私が王女であることの全てを

 酷い話だと思う。私は両親や弟も殺した。でも記憶すらない。

 覚えているのは浴場で私に向かい微笑みかけてくれたティーレの顔だけだ。

 彼女は本当に……救いようのない馬鹿だ。こんな私を救おうとしたのだから。


 ならば私は全てを受け入れる。受け入れてその全てを隠す。


 処刑前夜にあのお人好しの国王陛下が教えてくれた。リア義母さんが生きていると。

 酷い呪いを受けて人とドラゴンの混ざったような姿に変化しつつあると言うが、それでもあの人は生きて居ると。


 ならば残りは、全ての罪を私が墓場まで持って行くのみだ。

 そのはずだった。そうするはずだった。




「久しぶりね。大罪人……殺戮姫グローディア様」

「……術式の魔女?」

「ええ」


 私の頭を包んでいた革袋が外され飛び込んで来たのは、赤い髪の魔女の姿だった。


「……ここはあの世かしら? 貴女が居るのだから酷い場所だろうけど」

「それだけ皮肉が言えれば十分ね」


 彼女は私に視線でベッドか椅子かを勧めて来る。

 他人が使っているベッドに座りたくないから大人しく椅子に腰かけた。

 魔女はフワッとベッドに腰かけてこちらを見た。


「あの術は成功したの?」

「……みたいね」

「そう。ならやっぱり貴女は大罪人よ」

「っ!」


 ギリッと奥歯を噛んで私は魔女を睨んだ。

 分かっている。私が使った魔法が、あの召喚がどれ程の人を殺すことになったかなど!


「それで貴女は自分の願いが叶って満足かしら?」

「うるさいっ」

「あら? あれほどのことをして願いは叶わなかったの?」

「煩いっ!」


 立ち上がり相手の首元を掴んで押し倒す。

 相手に押し倒して……私の視界が潤んで行く。


「分かってるわよ! 全部私の稚拙な願望が招いた最悪な結果だって! 分かっているわよ!」

「……そう」


 悔しい。私にこの魔女ぐらいの才能と力があればもっと上手く……違う。もっと違う方法でリア義母さんを救えたかもしれないのに!


 救えたかも……。


 ボトボトと涙を落として私はギュッと彼女の襟首を掴んだままだ。

 と、魔女の手が私の頬に触れた。


「ようやく気付いたのね。大きな力を使って何かを望めば必ずその反動が来るのよ。それが私だとしてもなんら結果は変わらないわ」

「それでもっ!」

「ええ。貴女はそれを望んだ。強く願った。だから私も手を貸した」


 彼女の指が私の涙を拭う。


「私たちは共犯よ。貴女1人が全ての罪を背負うことは無い」

「……」


 違う。これは私の罪だ。


 掴んでいた魔女の服を離して私は立ち上がると、腕で涙を拭った。


「ふざけないで術式の魔女」

「……」


 少し驚いた様子で彼女が私を見る。

 あの術式の魔女を驚かすことが出来たのなら、少しは自分を褒めてやりたい。


「あれは全て私がやった事よ。この私……グローディア・フォン・ユニバンスがやったこと。貴女は私に命じられて手を貸しただけよ」

「なら全ての罪を自分で背負うと?」


 服を直しながら、魔女は起き上がってベッドに座り直す。


「当たり前でしょう? 私は王家の姫よ」


 軽く髪を払い私は魔女を睨みつけた。


「たかが国民が死んだくらいで泣いていたら支配者なんてなれないわ」

「……そう」


 その目を冷たくさせて魔女は薄く笑った。


「なら貴女の嘘がバレないと良いわね?」

「バレないわ。貴女が口にしなければ」

「だったら大丈夫よ。私は口にしないから」


 フンッと同時に顔を背けて……私はまた魔女見た。


「貴女みたいな性悪と同室で暮らせとか言わないでしょうね?」




 知り得た知識はここがあの日に罪を犯した者たちが集められた施設と言うことだ。

 名目上は『ドラゴン退治の為』というが、それだったら私は必要無いはずだ。

 私の専門は放出系だ。それもたぶん召喚と相性が良いはずだ。

 色々と魔道具を使ったけれど、あれほどの異世界召喚が出来たのは相性が良かったからとしか思えない。


「ここを出たら俺たちは特に何もしない」

「眺めているだけの簡単な仕事っていう訳ね?」

「そう言われると否定は出来んがお姫様」


 スッと相手の指先が私の鼻先に触れた。


「ここでは俺たち監視が支配者だ。自分に力があると勘違いするな」


 鼻に触れた指が曲げられて、ピンと鼻先を弾いた。


「貴方こそ勘違いしているわ」

「ほう。実はその薄い胸が偽りだと?」

「下衆が」


 軽く髪を払い私は相手を正面から睨む。


「私は姫よ。それは名称じゃない。生まれながらの称号なのよ」

「フッ……そうかい」


 薄く笑って彼は鉄の扉を押し開く。私はゆっくりと外に出て辺りを見渡した。


「ならアンタが本物の姫様かどうかここから眺めさせて貰うよ」

「ええ。見てなさい」


 迷わず前進し……私は背筋を伸ばす。


「私が王女であることの全てを」




 いつ以来だろう? 鉄の扉が開いて……女性が入って来た。

 歩みに澱みが無く、ここに居る人では信じられないくらいに胸を張っている。


 でもその心の中は酷い雑音だらけで……耳を傾けているだけで頭が痛くなる。

 けれど分かる。彼女は支配者だ。監視の人が『姫様』と呼んでいた。


《こんな場所に姫様が来るだなんて……本当にここは何をする為の場所なのかしら?》


 考えても仕方ない。私は何も出来ない存在だから。


「セシリーン。何か飲む?」

「ありがとうユーリカ。今は平気よ」

「そう」


 私の横に座った彼女も心の中は激しく荒れている。

 ここに居る皆が心の中を激しく荒らしている。私もだ。


「新入りみたいね」

「ええ。姫様だって」

「へ~」


 気の無い声を上げて彼女は私を見る。


「本当?」

「ええ。自分で『王女』と言ってたわ」

「そうか……セシリーンが言うなら本当だろうけどね」


 少し呆れた様子で彼女は苦笑する。その気持ちは私にも分かる。




~あとがき~


 作者が忘れていた訳では無くて、色々とあって処刑が伸びに伸びていたグローディアが遂に合流です。

 ぶっちゃけあの日関係で最後に処刑されたのがグローディアなんですけどね。


 アイルローゼは監視たちが暮らす場所に軟禁されているのでまだお外に出てません。

 存在を知っているのはシュシュとグローディアだけか




(c) 甲斐八雲

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