追憶 カミーラ ②

「武器の使用は自由。相手を殺したり大怪我を負わせたら炭鉱……だとあれだから娼館送りにでもするか。そんな訳だから殺さない程度に相手を殺す気でやれ」


 どれほど無茶を言っているのか、あの上官は気付いているのだろうか?


 内心で呻きながら辺りを見渡す。

 グルリと私たちを囲うように暇を持て余しているらしい兵たちが壁を作っている。


 野次馬と言う名の壁は正直言って厄介だ。逃げることが出来ず戦う場所を限定して来る。

 何より武器の自由は卑怯だ。目の前のスハは両手に魔剣を握り締めているのだから。


「上官殿」

「何だ?」

「魔剣の使用は有りなのですか?」

「ああ。お前は戦場で敵に向かって同じ質問をするか?」

「しません」

「ならそう言うことだ」


 そう言うことらしい。

 つまりは本当に武器の使用は自由と言うことだ。ただし相手を殺さない程度に。


「カミーラが一番になったのは入隊試験で魔剣が使えなかったからなんだから! だから私が一番だって証明するわ!」

「そうか」


 腰に差している剣を抜く。

 これは王都に行く時にクロストパージュ家の当主夫人フロイデ様から頂いた大切な物だ。


 静かに目を閉じて呼吸を整えて私は覚悟を決めた。


「両者良いか? なら始めろ」

「死になさいカミーラ!」


 上官の言葉をどこかに置き忘れたらしいスハが両方の魔剣に火を灯す。


 魔剣の中で一番数が打たれている炎の魔剣だ。

 炎ほど厄介な武器は無い。斬られた所から焼かれるのだ。

 出血はしないが火傷の治療には時間がかかる。故に最も残忍な武器の1つでもある。


 相手の動きをよく見て回避する。

 魔剣と言っても所詮は剣だ。間合いを見切れば十分に対応できるし、何より燃えているのも松明だと思えば怖くない。

 交わして避けて……このまま相手の魔力が切れるの待つことだってできる。


 と、スハの魔剣から火が消える。

 相手は迷うことなく私に向かい体を投げ出すように距離を詰めて来た。


「そんなお利口さんな対処法なんて研究済みよ」

「そうか」


 足を振り上げて相手の腹を蹴る。

 ボッと燃え出した魔剣の火に軽く顔が熱くなった。

 もう少し判断が遅かったら完全に焼かれていた。


「今のは本気で危なかったな?」

「言われたでしょう? 殺す気でやれって」

「だけど殺すなとも言われた」


 相手の本気が伝わって来る。

 ゾクゾクと体の奥から震えが来る。

 ああ……楽しいな。本当に。


「……何で笑っているのよ?」

「笑う? 私がか?」

「そうよ。笑ってるわ」


 そうか。笑っていたのか。


 私は小さく息を吐いて相手を見た。

 どう見ても剣を手にしてそれを振り回すには似つかわしくない少女だ。

 だけど相手は、彼女は間違いなく強い。強いならば姿形なんて関係ない。


「スハ。忠告だ」

「何よ?」


 両手の魔剣を構えて彼女がこちらを警戒する。

 でももう遅い。今の立ち位置は間合いの範囲内だ。


「死ぬなよ?」


 パンと地面を爪先で叩いて魔法を成す。

 スハの足元から土の槍が姿を現し、彼女を穿とうとする。

 咄嗟に体を逸らして回避したスハだが完全にバランスを崩していた。


 迷わず前進して剣の腹で相手の右手を叩く。

 痛打に魔剣を手放してスハは必死に左手を動かすが、また足元から湧いた土の槍によって左手の魔剣を弾かれる。


 完全に体が流れ尻から地面に座り込んだスハの首筋に私の刃が触れた。


「まだ続けるか?」

「当たり前でしょ!」

「そうか。ならお前の尻にさっきの土の槍を突っ込もう。逝きながら逝け」

「ちょっとっ!」


 パンと爪先で地面を叩いたら、ビクッと震えたスハが身を丸めた。

 勿論冗談だ。代わりに彼女が後ろに倒れないように背中側に土壁を作ってやった。


「私の勝ちで良いでしょうか? 上官殿」

「ああ。文句なしにお前の勝ちだよ。カミーラ」

「どうも」


 軽く礼をして私はその場を離れる。質問などが煩わしいからだ。


 敗者となったスハはしばらく静かだったが、5日もすると復活してまた私の傍で絡むようになった。

『今度は負けないから』と言っているが、戦場で次などあり得ない。だから1回で相手の命を奪うしかないのだ。


 それから間もなくして、私たちはパーシャル砦方面への演習を命じられた。

 戦場の近くでその風を感じ、何より生々しい実戦を見ることで覚悟を決める。


 上はそう言っているが……同時に最悪そのまま前線への投入もあり得ると聞いた。

 それ程にこの国は苦しい状態なのだと知らされた。




「ねえカミーラ」

「何だ?」

「私はたぶん戦場のことをどこかで甘く考えていたんだと思うわ」

「そうだな。私もだ」


 初めて見た最前線は酷い物だった。

 酷いと言う言葉が正しいのかすら怪しく思う。

 視界の何処を見ても死体が転がっている。それは敵味方関係無くだ。


「お前たちの任務はその転がっている死体を集めて処分することだ」


 上官の言葉に全員が自分の耳を疑う。処分しろと言うのは……穴を掘って?

 だが準備されたのは穴掘りの道具では無い。ドラゴンから取れるドラゴン油だった。


「集めてそれで燃やすんだ」

「どうしてですかっ!」


 新兵の1人が我慢出来なくなって声を張り上げていた。

 上官はとても冷たい目でその新兵を見た。


「決まっているだろう? このまま死体を放置すると腐敗し病気の温床になる。お前たちはこんな医者も薬も無いような場所で病気になって死にたいのか?」

「……」


 新兵はその言葉に完全に沈黙した。

 彼だけじゃない。大半の新兵が沈黙させられた。


「正直に言おう」


 意気消沈する私たちに上官は口を開いた。


「俺たちの仕事は死体を作ってそれを始末することだ。敵味方関係無くな。だからこんな場所に長く居ると体では無く心を病んで行く。たぶんお前たちもそうなるだろう」


 一度言葉を切って彼は言った。


「だから今一度問う。お前たちは何の為に戦うことを選んだ? それを決して忘れるな。絶対にだ」


 後は上官の指示に従い死体を処分する。

 何人もが胃の中の物を吐き出しては、泣きながら遺体を集めて燃やす。


 物が燃えれば煙が昇る。私はそんな煙をずっと見つめた。


「ねえカミーラ」

「何だ?」

「……貴女は何のために戦うの?」


 僅かな時間で憔悴したスハが苦しそうな声でそう聞いて来る。


「決まっている」


 そう決まっている。


「私はこの国を護るために戦う。それだけだ」


 それだけのことだ。




~あとがき~


 何このイケメン? カミーラを主役した方が良かったんじゃない?

 スハとの一騎打ちはカミーラの圧勝ですね。これ以降も負けません。

 で、遂に訪れた最前線なのです




(c) 2020 甲斐八雲

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