追憶 カミーラ 結

「この時期に王都に戻れってどう意味ですか? あん?」


 強面の青年の凄味に対し、使者として訪れた文官が震え上がる。


 前線でもあるこの場所に来るのにだって抵抗があるのに、訪れた先は悪名高きバージャルの串刺し隊だ。

 まだ若い文官はハズレくじを引かされたのだろうと思い、カミーラは大きく息を吐いた。


「文官さんよ」

「はいっ」

「……正直に言ってくれるか? どうして私たちを王都に戻す?」


 椅子に座り直し前のめりで問う隊長のカミーラに、文官は増々顔色を悪くする。


「あっ……貴女たちの活躍を大将軍様は高く評価しています。ですが一部の貴族たちが騒ぎ立てているのです」

「何と?」

「……前線の串刺しのせいで共和国軍も非道な手段を持ち出していると。ですから一度王都に戻し再教育をするべきだと」

「ふざけるなっ!」


 強面の青年マルクが吠えて手近な木箱を踏み破った。

『ひぃっ』と悲鳴を上げた文官は今直ぐにでも気絶しそうな表情を見せる。

 至極冷静に話を聞いていたカミーラは軽く鼻を鳴らして椅子から立ち上がった。


「お前たち撤収準備だ」

「だけどカミーラっ!」


 怒りが収まらないマルクの顎を掴むと、カミーラは静かに睨みつけた。


「盛った犬のように吠えるなよ? 私たちは賊じゃない。王国軍の兵であり騎士見習いだ」


 突き放すように相手の顎を押し、カミーラは面倒臭そうに頭を掻いた。


「上からの指示には従う。それが出来ないならそいつは兵じゃない。獣だ」


 床に座り自身が踏み潰した木箱に寄りかかり……まだ納得できない様子のマルクにカミーラは静かに語る。


「お前が獣だというなら私は迷わず狩るよ?」

「……」

「それとスハは獣より紳士な男が好みのはずだ」

「関係無いだろうがっ!」


 吠える彼に軽く笑い、カミーラは震える文官から指示書の類を受け取った。


「折角新年を王都で迎えろと言ってくれているんだ。たまの王都も悪くない」


 前に戻ったのはいつだったか思い出せずに、カミーラは帰還命令の書類に自身のサインを綴った。




「スハはどうする?」

「……帰れるなら実家にでも顔を出してみるよ」


 輸送用の荷馬車の荷台に転がり、カミーラとスハは空を見上げていた。

 確か前回の時もこんな風に空を見上げていたはずだ。


「前回はどうして王都に行ったか覚えているか?」

「援軍よ。ブシャールの方で軍の入れ替えで呼ばれてつまらない見張りの仕事をして帰りに息抜きで寄ったのよ」

「そうだったな」


 カミーラはそっと自身の右腕を空へと向ける。

 幾度となく手直しをしながら使っている魔道具を受け取ったとだと思い出したのだ。


「あの時のお嬢様は元気かしら?」

「どうだろうな? スハに脅かされて人見知りにでもなって無ければ良いけど」

「嫌なことを思い出させないでよ」


 上級貴族の娘を泣かせたことを思い出し、スハは渋面になった。


「普段からその口調で話せば良いんだ」


 カミーラの声にスハの表情は増々渋くなる。


「……これだと男たちに舐められるのよ」

「仕方ないだろう? スハは昔から美人だ」


 事実年相応の成長を見せているスハは女性らしさが増して隊での人気も高い。

 彼女の為なら『矢面に立って死んでも良い』とか飲みの場で話題にする男たちも多いのだ。


 ただしそれを素直に喜んでいない人物もいる。当の本人だ。


「……私としてはカミーラみたいな方が良いわ」

「つまり私が女らしくないと言いたい訳か」

「ええそうよ」


 否定もせずに起き上がったスハは自身の膝を抱くように座った。


「実家からも『そろそろ結婚を考えて』って手紙も良く来るしね」

「そうか」


 まあ年頃の娘を持つ親ならば、手紙に書きたくなる言葉だとカミーラも理解する。


