追憶 レニーラ

 私の場合は幸運だったと思う。

 生まれは知らない。気づけば孤児だった。孤児たちの中に居た。

 たぶん捨て子の類だ。捨て子を拾い育てて売る人が居る。私はそれで売られたのだろう。

 別に捨てた親を恨んだりしない。だって私にこんなにも素晴らしい才能をくれたのだから。


 その日はいつも通り集められた。

 定期的に集められね成長具合で売られて行くのだ。

 そして私も遂に売り物の列に並んだ。折角だから最前線に立ってやった。


 私ははっきり言って顔が良い。手足も長いし動きも身軽だ。

 ちゃんとした服を着れば貴族の令嬢様にだって負けないと思う。


 だけど今日のお客様は違った。私たち商品を並べ、壁と壁の間を歩けと命じたのだ。

 私は仲間数人とで歩き、クルッと回って戻って来た。

 それだけなのにそのお客さんに買われることになった。何でも才能があるらしい。


 何のことやらだ。


 それから他に買われた子と一緒に馬車に乗り、私たちはそのお客さん……団長さんの元で修業が始まった。

 団長さんは旅の一座の偉い人で、私たちは芸を見に来るお客さんを楽しませるのが仕事になった。


 人には得手不得手がある。でも私はそこで得手を見つけた。踊りだ。

 舞台で『好きに踊るが良い』と言われて、私は流れる曲に合わせて全力で踊った。

 踊りは初めてだったけど凄く気持ちが良かった。気持ちが良すぎてずっと踊っていた。


 曲が終わってもまだ踊り……ようやく舞台袖に戻った時は怒られると思った。

 けれど誰もが私の踊りを称え、団長さんも笑顔で『もう一度踊れるか?』と言って来た。

 返事は『喜んで!』で、私はまた舞台へと飛び出した。


 それ以来私の待遇が変わった。


 毎日お風呂に入れられ磨かれ食事も良いものが与えられる。

 服だって新しい物を着せられた。


 代わりに毎日舞台で踊るように命じられた。

 それでも良かった。踊ることが気持ち良かったから。


 だから毎日踊り、たまには他の人の踊りを見に行ってはその技術を盗み見して得た。

 踊れば踊るほどに私の評価は鰻登りに高まった。

 別に良かった。それでも好きな踊りが出来たから。


 だけど私の周りには誰も居なくなった。一緒に来た孤児たちは気づけば姿を見なくなった。

 なんとなく尋ねたら『あの子たちは売られたよ』とサラリと言われた。


 私は運良く評価を得た。でも得られなかった子は売られて行く。

 ちゃんとした人に買われるなら良いが、大半は娼館の類だ。


 それから踊りが怖くなった。

 踊らなければ自分がどうなるか分からないと知って本当に怖かった。

 怯えを隠し必死に踊る。踊れば踊るほど評価が高まり、団長さんの元には貴族たちから私を引き取りたいと言う話が増え続けた。


 違う。これじゃ話が違う。私は売られたくないから必死に踊っていたのに……。


 ある日を境に踊るのが本当に嫌になった。踊りたくなかった。でも我が儘を言えば私は売られてしまう。

 どうしたら良いのか分からなくなっていたあの日……私は1人の天才と呼ばれ存在と出会った。


『舞姫』と呼ばれていた私と対を成す存在。『歌姫』とだ。


 踊る前に彼女と会えた。盲目だという彼女は訪れた私を出迎えお茶を淹れてくれた。

 本当に見えないのか疑ったが、何でも習練でこれぐらいのことは出来るようになったとか。


『ねえ歌姫さん』

『何かしら?』


 気軽に出迎えてくれた彼女に私はずっと抱えていた質問をした。


『貴女はもう歌いたくないって思ったりしないの?』


 彼女は優しく笑った。


『何度も思うわ』

『ならどうして歌うの?』


 クスリと笑い歌姫が答えてくれた。


『好きだからよ。私には歌しかないから……だからこの先に何があろうとも歌うの』

『嫌なことがあっても?』

『ええ。今はそう思って歌わないと不安になるから。歌えなくなるから』


 柔らかく微笑んで彼女が言った。


『だから歌うわ。今この時を全力で』

『そっか……そうだね』


 彼女の言葉に何かが吹っ切れた。

 明日のことが分からないから私は今日を全力で踊る。それで良いんだ。




 その日の踊りは会心の出来だと思う。

 何より彼女の歌声が私の踊りを導いてくれた。

 燃え尽きても良い……今日で踊れなくなっても良いと思いながら私は全力で舞った。


 舞うことが出来た。




 新年の奉納の踊りを最後に私は引退することになった。

 引退と言うのは詭弁で、売られることが決まったのだ。


 相手の貴族は大金を積んでそれでも応じない団長さんを暴力で脅した。

 涙ながらに謝る団長さんが私のことを護ってくれていたのだと初めて知れて嬉しかった。


 だけど未練はある。


 もっと踊りたかったし……何より私は好きな人を、添い遂げる人を自分で決めたかった。

 こんな自由な私を自由気ままに野放しにしてくれる人。一緒に悪ふざけが出来たら最高だ。

 そんな人など居ないと知っていてもそれが望みなのだから仕方ない。

 叶わなくても……それを望みたかったのだから。


 奉納の踊りは王家からの依頼で剣舞になった。

 戦時中の今だからこそ求められた踊りだ。


 人殺しの道具を持って踊りたくなんて無かったけれど、私は剣を握って舞い続ける。

 練習は欠かさない。踊っていないと不安で押し潰されそうになるから。


 だからその日も朝から剣を手に踊っていた。


『……』


 ゾクッと冷たい視線を感じ、何か甘い声が響いた。

 甘い甘い囁きは、私の何かを曝け出し……それを覗き込んだのだ。


 覚えているのはそこまでだ。私が正気に戻ると死体の山の上に居た。

 その天辺で剣を手に舞っていた。


『首狩りレニーラ』と呼ばれた理由はそれだ。私は手にした剣で人の首を狩り続けたのだ。

 自分が何をしたのか記憶に無い。だが私がしたことを見ていた人は沢山居た。

 言い訳なんて出来る状況では無く……私は素直に罪を認めた。




 たぶん処刑台の階段をあんなにも軽やかに昇ったのは私だけだろう。

 最後ぐらいは踊って死にたいと思っての行動だった。


 私はこれで踊りを捨てると決めていたから……。




~あとがき~


 これまた過去を語っていないレニーラさんでした。

 舞姫となっても幸せは訪れず、願ったのは自分を自由なままで居させてくれる人の存在。

 何となくシュシュと好みが似ている気がしますが…まあ世の中そんな人は居る訳でw


 最後の言葉通り、レニーラも踊りを捨ててしまいました




(c) 甲斐八雲

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