何故なら次は、次の対象者は"ノイエ"なのだから。


「ねえ?」


 部屋の外に居るであろう監視にユーリカは声をかける。

 扉の一部……のぞき窓の部分が開いた。


「ファシーは?」


 ここ何日か静かだった。

 毎日のように壊れたファシーが暴れていたはずなのに、その音が何も聞こえない。

 不安と共に自然と問うていた。


「放した」

「……何処に?」

「外だ」


 パタンとのぞき窓が閉まる。

 ユーリカは座っていたベッドから飛び起き固く閉じられている扉を叩く。


「外って施設の中なの? あの子たちに殺し合いをさせる気なの!」


 今のファシーを見られたくなかった。

 仲間たちに今のあの子を見られたくなかった。

 完全に壊されてしまった少女を、自分が壊した少女を……何よりノイエに見られたくなかった。


 何度も何度も扉を叩くが返事は無い。

 ユーリカは最後に拳を叩き込み……膝から崩れ落ちるように床に座った。


「私はなんてことを……」


 けれどするしか無い。するしか無かった。


 溢れて来る涙をそのままに、震える口を手で押さえ……ユーリカは両の肩を激しく震わせる。

 あの首輪はノイエにも巻かれている。もしあの子が死ぬまで首輪を使われたら?


「させない。私が絶対に」


 あんなにも優しくみんなを愛する少女が、そんな無様な死に方を迎えるなんて許せない。


「私が守る。ノイエを……ノイエを」


 覚悟を決めてユーリカは"ノイエの姉たち"から少女を奪い魔法を使う方法を考えだす。

 不可能にも思えるがどうにか実現するしかない。実現するしかないのだ。




「ひうっ!」


 飛び起きたノイエは慌てて周りを見た。青髪の胸の大きなお姉ちゃんが居た。

 ガクガクと震える足を叩いて無理やり動かしお姉ちゃんに抱き付く。


 柔らかな胸に顔を押し付けて甘えていると……ようやく目を覚ましたホリーはそれに気づいた。

 可愛い妹が自分の谷間に顔を押し付けているのだ。


「どうしたのノイエ?」


 軽く左右から挟んでやると……震えた少女は無反応だ。

 流石に何かあったのかと思いホリーも冗談をやめる。


「どうしたのノイエ?」

「……おねえちゃん」

「ノイエ?」


 谷間から顔を上げて少女の頬が引き攣ったように動いていた。

 ビクビクと震えている頬に手をやると、ホリーの指先ははっきりと少女の頬の筋肉の震えを認識した。


《痙攣かしら?》


 顔は傷を得ていなかったはずだが、それでも気づかれない程度に怪我をしていたのか?


 特に酷い背中の傷は癒えているから……答えを導き出せないホリーはとりあえず可愛い妹を抱きしめた。


「もう少し待ちなさい。カミューがご飯を作っているから」

「……はい」


 やはり動きがぎこちない少女に不安を抱きつつも、ホリーは相手を抱いて横になる。


「小さいお姉ちゃんは?」

「ファシーは眠ってるわ。だからノイエも寝なさい。ご飯が出来たら起こすから」

「……」


 相手から流れ込んで来た物に、ノイエはまた頬を引き攣らせるのだった。




~あとがき~


 報・連・相って大切なんだと思う。

 この時点である種の情報共有をしていればこれから先の悲劇は回避できました。


 アイルローゼが首輪のカラクリを説明していれば、それをユーリカや他の者たちが知っていれば…けれど情報は共有されていませんでした。


 ホリーの優しい嘘にノイエの頬は痙攣を繰り返す。繰り返すのです




(c) 甲斐八雲

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