一番謎なのはカミュー

「これを成果とは俺には思えんがな」


 一読した資料を放り出し彼……監視を自称している男は呆れた様子で頭を掻く。

 だが内心では冷や汗が止まらない。何をどう間違えればこんな研究が始まるのだ?


 あっちの施設の責任者は元魔法学院の副学長だった人物だと聞く。金に汚い程度の噂話しか聞かない凡庸な人物のはずなのに……こんな非人道的なことをするとは信じられない。


「このやり方だと人間をすり潰すだけだろう? それを理解しているのか?」

「理解しているとは到底思えないね。でも結果は少しずつ出ている」

「人を化け物にする研究の成果が結果だと?」


 施設の長である男は机の上で組んでいる指を忙しなく動かしている。

 小者であり小心者だと理解しているが……それでも貴族であり近衛の副長を務めていた男でもある。


「こっちには多くの才能のある若者が居る。だが一向に成果は出ていない」

「あの魔女が魔道具を作り続けているだろう?」

「それでも足らんのだよっ!」


 吠える彼の視線は彷徨ったままだ。


 活動資金の一端を担っている術式の魔女の手により制作されている魔道具は、国外に持ち運ばれて高値で売れている。

 それでも金が足らないのは流通の何処かで誰かが中抜きしているとしか思えない。


 監視である彼はバンッと机を叩き相手を睨みつける。

『ひぃ』と小さな悲鳴を上げた相手……ゾング・フォン・ロイールは背もたれに体重を預けた。


「俺はここの監視を主人から任されている。もしここで主人の意に背くようなことをすると言うなら俺はお前の首を取る。良いな?」

「……」


 顔色を悪くし、コクコクと頷く相手に背を向け彼は部屋を出て行こうとした。


「アルフレット!」


 捨てた名を呼ばれ監視は足を止める。

 肩越しに振り返った彼は、まだ青い顔をしているゾングを睨んだ。


「このままではあっちの方が……タリームたちの方が成果を上げるぞ!」

「それならそれで良いだろう? こっちはあの人の指示したやり方で仲間にし育てる」

「……お前に出来るのか!」


 唾を飛ばし絶叫する男に、監視は軽く肩を竦めた。


「少なくとも化け物共を異形の化け物にするような馬鹿なことはしないさ」


 吐き捨てるように告げて彼は部屋を出た。




《とは言っても……ウイルアム様の威光は確実に減っている》


 宰相の地位を降りたことで王国中枢の力を失ってしまった。今は東部で小麦の研究をしながらそれの販売で得る金銭を秘密裏にこちらに運んでくれている。戦後の厳しい状況でも食料の手配を滞らせずに居るのはやはりあの人の手腕のなせる業だ。


《人を動物のように実験するとはな》


 向こうの施設を支配しているタリームと言う人物は、特に現国王に対する恨みが強いらしい。

『そんな人物に何故施設を?』と思ったが、向こうの施設に対し多額の資金援助をしているゴーンズ・フォン・エフリエフと言う者が見返りとして求めたらしい。

 こちらのゾングも似たような物だ。少ない財産とこの施設の元となる古城を提供した。


《だからと言って……このままではタリームの成果に慌てるゾングが何かしらをやりかねない》


 それを止めるのが自分の仕事だと、監視である彼は理解していた。


 理解はしているのだが中々に難しくなっているのも理解している。

 視線を向ければ少しずつだが下ばかり向いていた視線が上を向くようになって居る。


 特に強い存在を放つのは王家の姫であったグローディアだ。

 神童と呼ばれた彼女の魔法の才は昔から抜きに出ている。引きこもりの姫と呼ばれていたが、外に出れば恐ろしいほどの才能を見せている。

 彼女が男性であったのなら国王ウイルモットは迷わず国王に指名しただろう。


 他にも純粋な強さなら串刺しと呼ばれたカミーラが居る。彼女は日々寝てばかりいるが、朝夕の鍛錬を欠かしたことが無い。

 スハと呼ばれる魔剣使いも最近は木の枝を振るって鍛練しているし、ジャルスも隠れて鍛練を欠かさない。


 知略面ならやる気の無さそうに徘徊しているホリーと言う存在が怖い。何かあれば助言をして解決に導いている様子から、たぶん恐ろしいほどの知恵の持ち主なのだろう。

 魔法なら学院で有名だったミャンやシュシュ、シューグリットと言った面子が居る。3人共まだ心の回復が足らないが、それでも当初ここに来た頃に比べればだいぶましだ。


 後方支援ならリグやパーパシと言ったところか。

 天才的な医師の養女であったリグの医療知識は抜き出ているし、それの手伝いをしているパーパシも最近なら簡単な治療も行っている。

 それにパーパシは祝福持ちだ。それだけで十分な武器になる。


 戦場で鼓舞を担う存在としてセシリーンやレニーラも居る。

 両名ともまだ歌と踊りを捨てているが、それも時間が解決すると思いたい。


 問題は測りきれない存在であるカミューやユーリカと言った辺りだ。

 ユーリカの力は向こうの施設が強く欲している。何でも研究の中心人物が精神に作用する彼女の魔法を欲しているからだ。


 一番謎なのはカミューだろう。

 暗殺者であったはずの彼女は……どう見ても面倒見の良いお姉さんだ。何かあれば拳骨を振るっているが、それでも彼女を慕う者も多い。周りに慕われる暗殺者も本当にどうかと思うが。


《それにまだ芽の出ていない者たちだって多く居る》


 主人であるウイルアムが厳選して集めた者たちだ。

 実力の断片を見せていないだけで恐ろしい力を隠しているかもしれない。


《何より……》


 視線を上に向ければ、別室で魔道具を作る魔女が居る。

 それにもう1人……何もせずに日長1日寝ている存在も居るが、あれに関しては正直謎だ。


 主人が選び魔女と同様の扱いを命じられているが、何かをする気配すらない。

 ゾングが特別扱いを止めたがっているが……それを止める言葉が無いから強く言って来たら何かの交換条件で他の者たちと一緒にしても良いのかもしれない。


《とにかく俺の仕事はこの子等を見守り主人が求める通りに育てることだ》


 ここに居る全員が家族のように団結し協力し合うようになれば……この大陸だって支配できる実力を発揮できるはずなのだから。




~あとがき~


 監視(アルフレット)の現状把握は間違ってません。

 グローディアを中心として団結すればこの施設の人たちだけで大陸制覇ぐらい出来るでしょう。

 ですがその力は全て白い少女の中に。


 ちなみに最後に語っていた言葉はこの後の本編でも出てきます。つまり施設を知る人が出て来るってことですね!


 で、明日は短編と例のあれなので2回投稿でどうでしょう?




(c) 甲斐八雲

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