石棺!
「ほっほっ……ほっ」
ガシャンと音を立てて髭の化け物が崩れ落ちる。
その音を背後で聞きながら、刻印の魔女は正面となるノイエの瞳の方を向いて薄っすらと笑った。
「ここまでたどり着くだなんて予想外よ。本当に」
「そうかい」
パチパチとやる気のない拍手を寄こす相手に、壁に寄りかかり大きく息を吐いた赤毛の美形……カミーラは、どうにか踏ん張り魔眼の中枢を覗く。
普段なら外に出るのを順番待ちしながらダラダラとお喋りしている者がたむろしている場所は、大小さまざまな鏡のような物が所狭しと置かれ支配されていた。
「何だいこれは?」
「覗いて見なさい。それぐらい邪魔しないでいてあげるわ」
まだ背を向けている相手に言われ、カミーラは手近な物を覗いてみると中にホリーが居た。
ハッとなり手近な物全てを覗けば……知った顔が中に居る。
誰もが封印されているかのように身動き1つしない。
「良い趣味をしているな」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
クスクスクスと笑い魔眼の中枢に座る彼女、は栗色の髪を軽く掻き上げた。
「さて……ここに来るのは2人だと思っていたのだけど、もう1人はそのサンタを倒すので力尽きたのかしら? なら貴女を倒してそれを直して回収してこないと」
「はんっ……笑わせるな」
汗を拭ってカミーラは相手を見据えた。
言いようの無い底知れぬ恐怖を感じる。
本能が『逃げろ』と叫んでいるが、ガリッと唇を噛んで棒を作った。
「お前を倒せば終わるんだろう?」
「ええそうよ。でも出来るのかしら?」
「やるさ」
ゆっくりと立ち上がる相手に棒の先端を向け、残り少ない魔力を絞り出す。
撃ててもあと一撃程度だ。
「ここに来た勇者の名前ぐらい聞いておこうかしら?」
「……カミーラだ」
「貴女が串刺しなの? 宝塚にでも行けばモテそうね」
言っている言葉の意味は分からないが、口に手を当てて笑う相手の様子からからかわれていることぐらい察する。怒るならそれで十分だ。
ようやく振り返った相手は両方の目を閉じている。ただ今までに見たことの無い人物だ。
「死にな」
タンッと爪先で床を叩いて魔法を放つ。
だが放たれたはずの魔法は……串にはならず花となって花びらを散らした。
「ば……かな?」
「それで全力かしら? なら次は私の番ね」
ゆっくりと瞼を開いた相手にカミーラは戦慄した。
栗色の髪。そして何よりその瞳に浮かぶ模様は、物語で語られる彼女の特徴と一致していた。
「刻印の……」
「正解よ」
クスクスクスと笑い、刻印の魔女は宙に指を走らせる。
それを魔法にしてピンッと指で弾いて実行する。
「シュシュ!」
自身を襲う黒い闇に飲み込まれながら、カミーラは自分の背中に張りつけていた小箱を魔女に向かい投げつける。
食えない天才の策に乗ったカミーラの最後の一撃だ。
「ほいさ~」
小箱が開き人の形となると、フワフワと体を揺らしながら彼女は綴る。
「封ぜろ封ぜろ封ぜろ。全ての存在、数多の万象、一切合切飲み込み留めろ!」
封印魔法に関しては天才と呼ばれる存在……それがシュシュだ。
だが誰もが彼女の詠唱魔法を見聞きしたことは無い。それは彼女が最も嫌う力だからだ。
展開される魔法を見つめ、刻印の魔女は口笛を吹いた。
「石棺!」
放たれた魔法はいつもの光の帯では無く黒い闇の帯。
刻印の魔女に纏わり付いて人の大きさの黒い棺を作りだす。
それは黒曜石となり封じた物の全てを終わらせる魔法なのだ。
「二度と解放されない棺の中で朽ちるまで眠ると良い」
床に降り立ったシュシュは、魔力を切らし膝から崩れ落ちた。
全員を捕らわれても最後の1人が仕事を成す。
それがあの施設で皆が心に刻んだ唯一絶対の決まりだ。
何より親友が残したメモだけがあった。
ならばそれを繋いで達成するのがシュシュの使命となったのだ。
「さて~。これって~どうしたら~解放~できるの~かな~」
フワフワしだしシュシュは目の前に広がる鏡を見つめる。
振り返ればカミーラも鏡に封じられたのか床に転がっていた。
「私以外は解放できないわよ」
「あは~。やっぱり~無理か~」
「ええ。普通の魔女なら封じられたでしょうけど、私は特別だから」
視線を向ければ……平然と佇む刻印の魔女は、最初に居た場所から一歩も動いていなかった。
シュシュはチラリと視線を巡らせると、自分が放った監獄は別の場所で形を作っていた。
「移動魔法?」
「ただの幻覚よ」
「うわ~。やっぱり~本物か~」
「ええ。だから誇りなさい。この刻印の魔女イーマに魔法を放ったことを」
クスクスクスと笑い魔女はその手を座るシュシュにかざす。
掌から闇が溢れ……その場に鏡が1枚新しく置かれる結果となった。
ゆっくりと全体を見渡し、魔女は柔らかく笑った。
「うん。でも合格かな。ここまで来たわけだし」
何より最初にこの場所に居た者たちの実力も悪くはなかった。
不意打ちと言う形になったから楽に制圧できたが、もしこの場に居なかったら自分の人形たちはもっと早くに破壊されていたことだろう。
「なら次は」
クスクスクスと笑いながら魔女はまた中枢の台に腰を下ろす。
外ではシステムの管理者が姿を現したのだ。
あの狂った魔女……ユーアが神を殺して手に入れたシステムの管理をさせられている存在が。
「さあ管理者。貴女が今、何を企んでいるのか私に教えなさい」
クスッと笑い魔女は管理者……カミューを見つめる。
久しぶりに見た彼女は、最後の時と全く変わっていなかった。
「貴女が始祖の毒気に飲み込まれているなら、この私が消し去ってあげるから」
それは決定事項であり、親友を止められなかった小娘の願いでもある。
魔女はそっと自分の膝を抱いて外を見つめた。
自分以外にこの世界に存在する唯一の日本人……旦那様であるアルグスタの行動に期待しながら。
~あとがき~
シュシュのあれですw
奥の手である『石棺』は、使ったら最後の魔法です。封じた存在を黒曜石にしてしまうので、二度と開放することは出来ません。
それを彼女はあの日…まあその辺のことはその内に。
ちなみに刻印さんはカミューを知ってます。前の魔眼の持ち主ですしね
(c) 甲斐八雲
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