しまった。忘れてた

「あ~。鬱だ」


 1人になりたくて城の中を徘徊していたら、外の馬房に出た。


 登城する騎士などが乗って来た馬を預ける場所であり、我が家のナガトも日中ここに居る。

 柵で覆われた放牧地の奥に重鎮の様に佇んでいる巨躯の馬がこっちを見て欠伸しやがった。本当に飼い主を飼い主だと思っていない奴だ。まあ実際の飼い主はノイエだけどね。


 木製の柵に寄りかかりぼ~っと馬を眺める。


 うん。こんな生活だよ。僕が心の奥から求めるのはこれなんだよ。

 晴耕雨読の生活こそ至高である。あ~。早くノイエと2人でそんな生活したい。あっポーラも独り立ちするまでは面倒見ないとだし、何より子供が出来たら……何でノイエと子供が出来ないんだろう?


 もしかして僕って男性として終わってたりするとか? ねえ?


 一瞬視界からサーッと色が抜け落ちて行ったので慌てて頭を振る。

 すると我が家の馬鹿馬が雌らしい馬を捕まえて繁殖行為をしてやがった。やはりアイツのタマタマを取って騙馬にしよう。


「うわっ! アルグスタ様じゃないですか?」

「ん?」


 ぬぼ~っと視線を巡らせたら視界の下の方に、って何でこの人は片膝着くのかね?


「もしも~し? 今の僕はただの貴族ですから」

「そう言われましても……」


 青い髪をした青年が、バツの悪そうな表情をこっちに向けて来た。


 メッツェ・フォン・エバーヘッケ君だ。

 僕と同じくらいの年齢で、あのエバーヘッケ家の跡継ぎ息子とも言う。


「そう格式ばった挨拶とか嫌いなのよね」

「……自分たちはそんな不遜なことは言えませんし出来ませんよ」


 でも僕の性格を知っているので、彼は困った様子で立ち上がる。


「ナガトを見に来たのですか?」

「うんにゃ。現実逃避がてら、色々なしがらみから逃げていたらここに居ました」

「……大変そうで」


 しんみりと同情された。


「メッツェ君は馬の世話?」

「はい。自分はこれが好きなもので」


 下級貴族の息子とは言え一応跡取りだろうに。

 エバーヘッケ家は貴族の位を返上して、馬産の農家的なものになった方が良いと思うよ。


「で、ウチの馬鹿馬があっちで腰振ってるんだけど大丈夫?」

「ええ。あそこに居る雌馬は中々子を孕まないものばかりなので……逆に孕むようになってくれると助かります」


 ちょっとだけナガトに同情したよ。

 なら間違って孕んでも問題にならないから良いか。


 僕は柵に飛び乗りそれを椅子代わりにする。

 掃除道具を持つ彼も柵に寄りかかり馬を眺め出した。


「後2年で王都でのお務めは終わりだっけ?」

「はい。でも上からは『もうしばらく馬の世話で残っても良いぞ』と。実家からも『まだ帰って来なくて良いから』と言われてますし」

「と言うか、実家からの言葉には『嫁を見つけるまで』って言葉が付いてるんでしょ?」


 その顔に複数の縦線を浮かべ、メッツェ君が疲れ果てた表情を見せる。

 下級貴族。それもあのエバーヘッケ家の彼は、とにかく見合い話と縁がない。


「で、ルッテとはどうなの?」

「……会えてません」


 ズンと沈んで、その場にしゃがみ込んだ彼は膝を抱えた。


「前回ちゃんと告白してって思っていたのに周りから『騎士になる前に求婚とかダメだろう?』と制止され、なら騎士になったらと思ったら彼女との休みが全く合わなくて」

「あ~大変だね~」


 しまった。忘れてた。


 燃え尽きたような表情の彼がこっちを見た。


「嫌われていないですかね? もう手遅れとか……」

「あ~うん。大丈夫だと思うよ? ほら彼女はノイエの小隊所属だから本当に色々と忙しくてね。上司である僕が言うのもあれだけどさ」


 姉とは違い結構打たれ弱いのか、うるうると両目を潤ませている彼が居る。


 あはは~。最近色々と忙しくって、何よりフレアさんが抜けたばかりだしルッテに何かあると面倒臭いからと、彼と休みが一緒にならないように手配してたんだった。


 うん。そのお蔭で今回の騒ぎも華麗に回避できた気がするし、僕の先見の目は間違っていなかったんだ。


「それか……彼女も……」


 おや? ズンズンとまた沈み出したぞ?


「仕方ないじゃないですか。自分だって好きであんな姉を持ったんじゃないんですから」

「気持ちは分かる。助けることが出来ないけれど」

「……」


 滝のように両目から涙をこぼす彼が可哀想だな。


 好青年なんだけどな。馬好きで戦場よりこういった場所が似合う兵って所が問題ではあるけど。

 最もの問題は……あのミシュを姉に持ったことだよな。不運と言うか絶望しか感じない。


「そろそろ仕事がひと段落着くと思うから、ルッテの休みを調整するようにするわ」

「……」


 壊れた蛇口から溢れたような涙が止まった。

 パ~っと笑顔の花が開いて、本当にこの人は見てて飽きないな。感情が豊かだ。


「本当ですか! アルグスタ様っ!」

「おっおう。任せなさい」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 ペコペコと頭を下げ、仕事の途中だったことを思い出し彼は軽い足取りで馬房に向かう。


 その背を見ながら僕はしみじみと思う。


 やべー。ルッテとのお見合いは振りで良かったとか今更言えないわ~。

 うん。もうこうなったらあの2人がくっ付いても良いようにしておくか。何よりルッテが乗り気かは知らんしな。

 そうだよ。ルッテにその気が無ければこの話はお流れじゃん。


 うんうん頷き僕も柵から飛び降りる。


 ルッテはあの祝福の都合、絶対に陛下が手放すことは無いんだよな。

 死ぬまで王都勤めになる訳だけど……仕方ないよな。それがこの世界の考え方なら『酷い』とか言えないし。


 良い息抜きも出来たし仕事に戻るか。




 ノイエ小隊待機場



「メッツェさんとアルグスタ様が会話してます……何を話してるんですかね……やっぱり私みたいな大きな女とかダメなんですかね……うふふ……」


 昼ご飯を食べながらその目を窪ませ自虐気味に笑う後輩に、流石のミシュもお城の方角を向いて心の奥底から上司に願った。


 もういい加減、ルッテに休みを与えてぇ~っと。




~あとがき~


 実は初登場なメッツェさんなのです。あのミシュの弟さんです。

 本人は真面目で馬の扱いに長けているから上司が『良い相手でも……』となるのですが、家名を知ったらその話が自然と消滅してしまうとかw

 全部ミシュが悪いのに…




(c) 甲斐八雲

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