 何よりスハには……本人が乗り気の親同士が決めた許嫁が居る。

 それを隊の中で知るのはカミーラだけだが。


「良いんじゃ無いのか」


 カミーラも体を起こして正面からスハを見た。


「お前は前線で十分な仕事をした。抜けられれば痛いが、マルクが踏ん張れば隊は維持できる」

「……そうね」


 ため息1つ吐き出して、スハはゆっくりと肩越しに来た道を振り返る。

 仲間の遺体を置いて来た前線に目を向けたのだ。


「余り引っ張られるな。お前が幸せになったぐらいで文句を言うような奴はいない」

「そうかしら?」

「ああ。もう言うなら私がそいつの尻に串をねじ込んで黙らせるさ」

「そう」


 苦笑してスハは視線をカミーラに向けた。


「やっぱり実家に帰ってみるわ。そこで両親や彼と会ってちゃんと決める」

「お前がそれで良いならそうしろ」


 軽く笑ってカミーラは視線を王都の方へと向けた。


「ちょうど新年だ。家族と祝って許嫁に抱かれでもすれば幸せな年を迎えられるだろうさ」

「……カミーラ」

「何だ?」

「言うことがオッサン臭いわよ」


 スハの指摘にカミーラは静かに肩を竦めた。




「新年で故郷に帰らずここに全員残って居るとか……お前ら馬鹿か?」

「「煩いですよ! 隊長っ!」」


 新年早々、日が昇る前から……スハを除いた部下たち全員がやけ酒を煽っている。

 彼女が実家に帰ったのは良い。その理由が許嫁に逢うことだとスハから伝えられ、夢破れた敗者たちが集団で連日慰め合っているのだ。


 カミーラとしては野郎共の気持ちは理解出来るが、数少ない同性たちが一緒にやけ酒している意味が分からない。

 少なくともスハは同性愛者では無かったはずだ。


「全く……女に振られたぐらいで」

「隊長は女に振られたことが無いからっ!」

「当たり前だ。私は女だ」


『ええっ!』とわざとらしくどよめく部下たちに鼻を鳴らし、カミーラは待機場をグルッと見渡す。


 王都郊外に造られた待機場でカミーラたちは野営をしていた。

 新年の祝いがある都合、どうも血生臭く目つきの悪い者たちを王都内に多く入れたくないらしい。

 お陰で好き勝手に酒を飲んで騒げるから部下たちからの不満は無い。


《酒の追加は……出来るのかね?》


 湯水のように酒を消費する部下たちにカミーラは深々と息を吐いた。


『……』


 ゾクッと背筋に冷たい物が走り、甘い声が聞こえた。

 それは甘く甘く囁いてカミーラの何かを晒して覗いて行く。


「隊長。どうしたんですか?」


 棒立ちになっているカミーラに気づき、マルクは彼女の肩に手を置いた。

 だがズルッと肘から滑りマルクはそのままたたらを踏む。彼は自身の腕が半ばから断たれたことに気づいた。


「たい、ちょう?」


 肘から溢れる血を片手で押さえ彼は見た。

 無表情のカミーラがその目から涙をこぼしていたことに。


 彼の記憶はそこで途切れた。永遠に。




 待機所で暴れるカミーラに対し王国は100人規模の兵を当てた。

 自身の部下を全て殺害した彼女は、そのままその100人を全て食らい尽した。

 急ぎ急行した第一王子のシュニットが指揮する部隊が彼女を包囲するも『雑魚ばかりだね。本当に』と笑い武器を捨てて投降した。




 全ての罪を認め本当につまらなそうに処刑台の階段を昇ったカミーラは、最後に『アイツ等にはもう会えんか』と呟いたという。




~あとがき~


 姐さんの追憶ラストです。


 こうして仲間共々皆殺しにした姐さんは例の施設へと。

 計算違いがあるとしたらそこにスハが居たことでしょうね。

 彼女も心に傷を負って…本当に過去編は重いな…




(c) 甲斐八雲

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