Side Story 08 追憶⑥ 『最後に残るモノが希望』

良い子にはご褒美

「なっは~!」


 軽い足取りでやって来たお調子者……レニーラの姿に横になっていたカミューはゆっくりと体を起こした。

 嫌な予感がしたのだ。と言うか嫌な予感しかしない。


「カミュー。大変だよ!」

「なに? 誰か喧嘩でもしたの?」

「ノイエが井戸に落ちた!」


 飛び起きて全力で駆けて行く。

 後ろ姿を見送ることとなったレニーラは薄っすらと笑い誤魔化す。


 と、全力でカミューが駆けて戻って来た。


「どこの井戸?」

「あっちの奥のっ!」


 腰に腕を回され強引にレニーラは抱えられた。


「ちょっとカミュー? どうして私が?」

「何ね……」


 とても冷ややかな声が聞こえ、レニーラは背筋が凍る思いをする。

 気づかれていない。気づかれていないはずだ。


「確か誰かが『今日は溜まった洗濯物を片付ける』と言ってたのを思い出してね。誰だったかな?」


 気づかれたっ!


 ガクガクと震えるレニーラは、恐怖で全身を硬くする。


「まさかノイエに手伝わせていたらあの子が水汲みの桶ごと一緒に井戸に落ちたとか……そんな話じゃ無いわよね? レニーラ?」

「あはは……。違うよ。うん違う。……違うはず?」


 ギュッと腰に回されている腕に力がこもり、レニーラは上下の穴から何かが出てしまいそうな気がした。


「大丈夫。全部終わってから……ちゃんと話を聞くから」


 顔を向けず宣言して来るノイエの『3人の姉』と呼ばれる恐怖の存在に、レニーラは完全な死に体と化した。




「全くこの子は……」


 滑車にかかるロープを引いて桶を上げてみれば、桶の中に頭から突っ込んだ妹も上がって来た。

 全力でロープを引いたカミューは全身汗まみれだが、その傍に居るレニーラは冷や汗まみれだ。


「違うんです。本当にノイエが手伝うと言って」

「「へぇー」」


 地を這うような冷たい声音にガチガチに身を縮ませたレニーラが凍り付いている。

 疲れ果てて座り込んでいるカミューに代わりに、レニーラに恐怖を与えるためにやって来たのは……グローディアとアイルローゼだ。


 両者とも能面のような無表情で胸の前で腕を組んでレニーラを見下ろしている。

 それだけに恐ろしい。


「洗濯用の桶を準備していたら……ノイエが消えていて。私だと無理だから急いでカミューをですね……」


 ダラダラと冷や汗なのか脂汗なのかよく分からない物を延々と流し、レニーラは必死に説明をする。

 ただ相手が悪い。ノイエを溺愛する最恐の姉たちなのだ。


「それでレニーラ」


 静かに口を開いた魔女の言葉を、元王女が引き継いだ。


「死体はどう始末すれば良い?」

「いっやぁ~!」


 全力の悲鳴から全力の逃走。

 それを見逃すほど2人は甘くない。

 クスクスクスクスと笑いながら……逃げたウサギを追うように駆けて行く。


 その後ろ姿を見た全員がその身を震わせる。

 過保護もあそこまで行くと本当に恐怖でしかない。


「それでパーパシ?」

「なに?」

「ノイエは?」

「もう蘇生しているから大丈夫」


 本来ならレニーラを気が済むまで殴る予定だったが……あの馬鹿の躾はあの馬鹿者たちで十分だ。

 何より本題は妹の方だ。


「蘇生って死んでたの?」


 カミューの物騒な言葉に、医療に長けた少女の半ば弟子と化していた彼女が答える。


「死んだと言うより仮死状態かな。ノイエの祝福は脅威だと思う」


 ポンポンとパーパシがノイエのお腹を叩く。

 パンパンに膨れたその腹には大量の水が入っているらしく……窒息死しても強制的に蘇生して生き永らえる拷問のような能力に少なからず同情した。


「腹を割いて水を出した方が早い気がするけど……どうする?」


 医者の弟子とは思えない発言だ。

 どうやら師である少女の教育が良くないらしい。


「お前もリグのような発想は捨てた方が良いと思うぞ?」

「……このままでも良いけど、祝福を使って空腹なノイエが苦しむわよ?」

「……」


 言われればその通りだ。ならば仕方ない。

 パンパンに腹を膨らませたノイエを抱え、カミューは黙って隅へと移動する。


 何となく察してパーパシは自分の耳を塞いだ。

 カミューはノイエの口を開くとその中に手を入れたのだ。




「カミュー」

「どうした?」

「水は怖い」

「だったら井戸に近づくな」

「踊る人が」


 やはりあれが犯人かと理解し、カミューは後で殴ることを決めた。

 キャベツを抱え、もさもさと食べているノイエはいつもと変わらない。金色の髪と碧い目は彼女を人形のように見せてとても愛らしい。


 キャベツを1つ食べきったノイエは、どこか物足らなさそうに辺りを見渡す。

 祝福を2つ持つノイエの消費は特に激しく、他の祝福を持つ者と比べると圧倒的に空腹を抱えている。パーパシなどは祝福を全く使わないからか空腹で目を回している姿を見たことなど無いが。


「どうした?」

「……何でもない」

「お腹が空いたのだろう?」

「……はい」


 しょんぼりしながら頷く少女は素直だ。

 そっと手を伸ばしカミューはノイエの頭を優しく撫でた。


「今は我慢だ。いずれは毎日お腹いっぱい食べることが出来るから」

「……毎日お肉を食べても良いの?」

「ああ。だから今は我慢して野菜を食べること」

「はい」


 ニッコリと天使のように笑うノイエに苦笑し、カミューは隠し持っていた干し肉を引っ張り出す。


「良い子にはご褒美」

「カミュー」


 全力で抱き付いて来て胸に頬を擦り付けてくる。

 鼻先に干し肉をちらつかせるとまるで猫のような反応を示し……面白がってしばらく遊んでから少女に与えた。


「全く……ノイエには勝てないな」


 クシャクシャと少女の頭を撫でカミューは目を細める。

 こんな最悪の底の底である施設の中で、笑顔で過ごす少女に癒しを覚える。


《こんな小さな問題児に心を許すなんてな》


 再び苦笑し、うとうととしだした少女を抱きしめ横になった。




~あとがき~


 追憶編が終わるまで毎日投稿します。


 これはプロローグ的な物です。

 よって明日からの話よりだいぶ先の設定となってます。


 ノイエが良い感じでお馬鹿なことをしています。

 代償は死ぬほどの苦痛ですが…ある意味で死んでますが。

 けどノイエ的にはみんなの役に立ちたいのです。だって…




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る